第23話 処罰

「えっ……と……?」


 私の頭の中の思考が停止しかけた時、静まり返った廊下にヒルベルタの金切り声が響いた。


「あっ。ガスパルっ!?」

「げっ。ヒルベルタ……」


 審議室へ向かう途中のガスパルに、ヒルベルタは逃がさないとばかりに腕に手を絡め猫なで声を出した。


「ねぇ。なんで会ってくれないのよ。フィリエルとは正式に婚約破棄したのでしょう? 今までずっと慰め合ってきたじゃない。私と結婚してくれるわよねっ!?」

「いい加減にしろよ。俺はお前なんか」

「えっー。酷いっ。何度も唇を重ね合っ――」

「こんなところで何喋ってんだよっ。俺は審議会に出なきゃならないんだぞ。お前なんかに付き合ってる暇はない」

「じゃあ。出てきたら結婚して」

「するかっ! お前を好きになったことなんか一度もない。平民落ちするくせに。俺に二度と話しかけるなっ」


 ガスパルはヒルベルタを突き飛ばし前へ進み、ヴェルネル様や私と目が合うとその場に静止した。


「は? コレッ……ト? 何で兄様と……ラシュレ公爵様も。それに、レンリ=ベルトット?」

「ガスパル=ダヴィア。早く入れ」

「は、はいっ」


 審議官に呼ばれ、顔面蒼白状態のガスパルは中へ入っていき、ヒルベルタはまた床で泣き続けて、急に顔を上げるとヴェルネル様を睨み付けた。


「酷いわっ。兄弟揃って私を突き飛ばすなんてっ」


 ヴェルネル様が気まずそうにヒルベルタの視線から逃れた。身に覚えがあるらしい。


「ヴェルネル様っ!? 責任とってくださぁい」

「は?」

「だって、私を傷物にしたわ――きゃっ」

「いい加減にしなさいっ。ヒルベルタ。何でも周りのせいにしないでっ。誰かに依存して生きるのは止めなさいっ」


 私はヴェルネル様からヒルベルタを引き剥がして両肩を強く握った。ヒルベルタはキッと睨み返して私の腕を振り払った。


「じゃあっ。どうやって生きろって言うのよっ。私はお姉様みたいに使われる人間じゃなくて、使う方の人間なのよっ。偉そうに言わないでよっ――きゃっ」


 ヒルベルタは兄のげんこつを頭に受け、大粒の涙を溢しながら、今度は兄を睨み付けた。


「いい加減にしろ。まだ自分の立場が分からないのか?」

「アーロン殿下はお前を不敬罪に処すそうだぞ。もう誰も庇えまい」

「えっ?」


 メルヒオール様の言葉にヒルベルタは顔を青くさせた。罪という言葉に、漸く自らの行いがどんなものだったのか気付いたようだ。


「そうだぞ、ヒルベルタ。これからは誰もお前の言葉に従うものはいない」

「お兄様……。嫌よ。いやいやっ。分かったわ。今から殿下に謝れば良いのでしょう? ねぇっ。お兄様ぁっ」

「ヒルベルタ。もう遅いんだ。――ヴェルネル。コレットを頼むぞ」


 兄は深く礼をすると、暴れるヒルベルタを抱き上げて帰って行った。


 ヒルベルタは殿下に謝罪しようとした。

 そんな言葉を聞くのは初めてだった。

 これからヒルベルタは、自らを省みて、変わることが出来るのかもしれない。そう信じたいと思った。


 二人の姿が見えなくなると、ヴェルネル様はそっぽを向いたままのメルヒオール様の顔を覗き込んで尋ねた。


「メルヒオール。さっきの話。コレットと賭けをしたのか? 初めて聞いたのだけれど?」

「……そんな昔のことは忘れた。帰るぞ」


 踵を返し来た方と反対の廊下を進むメルヒオール様は、「あ。逆じゃないかな?」というヴェルネル様の一言で、またクルっと向き直って私達の目の前を無言で通り過ぎて行った。


「レンリ。メルヒオールって、あんな感じだったか?」

「まぁ。最近はあんな感じですよ」

「そうか。困ったな。――そうだ。コレット。学園の入学試験を受けるなら勉強をみてやろうか?」

「ほ、本当ですか!? 有り難いです」

「ヴェルネル様と勉強会ですか……」


 レンリが凄く羨ましそうに私へ目を向けると、ヴェルネル様はレンリも一緒にどうぞ、と快く受け入れてくれた。



 ラシュレ家の屋敷へ戻ると、フィリエルが待ち構えていて、審議会の内容を事細かに聞いてきた。ゲオルグ様に学園の入学試験を受けるように言われたことを伝えると、とても喜んでくれた。


 メルヒオール様にヴェルネル様との勉強会について話すと、目を細めて微妙な雰囲気を出してきたけれど、レンリがどうしても教わりたいと熱意を見せた為許可してくれた。

 ヴェルネル様は学年首席で卒業し凄く優秀な方だそうで、レンリはとても楽しみにしている。正直に言うと弟子入りしたいぐらいヴェルネル様に憧れているそう。


 目まぐるしい一日がやっと終わりベッドに潜り込み、ふと思い出した。

 ガスパルはどうなったのだろかと。

 一瞬しか会えなかったけれど、一発殴っておきたかったな。


 まぁ、いいか。

 彼はきっと、厳正な処罰を受けただろうから。

 それで十分だ。


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