絶体絶命
一番最後、17枚目の魔法陣を貼り終える。
「よし……花子さん、もうすぐ終わるから」
そう呟いて、わたしは最後の仕上げに向かう。
女子トイレに戻ると、花子さんは真っ黒い床に座り込んでいた。
その姿は、服装が違うだけで、わたしたちと何ら変わらない。
でも、花子さんの全身から、湯気のように立ち上る真っ黒な気が、彼女がまともな人間でないことを示している。
「終わり?」
「ええ、これで最後」
わたしは魔法陣の上に立って札を出す。
一呼吸置いて、封印の更新に必要な最後の言葉を読み上げる。
「――封印指定、実行」
わたしが札に魔力を込めると、それが足元の魔法陣に伝わる。
足元の魔法陣が微かに青く光り、ついで他の魔法陣も少しずつ青みを帯びていく。
「……きれい……」
明日香の声がわずかに聞こえる。
――魔力というのは、本来は無色透明のものらしい。
でもこうして物に込めたりすることで反応が起き、色がついて輝く。
その色は青。宝石のように、鮮明な輝き。
母さんも、そのまた母さんも同じだったという。
……と言っても、沢守家以外で魔力を使う人間は、まだ誰も見つけられていないのだけど。
「あ、ああ……」
蒼い光が強まるのとは対照的に、花子さんから声が漏れる。
……と言っても、苦しそうな感はない。
疲れて寝そべると、全身から力が抜けて自然に声が出る、あれに近い。
「おやすみ……なさ……」
……よし、もう大丈夫だ。
わたしが力を抜いた……
……その時。
「!?」
消え入りそうだった花子さんの声が止まった。
あまりにも突然に。
……わたしは顔を上げる。
――そこには、首を絞め上げられたかのように、顔を引きつらせる花子さん。
全身から立ち上がる黒い気はその勢いを増している。
最初にわたしたちへ攻撃してきたときと、変わらない。
「……花子さん……?」
「……あなた、騙したわね……?」
花子さんがおかしい。
細い右手を、わたしに真っ直ぐ向けてくる。
……次の瞬間、わたしの身体は女子トイレを飛び出し、廊下の壁に叩きつけられていた。
背中からお腹にかけて、ものすごい衝撃が走る。
「……ど、どうし、た……」
肺に空気が入らない。
うまく喋れない。
「苦しい、苦しいわよ……!」
花子さんが、そう言いながら、両手で髪をかきむしりながら、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
花子さんに吹っ飛ばされたのだ、と理解するまでに一瞬の間があった。
『気づいたら落ちていた』という、かつての生徒の言葉を思い出す。
……でも、どうして?
何か、封印の手順を間違えた? 魔法陣の置き場所? 最後に流した魔力?
……それとも、純粋にわたしの魔力が足りていない?
「あ、あ、あ……!」
原因はわからない。
でも、花子さんの苦しむ様子が示すのは、封印に失敗したという事実。
「ねえ! 大丈夫なの!?」
階段の向こうから明日香が身を乗り上げてくる。
「明日香……今すぐ……逃げて……!」
わたしだけなら何とかなる、と思う。
だけど、一般人である明日香を巻き込むわけにはいかないし、わたしも人一人を守りながら戦える自信は無い。
「でも、月菜は?」
「大丈夫……!」
何とか立ち上がって、札を取り出す。
封印をするときに結構魔力を使った。
攻撃を防ぐのは良いが、花子さんを捕らえて、再び封印作業をする時間を取れるだけの魔力が残っているかどうか……
「なんで、なんで、こんな……!」
花子さんの右手が、またこちらに向かって伸びる。
ぐっ……!
わたしが札から魔力を出して防御の姿勢を取るのと同時に、また強い衝撃。
再び立っていられなくなり、壁に叩きつけられて座り込む。
受け身を取ったからまともに食らったわけでは無いけれど、女子トイレから出てきた花子さんはもうすぐそこにいる。
攻撃の威力が、違う。
わたしのすぐ後ろの木造の壁にはひびが入り、今にも音を立てて崩れ落ちそうである。
そしてここは二階。落ちたら無事じゃ済まない。
「ねえ、月菜!」
明日香の声。
だからなんで逃げないのよ。いくらあなたの身体能力があっても、遠距離攻撃とかできないでしょ?
あなたも見たでしょ、今の攻撃。
人ならざるものは冗談じゃなくて本当にいるし、そういう存在が本気を出したら、人間なんて叶うはずない。
……現に今のわたしも、両足に力が全く入らない。
『怪異に対する恐れと敬いを、常に忘れないように』……わたしの魔力の師匠でもある、母さんの
人でない存在の前に、少し特別な力を持ったぐらいで、対抗できるはずがないのである。
……ポケットの中から、くしゃくしゃになった札を取り出す。
使える魔力は、体力にも影響される。
今のわたしでは、次の花子さんの攻撃を防ぐことはできない。
……ああ、やっぱり一人で接触から封印まで全部やるのは、まだわたしには実力不足だったのかな……
「あすかキーック!!!」
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