月菜について……②


「……で、どっちから行く?」


「どっちって?」

「今更とぼけないでよ。明日香はわたしについてたくさん聞きたいんだろうけど、わたしも明日香についてたくさん聞きたいのよ」

 

 帰り道にある、ベンチと時計だけの小さな公園。

 誰もいない暗闇の中に、興味津々とばかりにらんらんとした目を向ける明日香と、ベンチに腰掛けて体力を回復させるわたしの声だけが響く。


「あーやっぱり? まあそうだよね、そうだよ、ね……」


 明日香の声の音量が下がり、視線も下へ。

 テンションが一瞬のうちに急降下したかのようだ。


「……どうしよどうしよ、他の子にバレちゃった、お母さんとお姉ちゃんに怒られちゃう……」


 身体を震わせたかと思ったら、今度は若干上目遣いになってわたしの方をちら見する明日香。


「……あ。……月菜さ、今日のことって、他の人に話す……?」

「……まあ、沢守家以外の人間には、話すつもりはないわ」


「ふっふっふっ、じゃあ今日のことを知ってる中学生は、この世界にあたしと月菜だけってことだな?」


 不敵に笑う明日香。

 本当に、感情の動きが激しい子だ。


「そうよ。だから、明日香はこれからわたしが話すことを、誰にも言わないこと。その代わり、わたしも明日香がこれから話すことを、誰にも言わないと約束する」


「おっ、あたしの言いたいことがわかるとは、さすが親友」


 ――親友だからわかったわけではない。

 他人には絶対言えないであろう秘密を持つ者同士だから……わかったのだ。


 

 友達が多くおしゃべりな明日香なので、不安なところはある……が、逆に言えばその明日香がこれまで明かさなかった秘密。


 ……よっぽど外に言いたくないものであることは、容易に想像できる。


「さあ、ではその親友よ、話してくれ。月菜、さっきのはなんなんだ」

「……って、結局わたしからなの?」


 明日香の目は、またらんらんとした目つきに戻っている。

 

「だって、気になるし。月菜って、魔法少女だったの?」


「魔法少女、か……一応、そういう感じのことになるのかな」

 

 魔力。魔法陣。

 わたしや、沢守家の人間はそういう言葉で表現するけど、本当は得体のしれない、わたしたちにもよくわからない超常的なもの、なんだという。

 その力に対する知識は、沢守家の人間にだって別にたくさんあるわけじゃない。

 

「え、じゃあじゃあ、変身とかできるの?」

「ああ、そういうのは無理。大体、アニメのああいう服って動きにくそうじゃない。できたとしてもしたくないわ」


 どう考えても、普段から着慣れてる服が一番実用的だと思うのだが。

 

「えー。月菜、そういうとこ夢無いよね」 

「小学五年生までサンタクロースを信じてたどこかの誰かとは違うの」

「良いじゃんそれぐらい」

 明日香が口をとがらせる。

 

 ――普段の明日香だ。

 わたしに対する恐れも無い。さっき超人的な力を振るっていた少女と同一人物、にも見えない。


 教室で喋っている明日香と、何ら変わらない。

 

「じゃあさじゃあさ、あの髪が青くなったのは?」

「あれは魔力を溜まったり込めたりすると自然にああなるの。母さんも、沢守家の魔力を使える人間はみんなそう」

 

 ……この際だし、もう少し見せちゃっても良いかな。

 

 わたしは周りに人がいないのを確認してから、小さな札を取り出す。

 手のひら大の大きさに、筆で白丸が書かれただけの簡易的なもの。

 

「なにそれ」

「これは魔力を使うためのお札。特殊な紙に、こうやって丸を書くことで効力を発揮する」

 

 手の込んだことをしたり、大きな魔力を扱うのには無理だけど、ちょっとした怪異への対処とかならこれで十分だ。

 

「……あ、もしかして、時々月菜が授業中にこそこそやってるのって……」

「教科書に落書きしてるどこかの誰かに言われたくないのだけど」


 わたしは札を持って魔力を込める。

 花子さんを封印してから、まだ魔力は回復しきってないが、これぐらい小規模な札なら使える。


「……おー、月菜の髪真っ青!」


 そして、小さな魔法陣が札の先に浮かび上がる。

「明日香、触ってみても良いよ」

「良いの? というか触るって?」


「そのまんまの意味よ」

 わたしの言葉に、明日香は不思議そうに右手を魔法陣に向かって伸ばす。


「すごい、本当に壁になってる! 固い感触がする! ……ねえねえ、パンチしてみていい?」


「……それは勘弁して」

 普通の人間ならともかく、さっきとんでもないパワーを見せた明日香のパンチに耐えられるかどうかは……

 

 ……もっと魔力に余裕があるときに検証が必要だろう。


 

「……で、その魔力って、結局なんなの?」

 

「えっと……わたしの家ってさ、とても古いじゃない? で、ご先祖様からずっと受け継がれてきた力なの」

 それからわたしは沢守家について話した。

 代々、この地域の怪異対処をするのが、沢守家の人間の役目だったこと。

 なぜわたしたちの血筋が魔力を使えるのかは結局よくわかってないこと。

 

「……じゃあ、月菜のお母さんも魔法少女なんだ」

「魔法少女……うん、まあね」


 もし今の母さんを形容するなら……美魔女、というのがぴったりかもしれない。

 

「あ、そういえば花子さんが言ってたね。月菜のお母さんがどうとか」

「うん。花子さんへの対処はずっと昔から行われていたから。わたしの前は、母さんが同じことをしてた。その前は、母さんの母さん」


「じゃあ、暴れる花子さんをすごい魔力で押さえつけたりとかもしてたの?」

 ……すごい魔力か。


 優秀な母さんなら、きっとそういうこともあったのだろう。

「かもね。わたしにはまだ、そんなことはできない」


「そんなことないよ、封印のなんかしてたときの月菜、すごいかっこよかったもん」


 ……かっこよかった……の?


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