二度目の挑戦


 明日香に聞きたいことは山ほどある。

 けどそれは一旦後回し、今は花子さんの封印作業が最優先だ。


「月菜、大丈夫?」

「……平気よ、これぐらい」


 わたしは気合を入れて立ち上がる。

 両足の骨に響くような痛みが走るけど、少し我慢。


「明日香、わたしが床とか壁とかに貼ってた紙、探してくれない?」


 花子さんや明日香の攻撃のせいで、せっかく貼った魔法陣が吹き飛んでしまった。

 校舎の外に落ちていたら、取りに行くのも一苦労である。


 

「……あっ、これ?」

「そうそう、もう一枚あるはずなんだけど……」


 17枚の魔法陣。


 ……でも、16枚しか見つからなかった。


「明日香、あなたのせいで一枚どこか行っちゃったじゃないの」

 無くなったのは、奥の壁の窓に貼られていたもの。

 

 ということは、明日香が壁を破壊したときに、がれきに紛れて地面に……


 ……うーん、これは無理な気がする。



「一枚ぐらい無くてもなんとかならないの?」

「それは無理な話ね。封印の陣は、全ての魔法陣が一体となって初めて効果を発揮するの。一枚足りないのは、一枚も無いのと同じ」


「じゃあ、上手くいかないの?」


「……非常手段だったけど、策はある」


 わたしは、予備の魔法紙を取り出して明日香に見せる。

「なにそれ」


「これから、ここに魔法陣を描く」


「そんなことできるの!」


 明日香の表情が、途端にわくわくへと変わる。

 いつの間にか瞳の紅色は薄くなり、見た目だけで言えば、普段の明日香そのものだ。


「簡易的だけど魔力を込める儀式もやってる。……確実に、という保証は無いけど」

 わたしは、スマホの画像フォルダから魔法陣を撮ったものを画面に出した。


 動かない花子さんの目の前で、その画像の写ったスマホと、魔法紙を床に並べる。



 ……ふう。


 落ち着け、わたし。


 正直言って、まだ頭の整理ができていない。

 わたしの魔力やその技術で、花子さんを封印しきれなかったというショック。

 明日香が、常人ならざる存在だったという驚き。


 いろんな事が、いろんな感情が、頭の中をぐるぐる回っている。

 

 

 ……ダメよ、自分を見失うな、月菜よ。


 わたしは沢守家の伝統を継ぐ者。

 魔力を用いて、怪異を管理し、ときに統率する者。

 それが沢守家の娘として生まれた、わたしの役目。

 これは自分にしかできない、唯一無二の事。


 ここで花子さんを封印しないと、どんな形で被害が及ぶかわからない。

 花子さんの力の脅威は、先程この目で見た。


 あれがもし、一般の人に向けられたら……



「手、震えてるよ?」


 ……また明日香の声。

 筆ペンを持ったわたしの右手は、明日香にがっしりと握られていた。


 

「……頑張れ、月菜」



 ……短い、明日香の言葉。


 でもそれで、脳内のもやもやのような、不思議なものが飛んだような、気がした。



「……ありがと」


 まさか、魔力を使う様子を人に応援されることになるなんて。

 母さんと特訓していたときは、一回も言われたことなかったんだけど。


 わたしは筆ペンに魔力を注ぎ込みながら、魔法紙に魔法陣を書き始めた。



 ***



「……明日香、花子さんの隣にいて。万一動き出したときに抑えられるように」


「うん、月菜は?」


「最後の作業をやる。……今度こそ最後」


 書き終えた魔法陣を花子さんの目の前に置き、一つ後ろの魔法陣の位置まで下がる。


 札を出す。

 くしゃくしゃになってるけど、破れない限り、ちゃんと効力は発揮してくれる。



 二度目は、成功させないと。


「――封印指定、実行」


 再び、魔法陣が青く光り始める。



「……月菜、やっぱりきれい」


 明日香の声が、今度はもう少しはっきり聞こえる。


 ……蒼い光の向こうに浮かび上がる、茶髪の明日香も結構きれいなんだけどな。



「……!?」


 その瞬間、花子さんが首を上げて、わたしと目があった。

 即座に明日香が、花子さんの両肩を掴んでガードする。


 ……あ、でも。



「大丈夫だよ、明日香」

「え?」


 花子さんの表情から、もう苦しみは無かった。


「花子さん花子さん、また安らかな眠りにお付きください」

「ええ……おやすみなさい……」


「次に来る時には、もっと円滑に封印できるように精進いたします」

 

 わたしの声に、花子さんが笑った……ような気がした。

 

 

 ……花子さんの身体からだんだん色が抜けていく。

 封印の力によって力を失っていき、物理的な存在を保てなくなっていく。


 力が無くなれば、人に危害を与える心配もなくなる。



「……」

 

 沈黙。


 花子さんは、消えた。


 残されたのは、花子さんと明日香によって半壊状態になった床と壁。

 差し込む月の光は、わたしたちが来たときと変わっていない。


「……よし、大丈夫」

 念の為、もう一度札に魔力を込める。

 異常な感覚はない。


 

「帰ろう、明日香」

 

「終わったの?」

「ええ。……で、その……」

 

 何をどう聞けば良いんだろう?

 言葉が、上手くまとまらない。


 

「……ねえ!」

「……ねえ」



 ……聞きたいことがあるのは、明日香も同じか。

 

「はいはい、一旦ここを出て、じっくり話し合いましょう。……お互いについて」

 

 魔力を使うと身体が熱くなる。

 全身から吹き出る汗を感じながら、わたしは廊下を戻り、階段を降りる。


 その横で、有り余った力を消費するかのように、飛び跳ねながら明日香がついてくる。

 

 木の床が、二人の足音に合わせて変わらず音を響かせていた。


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