第24話 半年後
それから半年が過ぎた。
私は魔法学科の試験に合格し、復学したレンリと、学園をサボっていたフィリエルと一緒に通っている。
学園での勉強は午前だけで、午後はエミルの家庭教師を続けている。レンリは執事を辞め、ラシュレ家へは週に一度、エミルに勉強を教えに来てくれている。
魔法学科は、普通学科よりも授業の量が多いけれど、フィリエルに勉強を教えて貰っていたし、ヒルベルタの課題をこなしていたこともあり、一般知識の分野はすぐに修了してしまい、魔法に関する単位だけとれば卒業できるようだ。
レンリには先に卒業しないでくださいね。と言われてしまった。といっても、レンリは学園の施設を利用して研究を続けたいらしく、余り積極的に単位をとることをしていなかったそうだ。数でいえば私と同じくらい単位を取得しないと卒業できないみたい。
空いた時間があると、私はレンリと二人で、ヴェルネル様から教えて貰った魔法道具作りを工房で試している。でも、ここで試作品を作り始めると、大抵お客様が現れる。
「レンリっ!? レンリはいるかしらっ」
慌ただしく部屋に駆け込んできたのはフィリエルだ。いつも落ち着いた雰囲気の彼女だったけれど、最近は前より積極的でパワフルになった気がする。
「レンリはいません。お帰りください」
「いますでしょう。お願い。今日も匿って」
レンリの言葉を無視して、豊穣祭で使ったあのローブを羽織り、フィリエルは部屋の隅に身を隠した。
その次の瞬間、また扉が開く。
「こんにちは。フィリエル様をお見かけしませんでしたか?」
「さぁ。知りません」
「私も会っていないわ」
「そうですか。失礼しました」
と、こんな調子で、ガスパルが学園を去ってから、フィリエル目当ての男性が何人も訪ねてくるのだ。
因みに、ガスパルは近衛騎士を罷免された。
審議会にて、ガスパルは私に負けたことが恥ずかしくて言えなかったと、素直に証言したらしく、クウェイル様は憐れみの目を向けながら、ガスパルに免職を言い渡したそうだ。
それからガスパルは、ダヴィア侯爵とともにラシュレ家へ泣きついてきたのだけれど、メルヒオール様に「命が惜しければ二度と来るな」と剣を向けられ追い返されていた。
審議会の後のヒルベルタとガスパルのやり取りに疑問を抱いたメルヒオール様が、フィリエルに婚約破棄した理由を問い質して真相を知った直後だったので、ガスパルの命の危機を心配したけれど、メルヒオール様は抜いた剣を汚すことなく鞘に納めたので安心した。
騎士でもない男に剣を向けるな。と、フィリエルが止めたからだ。
その後、ガスパルは行き場を失い、復学する勇気もなければ、退学することも避けたかったのか、そのまま隣国へ留学させられ、寮付きの騎士養成所に送られてしまった。
そうして、フィリエルとガスパルの破局は学園中の生徒が知ることとなり、復学早々、フィリエルは男性陣の猛アピールに悩まされ続けている。
工房は普通学科の生徒は余り来ない施設ではあるが、フィリエルが来ると様変わりしてしまう。人の出入りが多くなり落ち着いて実験が出来ない為、レンリはそれを酷く怒っていた。
「いい加減にしてくれませんか? そのローブ貸しますから」
「でも。……それなら一度で良いからレンリを貸して」
「嫌ですよ。僕を婚約者とでも言うつもりなのですよね? もうラシュレ家の執事ではないのですから、面倒事は勘弁してください。忙しいので出てってください」
「執事としてではなくて、友人として……。いいえ。レンリだからお願いしているのですわ」
あら? これは告白?
私、すごい現場に居合わせてしまったかもしれない。
レンリの顔がみるみる赤くなっていった。
「いつも真面目で、エミルやコレットの事ばかりの貴方だけれど、そういう一途なところは素敵だと思うの。話しかけても直ぐそっぽを向いてしまうし、こうして工房に引き込もって私のことなんて見向きもしてくれないけれど、無理に追い出したりはしなくて、私を助けてくれる。私、貴方の前では我が儘になってしまうの。一緒にいると頼りたくなってしまうの……それは、ダメかしら?」
「……だ、ダメ、です。失礼しますっ」
レンリは作りかけの道具を全て放置して部屋を飛び出していった。
「あっ。レンリっ。――逃げられてしまったわ。どうしましょう。嫌われてしまったかしら?」
「どうかしら。……ねぇ。フィリエルは、いつからレンリの事を好きだったの?」
「好き……え? ぇえっ!?」
驚きの声をあげて右往左往するフィリエル。
まさか、無自覚のまま告白したとでも言うのだろうか。
「な、何で驚くの? 今のは告白でしょう?」
「違うわ。婚約者のふりをお願いできるのなんて、レンリしかいないから……。い、今のは告白に聞こえましたか!?」
「ま、まぁ。そう聞こえたわ……」
レンリはどう思って逃げたのか分からないけれど、どちらにせよ可哀想になってきた。
「でも私、レンリの事……。違う違う。そんなのおかしいわよ。――あ。もう戻らなくちゃ。コレット。また後でね」
「ええ。また」
予鈴が聞こえると、フィリエルは真っ赤な顔で工房を飛び出して行った。
結局どっちなのだろう。そんなことを考えていたら、レンリが戻って来た。
というか、姿隠しのローブを着てドアの直ぐ横に立っていたようだ。
「れ、レンリ。いたのね?」
「いましたよ。全く、これだからフィリエル様は苦手です。はぁ」
溜め息混じりに椅子に腰掛け、レンリは作業を再開した。何かフォローしなくては。
「でも、嫌いな相手にあんなこと言わないと思うわ。そうだ、レンリは好きな人とかいないのかしら?」
「はい?」
凄く睨まれた。フォロー失敗。
でも、さすがレンリ。ちゃんと質問には答えてくれるみたい。
「いませんよ。恋愛とか面倒ですから。……そうですね。実家の助けになるような潤沢な資金をもった優しいご令嬢なら誰でも良いです。僕は政略結婚を希望します」
「あら。それならフィリエルなら――」
また凄く睨まれた。
要らぬことを言った私が悪かったです。
「ごめんなさい。何でもないわ。さてさて、私も作業を手伝おうかしら」
「そうしてください。あ、コレットはどうなのですか? ヴェルネル様とは……」
「……それは。ね?」
またまた凄く睨まれた。
でも、私は気づいたのだ。
自分が誰の隣にいたいのか。
誰をずっと側で見ていたいのか。
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