揺れる天秤

灰猫

天秤遊戯

 カタカタとキーボードを叩く音か個室に響いている。乱雑に積まれた洗濯物や出し忘れて溜まったゴミ袋が、だらしない男の一人暮らしを雄弁に語っている。


「ふぅー、今日の分はこれで終わりだな」


 すっかりデスクワークが板についた日々に、できた時間で何をしようかと巡らせる。


「んー…ニュースでも流しながら、メシにするかぁ」


 食料は買い置きしている為にまだまだ残っている。


「そうめんでも茹でるかな…つゆは蕎麦ので良いか」


 サッと茹で上げたそうめんを湯切りして、どんぶりに流し込むと氷を3、4個盛り付けてストレートの蕎麦汁を流し込む。1袋分なので2人前なのだが、食べきれなかったら冷蔵庫に入れれば良いか。


 そうめんをいつもの様にPCモニター前に配膳する。流れているニュースでは、今年も国内の最高気温が40℃を超えるらしく、今から夜の気温が恋しくなる。


「ん…ゲーム実況か」


 ニュースの終わりと共に画面に映し出された動画サイトのおススメ動画。学生時代に友人と親しんだゲームの実況プレイの動画だ。


「乙野音姉妹のバランスブレイカー実況?」


 乙野音姉妹は有名声優の声を元に開発された入力文字読み上げソフトだったか、1つのソフトで2人分の音声として使えるので、制作側の財布にも優しかった。今では無料ソフトのキャラクターに人気で追いつかれつつあるので、新規に実況を始める者はなかなか手を出しにくいまでは無いだろうか。


 そんなことを考えている間に自動再生のカウントが0になり、おススメ動画が再生される。


『どーも、ヤヨイちゃんやで』

『皆さん、御機嫌よう妹のマヨイです。それでお姉ちゃん…今日は何を持ってきたの?』


 最近の実況プレイはスピーディーに進むなぁ。そうめんを啜りながらぼんやりと画面を眺める。


『今日はな、マヨイと対戦しようとおもってな。面白そうなフリーゲームを漁って来たんや』


 ヤヨイがそう言って、ゲームの起動し始めた別撮りと思われる映像をポケットから取り出した。


『バランスブレイカー?』

『バランスブレイカーは、落ち物アンバランスアクションゲームやで』

『すごぉい』

『まずはお試しでCPUと対戦してこか』


 ヤヨイがゲームを操作しているのか、画面がキャラクター選択を求めるものに変わる。


『使用キャラ、選べるんだね』

『全部で7体、隠しキャラを入れて8体やな』

『隠しキャラもいるんだ?』

『そこにいる波平あたまの博士やで』

『え、もう開放してるの?!』

『今回は皆が最初に使うであろうビキニアーマーの娘を選ぶで』

『さすが男性視聴者9割のチャンネルだねお姉ちゃん』

『CPU対戦は個別とアーケードがあるんやけど、今回はマヨイとの対戦がしたいから直ぐに終わる個別対戦やで』


 動画は進み2体のゲームキャラクターが相対する映像が映し出される。見た所、右側が実況者の選んだキャラクターだ。ステージの足場が傾いている様に見えるが、格闘ゲームを思わせる構図だ。


『これってシーソー?』

『これがこのゲームの特徴である天秤システムやで』

『天秤?』

『マヨイは天秤って知ってるか?』

『うん、胡椒の実と金の粒を重さ比べする奴だよね』

『マヨイの知識の偏りもなかなかのもんやなぁ』

『それでお姉ちゃん。その天秤がどうかしたの?』

『このゲームはな色んな天秤を模したステージで対戦するんや、今回はシーソーのステージやけど。対戦が始まると丸いボールとか色んなオブジェクトが落ちて来て、重量が増えて天秤が揺れるんや』


 シーソーの両端に1つ1つオブジェクトが降下し、着地と共にシーソーがゆらゆらと揺れる。


『そっか天秤のおもりだね。お姉ちゃん』

『その通りやマヨイ。この落ちて来たオブジェクトを相手陣地に掴んでは投げ、掴んでは投げてを繰り返してシーソーゲームをするんや。んでもこんままではゲームが終わらんから、画面の上方にあるタイムカウンターの他に、キャラクター毎に必殺技みたいなアクションがあるんや』


 そう言葉を紡ぎながら操作された女性キャラクターは、フィールドに落下して来た点滅する光球の元まで駆け寄り、キャラクターが触れると操作しているキャラクターが発光する。


