第16話 絶対に、許さないから…

「それで、こういうことがあったの。もう、最悪。というか、あんな奴。単なる金蔓程度だったのに……」


 陽向汰から別れを切り出された日。吉岡咲良よしおか/さくらは溜息を吐き、愚痴を零していた。


「金蔓か……そいつとは正式に別れたってことか?」

「いいえ。まだ、一応繋がりはあるわ。あいつの秘密を守るために、今まで通りお金を要求してるし」

「へええ、やっぱ、お前は昔っから、金のことになると、あくどいな」

「あんたには言われたくないけどね」

「でも、事実だろ。お前のお金の執着心はさ」


 個室の居酒屋。その室内にはテーブルがあり、計四人が座れる空間。

 だが、話し相手の男性は、咲良の隣に座っていた。


 その男性とは、二十代半ばくらいの風貌をしている。洒落た感じのスーツを身に纏っており、ホスト風に思えるイケてる感じのオーラを放っていた。


「私は、何が何でもお金が欲しいの。ただそれだけ」

「……そうか。というか、あの親はどうした?」

「あいつら? この頃会ってないわ。あんなクズみたいな親のところに帰るわけないじゃない。どうせ、私のことなんて、なんとも思ってないし」

「まあ、それもそうか。俺の目から見てもクズだったしな。よっぽどだったんだな」

「ええ。あいつらときたら、まともに仕事もしないし。借金はするしで。私の人生は、本当にあいつらのせいで、めちゃくちゃだし」

「お前も苦労してんだな」

「当たり前でしょ。普通に生きれてるんだったら、ここまでお金に執着する人生なんて、送ってないわ」


 咲良は過去を睨みつけるように、舌打ちをしながら言った。


「そこまで怒るなって。今は俺も何とかしてやるからさ」

「あんたも裏切るなよ」

「おっと、俺は裏切るなんてことはしないさ、だから、そんな顔すんなって」

「……だったらいいけど」


 咲良はテーブルに置かれた、カシス風の飲料水を飲み。一旦、胸を撫で下ろすのだった。


「それで、今の奴から、どこまでお金をむしり取れそうなんだ?」

「それはわからないわ。あいつ、この頃、私に反抗的だし」

「そうか……だったら、今後が大変そうだな」

「他人事のように話すわね」

「でも、むしり取れなくなったら、どこから奪うつもりなんだ?」

「それはもう目星がついてるし」

「へええ、どこなんだ?」

「生徒会が管理してる部費があるの。そこから、収集するようにはしてるわ。あの怜南って奴を脅してね」

「脅してばっかりだな。そんなんで、お前の本心がバレないのか?」

「大丈夫よ。私、他人の弱みを見つけるの得意だし。そこらへんはうまくやってる」

「本当にお前、ヤバいな。部費って。学校の部活で使う奴だろ?」

「ええ」

「いずれバレそうだけどな」


 その男性は、苦笑いをしていた。


「私の目的は、楽して、生活できるようになることよ。そのためだったら、何だってするし」

「お前、生まれてくる家庭違ったんじゃないか?」

「そうね。そうかもね……でも、こんな人生だったから、あんたと出会えたのよ。私は別に後悔はしてないけどね」

「……」


 男性は考え込むように頷く程度だった。




「なあ、咲良。これからどうする?」

「別に、どこでもいいけど。私、別に帰る場所なんてないし」

「そっか。だったら、俺の家にでも来るか?」

「いいの?」

「ああ」

「でも、あんたが言うと、エッチっぽく聞こえるのよね」

「そんなことはしないさ」


 男性は言う。

 咲良は内心、別に彼から何をされても構わなかった。

 今まで、大人の男性と関わって、お金を集めてきたのだ。

 今更、その程度で騒ぐことなんてしない。


「じゃあ、ここは俺が支払うからさ。一旦、外に出てなよ」

「わかったわ」


 咲良は席から立ち上がり、店屋を出る。


 店内の外は少しだけ涼しく感じた。

 まだ、五月程度なのだ。

 夜となれば、それなりに体が冷えるもの。


「待たせてすまなかったな。じゃ、行こうか。俺の家に」


 数分程度で会計を済ませた、男性が出てくる。


「ええ。それより、何か買ってからにしない?」

「どこで、コンビニでもいいし」

「わかった」


 二人は夜の明かりに照らされた場所を歩き出すのだった。






「あーあ、学校に行くのめんどい」


 男性の家に入り、二人はテーブルを前に、咲良は隣同士で床に座っていた。


「めんどいって。明日、日曜日だろ」

「まあ、そうだけど。もう、学校の人間関係って、一番、面倒なのよ」

「そうか?」

「そうだって。あんたはさ。もう社会人になって、時間が経ってるから忘れてるだけよ。あんたはどうだったの。学生時代の時とか」

「俺の時は……そういや、そもそも、学校に行ってなかったかもな」

「行ってなかった?」

「確かに、学校の人間関係は面倒かもな。俺の場合、人間関係とかよりも、なんで、あんな場所に長時間いないといけないのかわかんなくてさ。咲良もそう思わないか? 学校に行っても退屈じゃんか。むしろ、普通に学校に行ってる咲良は偉いと思うけどな」

「そんなんで評価されても、別に嬉しくないし」


 咲良は不満げな顔を浮かべ、そっぽを向いた感じになる。


「そんな話より、明るく行こうぜ。人生は一度きりだしさ」

「そうね……」

「学校に行くのが嫌になったら、別に行かなくてもいいんじゃない?」

「……でも、私は行くし。お金の巻き上げ機関的な場所だし」

「……そっか、よっぽどお金の方が重要なんだな」

「当たり前でしょ。私にはお金しかないの。だから、今後も、お金目当てのために、学校には行くから」


 咲良の決意には揺るぎなどなかった。

 お金を巻き上げるためには上手く弱みを握り、表面上は良い人を演じる事。

 それが生きることに繋がる。


「……」


 その男性は、無言になりつつ、スマホを弄っていた。


「ちょっと、ごめん……少し席を外すから。ちょっと待っててくれ」


 男性は立ち上がって、部屋の扉の向こうへと移動する。


「うん」


 咲良は軽く頷き、先ほどコンビニで購入した焼き鳥の櫛から外した、焼き鳥の肉を箸で拾いあげ、食べることにした。




「……」


 咲良は無言になった。

 知り合いの男性の自宅。

 久しぶりに訪れたのだが、少しだけ、部屋の中が変わっているような気がした。


 何かの見間違いであってほしい。

 咲良は内心、そう思ってばかりだった。


 さっきまで一緒の部屋にいた彼の存在が、遠くに行ってしまうような気がしてならなかったのだ。


 耳を澄ましてみれば、部屋の扉の先から声が聞こえる。誰かと会話している声。誰と会話しているのだろうか?


 咲良は悲しい気持ちになりながらも、焼き鳥の肉を食べ続けていた。


「……というか、あいつ。ボイスレコーダーなんて持ちやがって」


 咲良はバッグの中から取り出した、それを握りしめる。陽向汰の顔を思い出すだけでも怒りが混みあがってくる。


 絶対に許したくない。だから、あいつをもっと、追い込んでやろうと思った。やり返してこないほどまでに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る