第17話 高瀬先輩、急に現れないでください…怖いですから…
「陽向汰先輩、一緒に昼食を食べましょう」
親し気に歩み寄ってくる後輩、
彼女は本当に、弁当を作ってきたようだ。
今は月曜日の昼休み時間。
元々、一緒に昼食を食べると約束をしていたのだ。
二人っきりの環境に嬉しさを覚えつつ、陽向汰はテーブルを前に、席に座っていた。
和香は弁当袋を手にしたまま隣へと腰を下ろす。
「陽向汰先輩、肉じゃがが好きだって言っていましたので。しっかりと作ってきましたから。先輩の口に合うと思います」
和香は席に座り直し、テーブル上に置いた弁当箱を包み込んでいる袋を取る。そして、弁当箱が陽向汰の視界に入るのだ。
和香はその弁当箱を開け、その肉じゃがが晒された。
「結構、本格的なんだな」
「はい。当り前じゃないですか。私は、陽向汰先輩の彼女というか、そんな感じなんですから」
「……」
これって、ようやく、普通の彼女ができたということになるのか?
そんな思いが内面から湧き上がってくるものの、やはり、気になるところが、多々あるのが心残りだった。
いつ、部長とやり取りをしたのだろうか?
怪しいところはあるが、そこまで実害があるというわけでもなく、今のところは余計に気にしない方がいいのかもしれない。
陽向汰は気分を紛らわすため、聞こえない程度に深呼吸をする。
「陽向汰先輩。食べさせてあげます。あーんしてください。私、先輩に食べさせるのが好きなので」
「変わった趣味だな」
「だって。陽向汰先輩に食べさせていたら、そういう趣味ができたわけなので。先輩のせいでもありますから」
「俺が原因なのか?」
「はい」
意味不明な動機ではあるが、他人を思いやる和香の仕草に愛らしさを感じていた。
動機はどうであれ、和香の存在は、自分が求めるラノベの美少女である。
陽向汰は今日から、自分が納得できるラノベのような生活をしていこうと思った。
「陽向汰先輩は、生徒会役員のことについて、何か情報とかわかりましたか?」
「いや、まったく。そういう情報とか、探る時間もなかったよ」
「そうですか……」
「それよりも、咲良がずっと授業中に睨んできていてさ」
「あの人から?」
「ああ」
「別れたんですよね?」
「そうなんだけど。未練があるのか、そこらへんはよくわからないけど。嫌な気がするんだ」
「それで、その人から嫌な事とか、今日はされたんですか?」
「それはないけど。逆にそれが怪しいんだよ。むしろ、遠くの方からジーッと見られている方が怖いっていうか」
「……もしや、何か企んでいるかもしれませんね」
和香は自分のことのように、まじまじと考え込んでいる。
「でしたら、こちらからはそこまで行動には移さない方がいいかもしれませんね」
「え?」
「だって、それも、戦略かもしれませんよ」
「そうか……そういうこともあるのか?」
「はい」
和香は簡単なアドバイスをしてくれるのだった。
「咲良は厄介だし。皆がいる前では、本当に裏の顔を見せないんだよな」
和香がジュースを買いに行くと言って、読書部の部屋からいなくなっていた。
そんな暇な時間帯、陽向汰は悩み混んでいたのだ。
部費の件もそうなのだが、咲良の声が録音されたボイスレコーダーを、どのタイミングで活用するかである。
今後、そのボイスレコーダーが、陽向汰の学校ポジションを大きく変えることになるだろう。
「……」
陽向汰は、手にしているボイスレコーダーを見ていた。
「というか、なんだ、それ」
「これは、ボイスレコーダーです。咲良の証拠をとらえたキーアイテムですね……? ……⁉」
陽向汰はドキッとした。
この声。
それは、和香の声質ではない。
誰だと思い、恐る恐る辺りを見渡す。
後ろには、
先輩は、興味ありげに、そのボイスレコーダーを、まじまじと見ている。
「君は気づくのが遅いね。そんなんだと、今後大変になるよ」
