幕間(レンリ*フィリエル)

「誰ですか? コレットにワインを薦めたのは?」


 コレットはテーブルに突っ伏して夢の中だった。

 少し目を離した隙に、何故こんなことに。


「コレット先生、寝てるの?」

「ご、ごめんなさい。コップ一杯薦めただけだったんだけれど……」


 ミリアさんがコレットの肩を揺すると、コレットはむくりと体を起こした。

 顔はほんのり赤くなり、目は据わっている。


「コレットさん。大丈夫~?」

「はい。ふふふっ……」


 コレットは不敵に微笑むとまたテーブルに突っ伏してしまった。


「あらぁ。駄目そう」

「すみません。僕が部屋に運びます」


 腕力に自信はないけれど、小柄なコレットは簡単に抱き上げられた。しかし、部屋の扉を開けるのに手間取っていると、コレットが目を覚ましてしまった。


「……レンリ? ふふふっ。体が浮いてるみたい? なんだか変なの……」


 酔うと笑い上戸になるらしい。危険だ。

 コレットにお酒は絶対に与えてはいけない。


「もうすぐベッドなので、大人しくしててください」

「ベッド? ふふふっ。まだ寝ないわよ。みんなと、もっとお話しするんだからっ」

「ちょっ……」


 コレットは僕の腕から無理やり降りると、フラつき壁に額をぶつけた。小さく唸り声をあげ、手で顔を覆うと、壁に寄りかかり俯いてしまった。


「大丈夫ですか?」

「…………」

「寝て……る?」


 立ったまま眠る器用なコレットを、もう一度抱き上げてベッドまで運んだ。


 この部屋で過ごすのも今日で最後。

 もう少し、ここで過ごしたかった。


 明日からラシュレ公爵家で働くことになる。

 こうしてコレットの無防備な寝顔ともお別れだ。


「やっぱり、一緒に逃げませんか? もう少しだけ、貴女を独占したくなりました。――ははっ。何を言ってるんだか。少し、酔いが回ったかな」


 その時、窓辺でコツンと音がした。兄の伝書鳩だ。

 ここを出る前に来てくれて良かった。


「どれどれ。ほぉ。ガスパルは式典でやらかして。一ヶ月の謹慎期間中。審議後、免職の予定か。ヴェルネル様は、それを理由にヒルベルタとの婚約発表を中止。宮廷魔導師長補佐官に就任……か。着々と足場を固め始めた訳ですね……」


 読み終えた手紙を閉じて鞄の一番奥に押し込んだ。

 手紙を見たら目が冴えてしまった。

 もう一杯いただいてから寝よう。


 僕は、まだ賑やかな食堂へと足を向けた。


 ◇◆◇◆


「建国記念の祭典で、初めて近衛騎士として舞台に立つ。フィリエルに見て欲しいんだ」


 そう言われて、私は気は進まぬまま式典へ足を向けた。


 コレットが執事と駆け落ち?

 ガスパルを押し倒すよりは真実味がある。

 あの我儘な妹に、堅物の兄。

 世間体ばかり気にする父親と、母親の姿は記憶にすらない。


 あんな家に、もしも優しい執事がいたら。

 駆け落ちだってするかもしれない。


 でも、それってやっぱりガスパルのせいよね。

 あんな嘘で、コレットの幸せを踏みにじったのだから。


 コレットを犠牲にして得た近衛騎士なんて。

 私は絶対に認めない。



 白い近衛騎士の制服に身を包んだガスパルを視界に捉えた。本当に近衛騎士になったのね。

 その姿を見たら、彼の浮気を知った時よりも胸の奥が苦しくなった。


 ガスパルを失ったら、私は二人目の幼馴染みを失うことになる。

 それがとても怖い。でも――。


「一緒にいるのは、もっと辛い」


 私はガスパルの元から離れようと心に決めた。


 でも彼はこの日、近衛騎士の任を解かれることになった。

 理由は、空へ掲げた彼の剣が折れていたから。


 あー。天罰が下ったのだなって思った。

 ざわつく会場の音が耳の横を通り過ぎていく。

 ガスパルの周りだけ、時が止まっているかのように見える。


 次に彼と会った時、私は彼に別れを告げよう。

 彼も失えばいい。

 私はコレットを失った。

 コレットは婚約者を失い家族を捨てた。


 彼も全部、失えばいいのよ。

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