第22話 結論

 私は兄の剣を皆の前で折った。

 今までずっと丹精込めて磨いてきた剣を。


 ヒルベルタは目を丸くしたまま声も出せずに呆然としていた。反対に兄は、何か吹っ切れたようなスッキリとした顔をしていて、私はずっと涙が止まらなくて、兄が私の頭を撫でてくれた。


「おおっ。凄いな。ゲオルグ、どうだ?」

「基礎がなっておりません。君は何故学園に通わなかったのだ?」

「通わせて貰えませんでした」

「そうか。ならば入学試験を受けるといい。今や、平民でも魔法学科は入学できるのだぞ」

「はい」


 私はゲオルグ様に温かい眼差しを向けられ、兄は何も言わずにゲオルグ様の言葉に頷いて見せ、私はそれに答えるべく、涙を拭って返事をした。


「いーねぇ。第二のラミエル様目指して頑張ってよ。――クウェイル。結論は?」

「結論は元々決まっておりました。キールス侯爵がダヴィア侯爵に賠償金を支払う。ということです。レンリ=ベルトットが剣を折ったとしても、使用人風情が賠償金など払えませんから雇い主に。コレット=キールスの場合でも当時本人を養育していた者に。ダヴィア家がコレット=キールスに剣を折られたと認めるのなら、請求されるでしょう。以上、皆解散して良いぞ」

「な、何でよっ。お父様は無実の容疑をかけられて捕まってしまったわ。払えるわけ無いじゃないっ。お兄様っ。何とか言ってくださいませっ」

「ヒルベルタ。言葉を慎め」

「だって。それにあの人、本当に殿下なの!? あんな噂好きで女々しい人なのに、おかしいわっ。そうでしょっ。――きゃっ。お兄様っ。離してっ」


 兄は殿下らに深々と頭を下げると、ヒルベルタを引きずって部屋を出ていった。アーロン殿下は目を丸くして呆然とそれを見送り、クウェイル様へ伝えた。


「凄いね。あの子。俺のこと指差したよね。有り得ねぇ。引くわー。――そうだ。不敬罪、適用しといてよ。あ、コレットとレンリは、俺の発言に引いてるね」

「当たり前だ。場所を弁えろ」


 今まで傍観者に徹していたメルヒオール様が殿下に苦言を呈すると、殿下はわざとらしく肩を竦めてみせた。


「怖っ。君達さ、本当にラシュレ家で働いてるの? 怖くないか?」

「いえ。そんな事は……」

「意外と甘党だったり、子供好きだったり、素直なところもありますので」

「なっ!? レンリっ」


 レンリの言葉にメルヒオール様が怯むと、殿下は高らかに笑った。


「はははっ。あっそ。良かった。義弟のメルヒオールは周りに勘違いされやすいから、そういう見方が出来る者が近くにいて安心した」

「だから、義弟ではない。殿下は姉上に振られたのですから」

「ふん。お前の父が厳しかっただけだ。……さて、聞きたいことは聞けた。帰って良いぞー」


 殿下がふてくされ、私達を手で払って部屋から追い出そうとすると、去り際にゲオルグ様はレンリに声をかけた。


「レンリ=ベルトット。君は早く学園に戻りなさい。ラシュレ公爵。よいか?」

「ゲオルグ様。それはレンリが決めることですので、本人に任せます」

「そうか。考えておくように」

「はい」


 ◇◇


 審議室を出ると廊下にはまだヒルベルタと兄がいた。ヒルベルタは兄に叱られたからか、こちらを見もせず廊下の角で踞り泣き続けている。

 兄は私と目が合うと、ヒルベルタを残しこちらへ歩みを進めた。


「お兄様」

「コレット。随分明るくなったな」

「お父様は……」

「お前が案ずることではない。むしろ、天罰が下ったのだと嘲笑うべきだ。――その腰の剣。十年越しに貰ったのか?」

「は、はい」


 兄は黒檀の剣に視線を落とし、ラシュレ家の家紋にそっと触れた。


「お前はこんな剣など手にせず、メルヒオールの嫁になっていれば良かったのにな」

「へ?」

「ライアスっ。何を口走って……」

「知っていたぞ。二人が賭けをしていたことを。コレットが俺に負ければ、一生面倒を見てやると言っていただろ?」

「それは……」


 ヴェルネル様に懐疑的な目を向けられメルヒオール様が口ごもった時、私は思い出した。あの日、メルヒオール様とそんな賭けをしたことを。でも、私がその言葉の意味を尋ねると、今みたいに同じ反応をして私に言ったのだ。


「お兄様。メルヒオール様は確かにそう仰いましたが、意味が違います。メルヒオール様は、私が兄に負けたら、勝てるようになるまで稽古に付き合ってくださるという意味で……」

「この顔を見てもそんなことを言うのか?」


 兄に言われて隣にいるメルヒオール様を見上げると、その顔は真っ赤に染まっていた。

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