第13話 面影が皆無

 レンリは胸を抑え、深いため息と共に椅子に腰を下ろした。


「凄い威圧感でしたね。心臓が抉られるかと思いました」

「そうだったの? そんな風には見えなかったわ。堂々としていたもの。レンリ、ありがとう」

「礼なんて……。僕はコレットに隠している事があるんです」


 私とレンリは駆け落ちしたことになっているらしい。

 レンリは兄からの手紙で知ったそうだ。ガスパルが私に襲われた話を、レンリの兄は知らない。世間一般では、私は男癖が悪くて婚約を破棄され、レンリと駆け落ちしたことになっているのだ。


 でも、いないも同然の私と休学中の子爵家の三男坊の駆け落ち話など誰も興味なく、噂にもなっていないらしい。


 確かに、ガスパルは女に負かされ襲われたなんて、未遂だとしても、嘘だとしても恥ずかしくて言えないだろう。ダヴィア家の名誉も地に落ちる。


 レンリはその事を話せば私が謝るだけだと思い、言いだせなかったそうだ。レンリの元気がなかったのは、やっぱり私のせいだった。


「僕は、コレットの執事でいたい。弟でもなく、駆け落ち相手でもなく」

「私に執事は必要ないわ。でもレンリが側にいてくれるのは、とても心強いわ。……これからは同僚かしらね?」

「本当に、メルヒオール様の言葉は信じられるのですか?」

「ええ。信用できると思うわ。昔、メルヒオール様に言われたの。――君は剣に愛されてる。それは君が剣を愛しているからだ。俺と一緒だ。って」


 レンリは呆然と口を開いたまま固まった。


「……えーっと。誰が誰に何て言ったと?」

「昔のメルヒオール様が私に言ったの。彼と彼のお父様、前ラシュレ公爵様だけだったのよ。私の剣を誉めてくれたのは」

「あの顔と全身に纏う雰囲気から、愛とか何だとか想像できないのですが」

「そうなのよね。昔の面影が皆無なのよ。メルヒオール様は、エミルに似て可愛い感じの方だったのに」

「可愛い?」


 レンリは頭を抱えて考え込んでしまった。


「それにね。誰よりも努力家で剣をこよなく愛する方だったわ。だから、剣に誓うと彼がいうなら、信じても良いと思うの」

「騎士の考え方は、僕にはよく分かりません。ですが、フィリエル様との事、解決したいのですよね」

「ええ。そういえば、さっき噂がどうのって」

「学園でフィリエル様が孤立していたことは知っていますか?」

「いいえ」


 知らなかった。フィリエルは講義の内容は教えてくれたけれど、交遊関係については何も話さなかったから。


「フィリエル様は、男性からとても人気があるお方なんです。青藍騎士団に所属している者達からは、陰で姫と呼ばれていて、それをよく思わない女性が多いんです。まあ、自分の婚約者である男性が、自分以外の女性を姫と呼んで羨望の眼差しを向けている訳ですから、気に入らないのは分かります」


 フィリエルは容姿端麗だし、子供の頃身体が弱かったこともあってか、守ってあげたくなるような儚さがある。


「そう……」

「フィリエル様の陰口の中に、お姉様が隣国の騎士様と駆け落ちされたという噂もあったんです。ガスパルの取り巻きの女性陣が流していたので、僕は信じていませんでしたが。本当だったのだと、少し驚きました」


 フィリエルのお姉様の事は、フィリエルから聞いていた。私がラシュレ家への出入りをしなくなって、少し経った時だった。前ラシュレ公爵は激昂し、家族内がごたごたしているとフィリエルは漏らしていた。


「成る程……。レンリって、噂話とか詳しいのね」

「へっ? 別にこれくらいなら誰の耳にも入ってきますよ。あっ、駐屯所に説明にいってきます。明日から通えなくなってしまうので」

「そうね。私も教会へ行ってくるわ」

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