「……せ、先輩……さすがに、急に現れないでくださいよ……って、ど、どうして、ここに? 読書部の部室の扉は閉めてあったはずですけど⁉」
「どうしてって、ずっと、ここにいたけど」
「いたんですか?」
「ああ。君ら二人と一緒に、さっき部室に入ったし」
「まったくそんな気配を感じなかったんですが?」
「だって、私、存在感を消していたからな。むしろ、情報を盗む者として、時によっては存在をバレたはいけないからな」
高瀬先輩ニヤッとした笑みを見せ、誤魔化していた。
怖すぎるって。
だとしたら、さっきからずっと一緒にいるってことか……。
陽向汰は、考えるだけで、ゾッとしていた。
それ以上、和香からあーんしてもらった場面すらも見られていたと考えると、この場所から逃げ出したくなったのだ。
「では、また、話を始めるか」
高瀬先輩がいきなり話を仕切っている。
数分ほど前に、和香が部室に戻ってきていた。
陽向汰と和香。その二人と対面するように、テーブルの反対側の席に、先輩が座っていたのだ。
そして、三人の会議が唐突に開始されたのである。
「というか、陽向汰は、こういうのを持ってんだな」
高瀬先輩はボイスレコーダーを手にしていた。
生徒会役員と直接関係あるかわからないが、何かしらの形で役に立つと思う。
できる限り情報の共有はしておいた方がいい。
それは和香からも言われたのだ。
だから、陽向汰が先ほど渡したのである。少ない情報の提供かもしれないが、今の陽向汰にできる唯一のことであった。
「和香からは? 何かあるか?」
「私からは、ちょっと、朝の時間帯に生徒会室らへんに行ったんです」
「そうなのか?」
「はい」
「何か重要な話か?」
「まあ、そうかもしれないですね。あと、そこで以前、部費の件で相談した先輩と、咲良さんっていう、陽向汰先輩と同じクラスの女の先輩がいるんですが。その二人が、生徒会室に入っていったところをたまたま目撃したんです」
「二人が?」
「はい」
「……咲良って子は怪しいかもね。私も尾行してみようかな」
「はい。お願いします。あと、その女の先輩。陽向汰先輩に酷いことをしていた人なので、もっと裏があると思います」
「裏?」
「そうなんです」
和香はハッキリとした口調で、高瀬先輩と話し込んでいた。
陽向汰は、二人の話をただ聞いているだけになっていたのだ。
「ありがとな。二人とも。私の方でもそれなりに捜査してみたんだけどさ。そろそろ、生徒会室に侵入して情報を集めたいんだ」
「でも、先輩、姿を隠すことができるなら。生徒会室にも簡単に出入りできるような気がしますけど」
和香は言う。
「いや、意外とね。あの場所。なんか特殊でね。一人だと難しいんだよね」
「そうなんですか?」
「ええ。だから、二人には足止めしておいてほしいんだ」
「足止め?」
「ええ。今週中あたりに、生徒会役員のメンバーが全員、集まる時があってね。その中から一人だけでもいいから、話しやすそうな感じの子と、その日三十分程度でもいいからさ、会話をしていてほしいんだ。学校から離れた場所でね」
高瀬先輩は淡々とした口調で和香と向き合い、陽向汰の方をチラッと確認するように見て、話していた。
「高瀬先輩は、その時、何をするんですか? それは秘密。まあ、気にすんなって。君らは足止めの方に力を入れればさ」
「でも、誰と会話すればいいんですか?」
「二人は、生徒会役員の誰となら話しやすい?」
「えっと……殆ど会話したことないですけど。会計担当の野崎先輩となら大丈夫ですけど」
「そうか、わかった。野崎な。詳しいことはまたあとでね」
と、また、事が終わると、先輩は忽然と姿を消した。
本当に勝手な人である。
そして、陽向汰はふと思う。
高瀬先輩に渡したままのボイスレコーダーを返してもらっていないことに。
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