第30話 俺はようやく希望を手に入れたんだ…これからも

 杉本陽向汰すぎもと/ひなたは彼女と一緒にいる。


 自室にいる陽向汰は、自室に簡易的なテーブルを用意し、それを囲むように、彼女である八木和香やぎ/のどかと共に、隣同士で床に座っていたのだ。


 ようやくできた恋人。

 嫌いな元カノと正式に別れられたことで、清々しさを感じられるほどだ。


 陽向汰は今、気楽な気持ちで、テーブルに置かれた一枚の用紙と向き合っている。それは、小説を書く時に使用するテンプレートシート。


 陽向汰が小説を書く時は、最初から直接パソコンに入力せず。ノートや用紙に箇条書きで書き出し、プロットを構成してから本書きに移るのである。


 大まかな流れは決めた方がいい。

 でなければ、途中で話の展開がおかしくなったりと、続きを書けなくなる現象が生じてしまうのだ。




「陽向汰先輩は、何か思いつきました?」

「いや、ちょっと、待って……考え中なんだ」


 陽向汰は真剣な表情で、白紙の用紙と向き合っていた。


 あともう少しで何かが思いつきそうなのに、なぜか、いい案が思い浮かばないのである。


 元々、小説を書き、ネットに投稿していたのだが、久しぶりに作業すると、案外難しいものだと痛感していたのだ。


 以前のように書ければいいのだが、深く悩みこんでばかりだった。


「陽向汰先輩。やっぱり、思いつかないんですか?」

「そうかもな……」

「でしたら、今まで経験したことを題材にすればいいと思いますよ」

「今までの経験?」


 陽向汰は思う。


 人生で経験したこと。それはクズでどうしようもない彼女と付き合っていたことである。それこそが人生最大級の奥深い経験だろう。




「じゃあ、あの人のことでもネタに小説を書くかな」


 陽向汰は、クズな彼女のことを思い出したくはなかったのだが、今回ばかりは利用させてもらおうと思った。

 嫌な意味合いで心に来るものがあるが、空想的なことよりも実体験の方がリアリティも出てくるだろう。


 陽向汰はできる限り、多くの情報を用紙に書き出していた。

 一先ずは箇条書き程度にまとめ、自分で大まかな流れを掴むのである。


「陽向汰先輩、なんか順調そうですね」

「まあな。あとさ、これでいいんじゃないか?」


 陽向汰は書き出したものを隣に座っている彼女――和香に見せることにした。


「んんッ……これはこれでいいかもしれませんね」


 和香はすんなりと頷いてくれたのだ。


「では、この通りに書いてみましょうか? 陽向汰先輩は、しっかりとプロットを固めてから書くタイプですか?」

「そうだな。すぐに書いても失敗することが多いしさ」

「わかりました。そういうところは陽向汰先輩に任せますので。では、本書きするのは、いつからにします?」

「……じゃあさ」


 陽向汰は自室の壁に掛けられているカレンダーへと視線を移す。


「来週からだな」

「わかりました。私はそれまでの間に、先輩のために色んな情報を集めます。そういうところはやらせてください」

「色んな情報? どんな情報なんだ?」

「それはですね。えっとですね、先輩、今度街中に情報を集めに行きませんか?」

「どうした急に?」

「それは、先輩の小説のネタになることがたくさんあると思うので」

「そ、そうなのか?」


 何が街中にあるのだろうか?


 和香のセリフにちょっとばかしモヤッとしたものの、今は何となく頷くことにしたのだ。




「私、早く先輩が小説を書いているところを見たいんです。本当に頑張ってくださいね」

「わかった。けど、小説サイトに投稿するんだったらさ。どこかのサイトにアカウントを作らないと」

「そうです。以前使っていたサイトとかはどうでしょうか?」

「それはな。投稿しなくなってから消しちゃったんだよな」

「えー、消したんですか?」

「うん」

「それじゃあ、一から作るってことですね。では、今人気のある投稿サイトに登録した方がいいかもしれませんね」

「確かに、その方が注目される可能性があるな」


 陽向汰は床から立ち上がり、勉強机のある方へと向かう。そして、机の上に置かれているパソコンを起動させたのである。


「陽向汰先輩、サイトを探してるんですか?」

「そうだよ。じゃあ、こういうのとかは?」


 陽向汰は和香に見せた。


「それはいいかもしれませんね。今の先輩の作風にピッタリだと思います」


 和香は明るい笑みを見せ、頷いてくれたのだった。


 陽向汰はそのサイトに自身のアカウントを作ることにしたのである。


 これから、新しい人生が始まるだと思うと、陽向汰は楽しくなってきたのだった。

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