第25話 朝から嫌な予感しかしないんだけど…

 火曜日の朝。

 何かがおかしい。

 杉本陽向汰すぎもと/ひなたは、その違和感に気づく。


 ベッド上で寝ていたのだが、近くから感じる異質さになかなか瞼を空けることはできなかった。

 起きないといけないけど……なんか、怪しいんだよな……。


 しかし、早くしなければ学校に遅れてしまう。

 どんな結果であれ、瞼を開けようと思う。


 すると、人が佇んでいることに気づいたのだ。

 起きたばかりで視界がぼやけており、ハッキリとしなかった。もしかしたら両親かもしれない。むしろ、そう思いたかったのだ。


 でも、現実は違った。


「……」


 陽向汰は、ドキッとした。

 見ず知らずの人物が、そこには佇んでいたからだ。

 怖すぎて、無言になった。一体、誰なんだと思い、脳内が混乱してしまう。


 陽向汰の視界に映る人物は、二十代くらいの男性。洒落た感じのスーツを着こなす姿を見てしまうと、借金取りか、そんな感じかと思う。


 まさか……咲良との関係がある人?


 陽向汰は何もできず、視線をキョロキョロさせた。


「お前が、陽向汰だよな」

「……なんで、俺の名前を……知ってるんですか?」

「あいつから聞いからさ」

「あいつ……咲良? ……の事ですよね?」

「そうだが? というか、お前もそろそろ起きろ。話はそれからだ」

「……」


 陽向汰は脳内が混乱してばかりである。

 というか、なんで、勝手に家に入ってこれたんだろうと思う。


 怖すぎて、本当に体を動かすことなんてできなかった。


「早く起きてこいよ。俺だって、さっき、仕事が終わったばかりで。この後も色々とやることがあるんだ」

「……は、はい……」


 今の時間帯に仕事が終わったってことは、夜の仕事の人なのかな?


 陽向汰は、面倒になりたくなかったために、一応、ベッドから立ち上がり、自室から出て、一階リビングへと向かった。






 自宅、一階リビングへと到着すると、知らない人が、長テーブル近くに置いてある椅子に座っている。


 先ほどのスーツの男性はいるというのは当たり前なのだが、もう一人姿があった。その人は、女性のようである。


「……」


 また、新しい人の存在に、自分の家は今日、一体、どうなってるんだろうかと思う。


 ラノベの世界だと、朝、見ず知らずの美少女と遭遇するということはあるのだが、陽向汰の理想とは大分かけ離れていた。


 陽向汰は溜息を吐き、どうしようかと思うが、一旦、長テーブルへと近づいていく。


「おはよう」

「おはようございます」


 陽向汰は、見ず知らずの女性から挨拶をされたが、何も返事しないのも気まずいと思い、素直に返答した。


 誰なのかわからない人がいれば、警察を呼ぶというものだが、なぜか、自室にはスマホがなかったのだ。

 ゆえに、助けを呼ぶことなんてできない。その上、据え置き型の電話もないため、現状に違和を感じたとしても、長テーブル前の椅子に座るのだった。


 右隣には、謎の女性。

 対面上には、洒落た感じのスーツを着こなす男性。


 こんな意味不明な朝を迎えるなんて、今後、絶対に経験することはないだろう。


「でも、一つ質問いいですか? どうやって入ったんですか?」

「それはね、君、昨日、鍵をかけるの忘れていたでしょ?」

「え……」

「ええ。私、昨日、君の後ろを尾行していたの気づいていたかな?」

「いいえ……知らなかったです」


 隣の女性に言われ、初めて気づいた。


「でも、しっかりと施錠しておかないと、ダメだからね」


 と、女性は言う。

 綺麗な感じではあるが、どことなく、夜の仕事をしているような雰囲気を感じた。

 大人っぽい香水の匂いを感じ、いつも学校で出会う、彼女らとは別次元のような気がしたのだ。


 でも、陽向汰は、そういう趣味はない。普通の感じの子と付き合いたいという思いが強く、その女性には靡くことはなかった。


「二人は、咲良のことを知ってるってことは、まさか、お金問題で、ここに来たんでしょうか?」

「まあ、そうだな」

「ですよね……」


 男性の発言に、陽向汰はドッと疲れた感じである。

 陽向汰はある程度、お金は持っているのだが、お金を渡したくはなかった。


「……そんなに身構えなくてもいいからさ。俺らは別にお金とかが目的ではないんだ」

「え……?」


 陽向汰はビクッと体を揺らした。

 では、なぜ、ここにという疑問が浮上する。


「俺らさ、咲良と距離を置きたくて、ここに来たんだ。元々は咲良に、お金を巻き上げてこいと言われてたんだけど。さすがに、お前からはお金を取ることなんてできないし。警察沙汰になるのも嫌なんでね。それで、一つ俺らからお願いがある」

「お願いとは……なんでしょうか?」

「お前は咲良と同じ学校に通ってんだよな。だからさ、あいつをどうにかしてくれないか? それだけでいい。俺、あいつとは関わりたくないんで。じゃないと、この子と付き合えないんだ」


 その男性は、女性へと視線を向けていた。




「……それだけでいいんですか?」

「ああ。あいつとは、もう関わりたくないんでね。あとは、お前が何とか対処してくれればいいさ」


 男性は溜息交じりに言葉を吐く。


「お前はさ、学校で咲良と会うんだろ」

「それは、同じクラスなので」

「お前も本当に大変だな。同情するよ。俺さ、いつも咲良から愚痴みたいなことを聞かされてさ。もう、散々だったんだ」


 男性も、咲良のことを面倒だと思っていたのだと知った。


「でも、あいつもそれなりに苦労はしてるみたいだからさ。ほどほどにしてほしい」

「……苦労?」

「お前は、咲良の家庭事情を知らないのか?」

「はい」


 咲良とは付き合っていたが、深入りした話なんてしたことなんてなかった。


「あいつさ、家庭がよくないんだ。だから、生活する上で、お金が必要みたいなんだ。そういう経緯があって、お金を要求してくるんだと思うんだよ」


 男性は淡々とした口調で経緯を説明してくれた。


「私。朝食を作っておいたから。学校に行くときに食べてね」


 隣に座っていた女性は言い、席から立ち上がる。


「じゃあ、そろそろ、行こうか」

「ええ。そうね」


 男性に導かれるように、女性もリビングから出ようとする。


「え? どうして、そこまでしてくれるんですか? ……それで話はそれだけですか?」

「そうだが、長居してもしょうがないだろ。それに、俺ら、不法侵入している感じだからな。早いところ帰るよ。それと、これな」


 その男性は、陽向汰が普段から使っているスマホを長テーブル上に置く。


 二人は何事もなかったように、いなくなってしまったのだ。

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