第19話 野崎先輩、アレ好きですよね?

 杉本陽向汰すぎもと/ひなたは、尾行を続けている。

 八木和香やぎ/のどかと共に、生徒会役員の野崎怜南のざき/れなをストーキングしている感じになっていた。


 別に疚しいことをしているわけではないが、女子高生の後をつけるのは、人生初めての経験であり。ちょっとばかし、背徳感に襲われていた。


「野崎先輩、どこに向かってるんですかね?」

「さあ、俺もわからないって」


 陽向汰は隣にいる和香に返答した。


 怜南とは数メートルほどの距離感がある。一定の間を取りながら、彼女の動向を伺っているのだ。


 二人は今、街中を移動している。数メートル前を歩いている怜南は、辺りにある店屋の看板を見ながら歩いている様子。


 どこかの店屋に入りそうな気はするが、まだ、どこにも入る気配がなかった。




「陽向汰先輩って、野崎先輩とは関わったことないんですよね?」

「まあ、クラスも違うからな」


 怜南のことは知っているが、関わりが殆どない。唯一、部費の件で、この前、生徒会室で会話した時が初めてであった。


 怜南と何かしらの形で接点があれば、彼女の行動パターンとかも把握できただろうに。そういった事前情報がないのである。

 手探りで彼女の動きを想定しないといけないのだ。

 下手な失敗はできないゆえに、変な緊張感に襲われていた。


「陽向汰先輩。野崎先輩が、どこかの店屋に入りそうな気がします」

「え? 本当か?」


 陽向汰は、考え事をしていたこともあり、和香に話しかけられ、ハッとする。


 遠くの方へ視線を向けると、そこには店屋の前に佇む怜南がいた。


 陽向汰は、その彼女の動きを遠くから見つめる。が、怜南は入ることを躊躇っているようで、彼女は考え込む仕草を見せた後、別の店屋へと向かって歩き始めていた。


「いや、なんだよ。入んないのかよ」

「んん……一筋縄にはいかないようですね」


 怜南が歩き出したことで、二人も見失わないように尾行を続けるのだった。


「そういえば、野崎先輩って。生徒会役員ですし、今日は、その会議ではなかったですか?」

「確かに」

「でも、なぜ会議に参加しなかったのでしょうかね?」

「いや、俺も知らないんだけど」

「もしや、これも高瀬先輩の力で何かがあったんでしょうか?」

「さあ?」


 陽向汰は首を傾げる程度だった。

 高瀬藍那たかせ/あいな先輩には、多くの謎がある。スパイだとか、気配を消したりと。


 そういえば、高瀬先輩は会議中なのに、どうやって、生徒会室に忍び込んでいるのだろうか?


 そんな疑問が脳裏をよぎる。


「陽向汰先輩、あっちの角を曲がったようです」

「え?」

「早く行きましょうッ」


 和香から右手首を掴まれ、軽く走って移動することになった。


 曲がり角近くに向かったところ。怜南の姿があったのだ。

 しかも、彼女は二人の方を睨んでいる。


「なんですか? さっきからずっと追って来ていますよね? まさか、部費の件でまた私に?」


 怜南には、既に気づかれていたようで、今、彼女の罠に、二人は嵌められてしまったようだ。


「いや、ごめん。これは、変な事じゃなくてさ」

「なに?」


 陽向汰は今まで経緯を話そうとするのだが、野崎の睨みつけ具合に圧倒されてしまう。


「これは、重要な事なんです。だから、野崎先輩と真剣に話したいんですッ」


 和香は真剣な顔つきで怜南と向き合っている。

 ストーキングみたいなことをしていたのは、事実だが、後輩は誠意のある態度を見せていた。


 もはや、バレてしまった時点で終わりに近い。だから、和香はいっその事、強引なやり方へとシフトしたのだろう。


「野崎先輩、今後の学校のためなんです。だから、本当のことを話しましょう。さっきの店屋に戻りましょう」

「え……な、なんで?」

「だって。野崎先輩、クレープが好きなんですよね? でも、知り合いに見られたら、恥ずかしいから。さっき、入るのを躊躇ったんですよね?」

「……なッ、ち、違うから……」


 怜南は頬を真っ赤に染め、違うとばかり、否定的な言葉を口にしている。


「野崎先輩? もし、私たちの誘いを断るのでしたら、クレープ好きなの。皆にバラしますよ」


 和香はここぞとばかりに攻め込んでいた。


「……わ、わ、わかったわ……でも、少しだけね。けど、最初に言っておくけど、私は別にクレープは好きじゃないから」

「でも、口元が軽く緩んでましたよね?」

「……⁉ そ、それは見間違いじゃない……」


 いつにもなく攻め込んだ言い方をする和香である。


 一応、怜南は頷き、しょうがないといった態度を見せていた。

結果として、三人で、さっきの店屋の前まで戻ることにしたのだ。






「では、今日は私の奢りってことで、野崎先輩、遠慮なく食べてくださいね」


 喫茶店風の、クレープ屋に入店した三人。

 その中で、和香が現環境を仕切っている。

 テーブルを囲むように座り、そのテーブル上には、皿に乗せられたクレープがあった。

 この店屋では、ナイフとフォークを使って、食べる仕様になっている。


 三人は、各々の前にあるクレープを前に、食すことになった。

 が、怜南だけは躊躇っているようで、ナイフにもフォークにも手つかずである。


「野崎先輩、食べてもいいですからね」

「……」


 何かを躊躇っている顔つき。疚しいことを隠しているような態度である。


「野崎先輩。多分、わかってるんですよね? 部費の件もそうですけど。学校の中で部費が減ってること」


 和香は淡々とした口調で、先ほどまでの軽い感じの話し方ではなく。怜南と真剣に向き合っているのだ。


「私たちも困ってるんです。野崎先輩も悩んでいることがあったら、話してほしいんです。これは、学校全体の問題になので。お願いします」


 和香は席に座ったまま頭を下げている。

 店内のお客も何事かという様子で、三人の方を見ていた。


 変に周りの人らに誤解されるのを恐れ、怜南は、そこまでしなくてもいいからと言葉を切り出したのだ。


「では、話してくれるんですか?」

「……言える範囲でなら……」


 怜南はそう言った。

 言葉に戸惑いを感じられたものの、陽向汰は、二人の仕草を伺うだけである。特に何か言葉を切り出すわけでもなく。二人のやり取りを邪魔しないように、傍観者として、席に座り続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る