幕間(ガスパル)
俺は皆の笑い者になった。
初めての大舞台。
コレットのせいで全部終わった。
祭事用の剣は、お飾りの剣。
先輩達は口を揃えてそう言った。
だから、折れててもバレないと思った。
でも、式典で先輩達は剣を抜いた。
白銀の刃は光を浴び、空の蒼に溶けて美しかった。
前列の先輩に習って次は俺だ。
俺もあんな風にカッコよく決めたい。
俺はそんな事しか考えてなくて、抜いた瞬間、周りがざわついた。
その時、思い出した。コレットの顔を。
それから色々言われたけど、ほとんど覚えていない。
何故、剣が折れていたかなんて言える訳がない。
知らぬ存ぜぬを繰り返して、一ヶ月の謹慎処分を言い渡された。謹慎中に審議が行われ、免職されるのが濃厚だと言われた。
父は怒り狂い倒れた。
兄が宮廷魔導師として要職に就いたらしいが、それが火に油を注ぐ形となり、騎士の家系であるダヴィア家は終わりだと嘆いている。
「ガスパル様。ラシュレ公爵令嬢様がお見えです」
「……ああ」
「失礼します」
フィリエルが使用人に案内され俺の部屋に通された。
彼女が俺の部屋に来るのは初めてだ。謹慎中だから部屋から出させられないとはいえ、こんな形で部屋に招くことになるとは思ってなかった。
水色の長い髪と瞳はいつも通り澄んだ色をしているが、少しやつれていて、儚げな美しさに拍車をかけている。
俺の自慢の婚約者は向かいのソファーに腰掛けると、冷めた視線を俺に向けた。
覚悟はしていた。
フィリエルは俺じゃなくてコレットを信じている。
そんな気がずっとしてた。
近衛騎士であればフィリエルだって喜んでくれると思ったのに、その職も失おうとしている。
俺達の関係は、もう終わるんだ。
「ガスパル。何故、剣が折れていたのですか?」
「さぁ? どうしてだろうな」
「私は、天罰が下ったのだと思いました。貴方がコレットを陥れたから」
やっぱり。俺よりコレットを信じるんだ。
そりゃそうだ。フィリエルは優しいから、弱い立場の人間を放っておけない。
でも、だったら俺の事も見捨てないでいてくれるかな。
いや。そんな格好悪い俺でフィリエルの隣にいたいんじゃない。まだ、笑われて終わった方がマシだろ。
「そうかもしれないな。そんな俺を笑いに来たのか?」
「ええ。コレットを売って権力を手にいれようとした馬鹿な貴方を笑いに来たのです。……どうしてもっと自分で努力しなかったのっ!?」
フィリエルは泣いていた。笑いに来たって言ったのに。俺を見て哀れんで泣いてる。
「俺だって努力はした。兄様の分も、俺が騎士にならなきゃって、ずっとずっと期待されてきたんだぞっ。子供の頃からずっと……。でも、だから分かるんだよ。俺じゃあ近衛騎士なんて夢のまた夢だってな」
俺には才能がない。だったら努力で埋めろって言うけど、それは才能がある奴が言うただの戯言だ。
「そんな事……」
「フィリエルには分からない。剣を握ったこともない癖に。俺の努力なんか……。でももう何の意味もない。謹慎が終われば、近衛騎士は免職される。俺の剣の道は閉ざされた。ダヴィア家は終わりだっ!」
馬鹿だな。俺。結局ただの八つ当たりだ。
こんなこと言ってもどうにもならないのに。
フィリエルは立ち上がり、俺の隣に腰を下ろすと、そっと冷たい指先を俺の手に重ねた。
「兄様が、青藍騎士団に戻ってきても良いと仰ったわ。ただし、入団試験からやり直せって」
「は? メルヒオール様がそんなこと言う訳わけないだろ? あの人は俺のことなんか」
「興味ないそうよ。でも、ヴェルネル様に頼まれたのよ」
「兄様が……」
兄様は婚約が流れて、落ち込んでいたのに。
俺の為に、掛け合ってくれていたんだ。
「それから、もう一つ私から言うべきことがあるわ。私は貴方との――」
「俺が近衛騎士ではなくなるから、婚約を破棄したいんだな」
何を言いたいのか、目を見て直ぐに理解してしまった。どうしてもその言葉を聞きたくなくて、俺はフィリエルの言葉を遮るように声を重ねると、フィリエルは何度も首を横に振った。
「違うわ。貴方がコレットを……」
「コレットに俺も騙されていたんだっ。アイツは兄様との婚約を破棄させたいが為に、兄妹を使って俺を唆したんだぞ。アイツは駆け落ちしたくて周りの人間にあんなことをさせたんだっ。アイツのせいでフィリエルとの関係が終わるなんて嫌だっ」
言い切って気付く。
やっぱりフィリエルを失いたくない。
格好悪くても卑怯でも繋ぎ止めておきたい。
コレットなんかに、これ以上俺の夢を壊されたくない。
「違うでしょ? コレットはヴェルネル様との婚約式を楽しみにしていたわ。貴方があんなことをしたから」
「元々駆け落ちしたいが為にやったんだ。俺は悪くない。――近衛騎士から落ちた俺を見限って婚約破棄するなら受け入れる。でも、そうじゃないなら……」
「そうじゃないわ。でも、貴方を見る度にコレットを思い出すの。一緒にいるのが苦しいの。だから――」
泣きじゃくるフィリエルを抱きしめた。震える彼女は強く抱けば壊れてしまいそうで、二度と離したくないし、俺が守ってやりたいって再確認した。
俺はフィリエルの耳元で囁いた。
「今、父が床に伏している。これ以上、気苦労を負わせたくない」
「……狡い人」
「狡くてもいい。もう少しだけ、俺をそばで見ていてくれないか? 俺は、公爵家の娘である君と釣り合いたくて、近衛騎士になりたかったんだ。フィリエルに相応しい男になりたくて……」
「私も貴方を追い詰めた一人なのね。私はそんなもの求めてないのに。――離して。今日は帰るわ。この話は、お父様がご回復されてからしましょう」
「……ああ。俺はそれまでに、フィリエルが認めてくれる人間になるから」
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