第25話 兄
ヴェルネル様とは良い友人のままである。
というよりは……。
「コレット」
「ヴェルネル様」
ラシュレ家へ帰る馬車に乗ろうとした時、ヴェルネル様に声をかけられた。
先月から、ヴェルネル様は月に一度だけ学園で特別講師をされている。
「ライアスから手紙が来たぞ」
「ありがとうございます」
ヴェルネル様は今も兄と連絡を取り合っていて、私にこうして兄の手紙を届けてくれる。
審議会のすぐ後、ヒルベルタはアーロン殿下から不敬罪で処分され、学園を退学したのち国外追放された。
因みに、父はその後に刑が確定し投獄され、爵位を剥奪され領地も失った。
屋敷を追い出され取引に使われていた使用人達は帳簿から何処へ送られたのか分かり、みな無事を確認されたが、法外なまでの低賃金で、商人や貴族の下で働かされていたそうだ。
違法な場所へ売られていたのでは無いことには安心したけれど、本来貰えるべき賃金を仲介していた商人と父が搾取していたようで、それは決して許されることではない。これから一生かけて償って欲しいと思っている。
兄は母とヒルベルタを連れて国を出て行ったけれど、まだ落ち着く先も決まらず、各地を転々としているそうだ。ヒルベルタが原因で、すぐに町から追い出されてしまうと手紙に書かれていた。
今、受け取った手紙には何が書かれているだろうか。
ヒルベルタに少しでも変化がみられれば良いのだけれど。
「学園には慣れたか?」
「はい。ヴェルネル様のお陰で勉強もちゃんとついていけています」
「それは君の努力の結果だ。とても優秀な妹が出来て誇らしいよ」
そう言って頭を撫でてくれるヴェルネル様は、兄のような存在になってくれている。いつもの綺麗で優しい笑顔を私に向けて。その顔に見とれていたら、ヴェルネル様は私の顔を不思議そうに覗き込んできた。
「兄も駄目なのか? ライアスに君を任されているのは私なのだからな。レンリやエミルが弟なら、私が兄を名乗っても良いだろう?」
「はい。光栄です」
「何だその返事は。私はやはり、そこ止まりなのだな」
「はい?」
「さて、午後の講義の準備をせねば。またレンリと屋敷においで。コレット」
「はい!」
「ヴェルネル先生っ!」
私の返事に重なるようにして、背後からヴェルネル様を呼ぶ少女の声がした。彼女は愛らしい瞳をキラキラと輝かせて元気よくこちらへと駆け寄る。
「午後の講義。楽しみにしております。準備をお手伝いしてもよろしいですか?」
「必要ないですよ。それより、課題の提出を先にされた方がよいのではないですか? では」
ヴェルネル様は丁寧に礼をすると、校舎の方へと戻っていった。
がっくりと肩を落とした少女は私へと振り返ると涙目で訴えた。
「コレット様ぁ。ヴェルネル先生が冷たいです。どうしたらお近づきになれるでしょうか?」
このプルプルと震える捨て猫のような少女は、この国の第三王女のルーティ様。王族には珍しく魔力の才に長け、私と同時期に魔法学科へ入学した三つ年下の同級生。
実は、彼女のたっての願いにより、ヴェルネル様は教壇に立つことになった。ルーティ様は、城で見かけたヴェルネル様に一目惚れして、ずっと彼の後を追っているらしい。これはルーティ様本人から聞いた。
「そうね。ヴェルネル様は気品と慈愛に満ちた女性が好みだそうですよ」
「まぁ。私とは正反対だわ。私、魔法を制御できなくて、何でも爆発させてしまうし。成績は凡人。課題が進まず、終わりのない課題地獄から抜け出せない哀れな身。……それに、慈愛って何ですの……」
ルーティ様は頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。彼女は影で、みんなから爆撃姫と呼ばれている。魔力を込めた物が何でも爆発してしまうからだ。
でも彼女のお陰で、ヴェルネル様は膨大な数の縁談から逃れることが出来たそうだ。ダヴィア家から出た後のヴェルネル様には、毎日多くの名家から縁談が来ていたらしい。レンリが兄から聞いたのだ。
「よぉし。まずは課題ですわね。苦手なものでも、ちゃんとやらなくちゃ。コレット様。ご相談にのっていただきありがとうございました。失礼致します」
アーロン殿下の妹君らしく、自由奔放な面もある彼女だけれど、いつも一生懸命で可愛らしく、見ていて飽きない。こういう人とヴェルネル様も親しくなれたら、きっと楽しいだろうけれど、まだその兆しは少しも見えないのが少し残念。
でも、学生の本分は勉強にあるので、そんな事に現を抜かしている場合ではないのだ。
私は馬車に乗り込み、兄の手紙を開いた。
ヒルベルタが、初めて薪割りをしたと書いてあった。
ほん小さな一歩かもしれないけれど、変わろうとし始めたのかな。
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