第26話 俺はもう決めたんだ。徹底的にやるって…

「ねえ、どういうこと? なんで、あんなことをしたのよ」


 学校に到着し、朝のHRが始まる前、誰もいない校舎の一室に嫌な空気感が漂う。

 視界に映る彼女――、吉岡咲良よしおか/さくらの様子が、顔を真っ赤にして、陽向汰に罵声を浴びせてくるのだ。


 咲良は昨日の件について、苛立っているのだろう。

 なんせ、彼女の裏情報などを、生徒会役員の連絡網を利用して、学校関係者全員に送信したのである。

 それが彼女にとっての大きな障害になったに違いない。

 でも、杉本陽向汰すぎもと/ひなたにも考えがあった。


 今まで、咲良から罵声を浴びせられ、恋人のような扱いをされることもなく、単なる金蔓のような間柄になり下がっていたのだ。


 表面上は、羨ましがられることもあったのだが、そんなのはない。

 それは他人の願望。表向きしか見ていない奴らの空想なのだ。

 陽向汰はどうしても、咲良のことを許すことはできない。

 今週からは咲良の内面がもっと、明かされていくことになるだろう。


 今朝。ホスト風の男性から、色々と咲良のことについて聞かされた。

 家庭の事情が悲惨だとか、経済的に苦しいとか。

 でも、そんな理由で、他人からお金を巻き上げたり、生徒会役員が管理している部費を奪ったりすることは許されない。


 咲良に同情する以前に、恨みが強く湧き上がってくるのだ。

 だから、今こうして、仕返しをしているのである。


「……俺からはこれ以上、君に言うことはないよ」

「……ッ」


 咲良は復讐に満ち溢れた顔をしている。

 何が何でも許さないといった表情であり、陽向汰は一瞬、嫌な意味合いでドキッとし、苦しみを感じた。

 殺されるんじゃないかっていう勢いがあり、陽向汰は命の危機感を覚えたのだ。


 しかし、咲良はそういった言動を見せることなく、それどころか手元を振るわせていた。


 攻撃するどころか、涙まで瞳から見せているほどである。

 本当に許しを乞うているのだろうか?


 まさか、ウソ泣きなのか?

 今までの咲良の態度を見て、まともな言動をした試しがないのだ。

 嘘で誤魔化し、今までやりこなしてきた彼女なのである。


 今回もそうに違いない。

 同情なんてできないし、今更、そんな態度を見せられても、陽向汰は許そうとは思えなかった。


「じゃあ、俺はここで」

「ちょっと待ちなさいよ」

「もう、俺から話すことなんて何もないんだ……もういいだろ」


 陽向汰はそう言った。

 咲良の瞳を潤ませた顔つきを見ると、一瞬でも心が靡いてしまいそうになる。

 彼女は普通にしていれば、本当に美少女なのだ。


 本当に咲良の残念なところでもあった。


 生まれてくる環境が違えば、真っ当な女の子であったに違いない。

 陽向汰はそう思いつつも、咲良から距離をとるのだった。


「何よ、その態度。腹立つわね」


 やはり、さっきの涙は嘘だったらしい。

 すぐに態度を変えてくる。


「というか、お金は? 朝、男性が来たでしょ?」

「……まあ、来たけど」

「その人に渡したんでしょ?」

「いや」

「……は? なんでよ。むしろ、あいつからお金を要求されなかったの?」


 咲良は激しく動揺している。

 彼女は驚き、目を点にしていた。


「むしろ、その人の彼女が、俺のために料理を作ってくれてたしさ」

「……彼女? な、なに、その人って何?」


 咲良はどうしても、その女性の存在が気になってしょうがないらしい。


「俺もそんなに知らない人で」

「は? そ、そんなないわ。だって、あの人、私と付き合ってたし」

「ということは、俺と付き合っている時から浮気していたってこと?」

「うるさい。そんなのどうだっていいじゃない」


 咲良は暴言を吐いて、その場を乗り切ろうとしている感じだ。

 まさか、浮気までされていたなんて。本当に陽向汰は、何なる金蔓だったらしい。

 悲しいという気持ちよりも、もっと早くにそのことに気づいて、咲良とは距離を置きたかったと、ひたすら思う。


「……って、全然、繋がらないんだけど」


 咲良はスマホを手にし、連絡フォルダを開き、その男性と連絡を取ろうとしているのだが、繋がらないみたいだ。


「あああ、どうして、こうなるのよ……私とずっといるって。言ってたじゃないッ」


 咲良は頭を抱えていた。

 皆がいる前では、見えることのない哀れな態度である。

 彼女の人生はもう、機能しなくなりつつあるのだろう。

 陽向汰は、その彼女の姿を見て、そう思っていた。




「何もかも。すべて、あんたのせいだから」

「え? 俺の?」

「ええ、そうよ。全てね」


 咲良は憎悪の塊のような表情を見せ、陽向汰の胸倉を掴みかかってくるのだ。


 女の子のはずなのに、何気に握力が高いような気がする。 

 それに覇気のようなオーラを放っているのだ。

 その圧力に押し負け、陽向汰は押し黙ってしまった。


「あんたが、余計なことをしなければよかったじゃない。どう責任取ってくれるのよ」

「それ以上、やってもいいのか?」

「……なに? 私に反抗するの?」

「そ、そうだよ」


 陽向汰は強気だった。

 今回ばかりは、何が何でもハッキリとさせておきたかったのだ。


「あんたに……あんたなんかに……嫌だし」


 咲良はようやく胸倉から手を離してくれたが、苦虫を嚙み潰したような顔を見せている。

 今まで見下していた相手からの反発に、納得がいっていない様子。


 咲良は口を動かしている。

 何かを伝えようと必死なのだが、声が出ていない。


「じゃあ、私、あんたの秘密を皆に言うから。そうしたら、もう、あんたの人生も終わりでしょ? そうよね?」


 咲良は勝ったと言わんばかりの誇った顔を見せていた。


「それでもいいの。ねえ、あんたにとっての重要なこと。それを言われる覚悟があったのよね? 私の情報も一斉送信で晒したんだものね。ねえ」


 咲良はマウントを取り始めるのだ。

 彼女にとっての最終手段。


 陽向汰に抗える最後の方法である。


 咲良の裏情報は、すべて、学校全体に知れ渡っているのだ。何も失うものもない、彼女は無敵状態ともいえた。


「もう、止まんないから。あんたになんて言われようと嫌だから。というか、ここで、土下座しても許さないから」

「咲良になんて言われてもいいよ。もう、俺もその覚悟はできてるし」

「え? は? それ強がってんじゃないの。もう、あのことを公言してもいいの? 全校生徒によ。それに先生にも伝わるんだからね」

「……いいよ。もう、俺もさ……それだけの覚悟があって、咲良の裏の顔を暴いたんだ」


 陽向汰はもう決心ができている。

 だから、咲良に、あの秘密をバラされても何とでもよかったのだ。

 もう、何がなんでも、咲良に復讐をしたかった。ただ、それだけなのだ。

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