『ウチが操作しとるビキニアーマーちゃんは、海賊船っぽい船を召喚して木箱や樽を相手の陣地に投げ込んでいくシンプルな必殺技やな』

『しんぷる?』

『使用するキャラクターによって、必殺技のエルギーを充填するオブジェクトも違うし、8ステージ全部の落下オブジェクトも違うから見比べるのも面白いんや』

『あ、共通のオブジェクトもあるんだねオネェちゃん』

『オブジェクト1つ作るのも手がかかるんやで』


 乙野音姉妹の小気味よいやり取りに、ついクスリと笑みがこぼれる。


『今回はアーケードモードの最初のステージで触りだけ見せたけど、マヨイにはラスボスの博士と戦ってもらおか』

『え、いきなり!?』

『心配しなくてもフリー対戦でいらでもトライできるからな!』


 『その後、何度も挑戦するが…』と画面に表示された文字の裏で早送りされるゲーム動画をそうめんが消えた器を手に眺める。


『全然、勝てないよオネエチャン。あの博士、時間経過でお手伝いロボットみたいの呼び出すし、それが必殺技かと思ったら、必殺技は別にある。コッチが体重の軽いスケルトンを使って、初期重量アドバンテージを取ってみたら、お手伝いロボットが黙々と運ぶオブジェクトに完敗するし、スケルトンの必殺技で仲間を集めて対抗しても、それは博士の時間経過能力の下位互換でしかないんだ。なんで、どうして必殺技のくせにラスボスの基本能力の下位互換の性能しかないんだ。スケルトンの必殺技なら1回で5体の仲間を召喚出来るけど、必殺技のエネルギーは対戦中に何度も落ちてくる訳じゃなくて、多くて4回が関の山なのに、運良く4回必殺技が使えても博士の必殺技も発動するわけで、博士の必殺技の攻撃で召喚された味方はただの骨になるし、他のキャラクターの必殺技で試してみたけど、相手側にオブジェクトを送り付けたら、お手伝いロボットに返品されるし、自己強化系は博士の必殺技で効果が切れるし、どーしたらいい丿ォォゥ!!?』


 溜め込んだ不満が決壊し、マヨイの本音と混ざった愚痴はまるで、透明度の高い水が土にを飲み込んだように濁ってゆく。


『落ち着くんやマヨイ』

『あ、諸悪の根源オネエチャン

『苦戦してるようやし、尺もないからパパッと攻略するで』


 ヤヨイプレイの看板がかけられた。


『まずこのステージの特徴やけど、デジタル表記でわかりやすい重量計やな。この重量が一定以上にならければ負けんから、長期戦になり易いんや。特徴的な重量計が2つ並んどる珍しい平面ステージや。それでこの博士を倒すのに最も適しているキャラがマヨイも使ってたスケルトンなんや』

『え…でも全然勝てなかったんだけど…』

『マヨイは頑張りすぎたんよ』

『がんばり?』


 対戦が始まり画面のタイムカウントが始まる中、ラスボスである博士が次々とロボットを生産し、ステージのオブジェクトであるコンテナを敵陣に運搬する。


『あ、あ、あ、何しているのお姉ちゃん。早くコンテナを投げ返さないと!』

『まぁ、見ててな』


 スケルトンの陣地に積み荷が投下、あるいは運搬されて重量計の数字が加算されていく。そんな中、怪しげに発光する試験管が博士の元に降下した。


 それはマヨイがプレイ中に何度も辛酸を味合わせた博士の必殺技を発生させるエネルギーアイテムに間違いなかった。


『あ、お姉ちゃん』

『何度も受けたから分かってると思うけど、博士の必殺技は重量のある大きな爆弾をいての陣地に投げ込む爆弾の速達便。この必殺技には珍しい特徴が有ってな』


 ヤヨイの操るスケルトンの元に投げ込まれた爆弾は、既に導火線に火が付いた状態で投げ込まれ、重量計に着地した数秒後には発光して爆発。を纏めて吹き飛ばした。


『ええエえええぇぇ!!』

『博士の爆弾は周りの物を纏めて吹き飛ばす性質がるんや。本来なら自キャラをスタンさせたり、召喚した味方を排除したりに使うんやろうけど、この爆弾の効果はオブジェクトにも有効でな。ロボットが集めた錘を爆弾が吹き飛ばしてしまうんや』

『じゃあ、爆発で錘が無くなるから重量が0に?』

『範囲が全体って訳やないし、使用キャラにも重量はあるから0にはならんかな。でもスケルトンは最も軽いキャラやから、爆弾投げられて限度超過しないように調節するのが楽なんや』

『なるほどね』

『後はラスボスが産むロボットの重量以上にならない様に、気を付けて荷運びするだけやで』


 画面いっぱいに胸を張るヤヨイの一枚絵が表示された。


『ほな、良い時間やから締めよかマヨイ』

『今回のゲーム、バランスブレイカーは動画説明欄のURLからダウンロードできます。ストーリーなどが気になる人は、自分の手でアーケードモードをぷれいしよう』

『マイリスト、チャンル登録、コメント諸々も待ってるで!』

『それで皆様御機嫌よう』

『あれ…このボタンなんや?』


 ポチっと効果音が流れ、画面が爆炎に包まれた。


『爆破落ちなんてサイテー!』


 使い古された鉄板ネタについ笑声が零れ出る。食事の合間に見る時間潰しとしては、最上の結果を引き出したと言えるだろう。


 今日の仕事は片付いた事だし、このバランスブレイカーってゲームに手を出すのも良いかも知れない。URLからゲーム配信ページを開く。


 開いたサイトにはデカデカと【この不愉快な揺れの原因は、おまえかァ~~!?】とプレイを躊躇う様な謳い文句に出迎えられた。

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