第16話 姫騎士

「姫騎士様だっ」


 人々の中から次々と声が上がる。

 そして、姫騎士と呼ばれた女性は腰まで伸びた艶やかな金髪を靡かせ、町の人々の間を割きジョルジュの前まで馬を進めた。


「その呼び方は好かない。パラキートの町の者よ。私はイリヤ=サウザン。この町に詐欺師が跋扈していると聞いて訪ねた。しかし、それが真の事だったとは……」

「イリヤ様。こんな所まで良くぞお出でくださいました。詐欺師とは一体……」


 恐らく領主の娘と思われるイリヤ様へ、ジョルジュは顔色を窺いながら愛想良く尋ねるも、彼が声を発した瞬間、イリヤ様の目は俗物を見るそれに変わっていた。


「貴様の事だ。ジョルジュ=パラキート。町の長は貴様の父。貴様ではない。権限もない上、その地に住む人々を蔑ろにし己の欲に溺れようとは愚かにも程がある!」


 凛としたその声に誰もが虜になるだろう。

 格好いい! 姫騎士様が素敵すぎる!

 私はもう居ても立っても居られなくて、隣のレンリに目を向けた。


「レンリっ。凄いわねっ!」

「はい。流石メルヒオール様です。この場は難なく治まりそうですね。それに、この先も安泰といったところでしょうか」

「え? そっか……。そうね」


 メルヒオール様は町の人達を焚き付けた後、夜通し馬を走らせてイリヤ様をこの町まで連れてきてくれたのだ。

 隣国の事に自身が干渉することは対外的にも良くない。これが今後の町の発展にも繋がる最善だったのかもしれない。

 メルヒオール様は、冷やかな眼差しで馬上から事の顛末を見守っていた。


 ジョルジュは分が悪いことにやっと気付いたのか、必死に弁明していた。


「わ、私は病で倒れた父の代わりによかれと思い――」

「黙れ。長とは町の皆で選ぶもの。貴様なんぞ誰も選ばぬ。代わりなどなれぬのだ。町の皆の顔をよく見てみろ」

「……っ」

「人がいなければ町にはならぬのだぞ。それすら知らぬ若輩者が……。いや。貴様など、ただの詐欺師だ。そいつを我が屋敷に運ぶ。父に……サウザン侯爵に断罪してもらう」

「ひぃっ。そ、それはっご勘弁をっ」


 ジョルジュが用意されていた護送車に放り込まれると、町の人々は歓喜に沸いた。

 イリヤ様を取り囲み、感謝とジョルジュへの強い断罪の意を述べ、教会で祝いの宴を設けることを伝えている。


 イリヤは喜ぶ群衆を見て満足気に微笑むと、私の前へ馬を進め歩みを止めた。

 目の前で見るとエメラルドの瞳が美麗で益々引き込まれる。

 勇ましくて美しくて、私の理想の女性騎士様だ。


「貴女。その剣……ラシュレ家の方ですか?」

「あっ。いいえ。私は違います。こちらはお預かりした剣なのです」


 遠目で瞬時にラシュレ家の剣だと見破るなんて、この人は無類の剣好きに違いない。私と一緒だ。

 共通の趣味がある事が嬉しくて歓喜に震えていたけれど、イリヤ様は私の言葉に瞳を曇らせていた。


「お預かり……そ、そんな……」

「あ、あの……?」

「ラシュレ公爵様に、意中の方がいらしたなんて……」

「へっ? ち、違いますっ」

「ならば、片恋か」


 無念だ。とイリヤ様は悔しそうに呟き、メルヒオール様へ視線を送ると、メルヒオール様は相変わらずの不満顔で答えた。


「好きに解釈しろ。――後処理は任せたぞ。イリヤ殿」

「はい! ラシュレ公爵様」


 イリヤ様は任務を与えられた事を誇りに思っているのか、胸に手を当て礼をした後、メルヒオール様に羨望の眼差しを向けている。それから思い出したように私へ振り返り、キッと睨みつけながら軽く会釈し、私の前から去っていった。


 ◇◇


 教会では皆が持ち寄った食事が振る舞われていた。

 それらに目もくれず、メルヒオール様は教会の裏へと真っ直ぐ進んだ。

 そこには、エミルの母の墓標がある。

 メルヒオール様は無言で花を添えると、夕暮れまでに別れを済ませておけとエミルに告げ、その場を後にした。


 エミルはメルヒオールが去ると、墓標に語りかけた。


「ボクのお願い。本当に叶えてくれた。母様の弟って、すごいんだね。ボク、メルヒオールさんみたいになりたい! コレット先生、ボクはなれるかな?」

「そうね。彼の背中を見て、良いところを沢山学ぶと良いわ」

「うん! これでどう。似てる?」


 エミルは眉根を寄せてメルヒオール様の真似をして、レンリが我慢できずに吹き出した。


「はははっ。……エミル。そこは似せなくて良いと思いますよ」

「そうかな? こうしてたら、悪い奴も逃げ出しちゃうと思うんだけどな?」

「ふふっ」

「えへへっ」


 それからシスターや子供達、貸家の皆とお別れをして、空が赤く染まる頃、ラシュレ家の馬車へ乗り込んだ。

 見送りの為に広場には沢山の人が集まっていた。


「ラシュレ公爵様。ありがとうございました」

「エミル。コレットさん。レンリ君。いつでも帰ってきてね~。ここは皆さんの家ですからね~」


 シスターの声が馬車の中まで届いて、私はエミルとレンリと顔を見合わせて笑い合った。


 私はいつか必ずこの町に戻りたい。

 本当の家族よりも、家族みたいな町の人々の元に。

 何年先になるか分からないけれど、その時はきっとエミルと一緒に。

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