第14話 私、先輩のことをもっと知りたいんです

「先輩の家に入れる時が来るなんて……」


 後輩の八木和香やぎ/のどかは歓喜しているようだ。

 が、そこまで珍しいモノなんて、杉本陽向汰すぎもと/ひなたの家にはない。

 そこまで期待されても荷が重くなるだけである。


「えっと、今日は家族の方はおられないのでしょうかね?」

「今日はいないよ」

「そうなんですね」


 和香は嬉しそうな笑みを浮かべ、軽く陽向汰の腕に抱き付いてくる。


「では、今日、先輩とずっと二人っきりってことですよね?」

「そうなるね」

「私、先輩の部屋の方に行きたいんですけど」

「部屋に? 特に何もないよ。リビングじゃダメなのか?」

「ダメってわけではないですけど。できれば、先輩の部屋の中も見てみたいなぁって」


 和香は二人っきりになった瞬間、甘えた口調になり、何かを求めてくるような仕草を見せてくる。


「私、先輩のことを、もっと知りたいです」

「……」


 気恥ずかしい。

 急に女の子から言い寄られ、もっと知りたいとか言われるのは人生初である。


 陽向汰は今、咲良の視線を気にすることなく、和香と関われるのだ。

 それに自宅の中であり、和香ともう少し距離を縮めたいと思い、自室へと誘導する。

 二人は階段を上るのだった。






 二階に到着し、正面には陽向汰の部屋。

 陽向汰は扉を開け、彼女を中へ入れた。


「へえ、先輩の部屋って、結構本がありますね」

「まあな。中学の頃から集めていたようなものだしな」


 和香は部屋に足を踏み入れるなり、ラノベが置かれた本棚へと直行していた。


「私、何か読んでもいいですか?」

「別にいいけど」

「では」


 和香は、ラノベを一冊手にする。




「先輩。このラノベ、借りていってもいいですか?」

「別にいいけど」


 勉強机前にある椅子に座る陽向汰は言った。


「面白そうな気がしますので。それと、もっと先輩と話を合わせられるように、色々なラノベに目を通しておきたいんです。読書部でも沢山の本を読まないといけないので」

「まあ、そうだな」


 陽向汰は内心、嬉しかった。

 ここまで自分の趣味に付き合ってくれる女の子なんて、今まで出会えなかったからだ。

 これでようやく、本当らしい彼女ができたようで、人生が報われたような気がした。


「先輩は、どんなラノベが好きなんですか?」

「えっとだな。俺は、ラブコメが一番好きかな」

「だから、先輩の本棚には、そういう感じのラノベが多いんですね。殆ど、表紙が女の子ばかりですもんね」

「しょうがないだろ。そういう風なものなんだから」

「いいんですけど……」


 そういうと、彼女は本棚に背を向け、勉強机前に座っている陽向汰へと近づいてきたのだ。


「先輩は、ラノベだけじゃなくて、現実の子にも興味を持った方がいいですよ」

「う、うん……お、俺だって、現実の女の子にも興味はあるさ……」

「じゃあ、あの人と別れたので、約束通り、私と付き合ってくれますよね?」

「ああ、そのつもりさ」

「よかったぁ。先輩の気分が変わったらどうしようかと思ってましたけど。では、ラノベのようなことでもしてみますか?」


 和香は手に持っている陽向汰のラノベをめくり、挿絵のところを見せてくる。


「こういうのはどうですか?」

「⁉」


 その場所はちょっとばかしエッチなイラストである。

 まさか、そんなことをするのか?

 と、陽向汰は視線をキョロキョロさせてしまったのだ。




「先輩、緊張してるんですか?」

「まさか……」


 そう言いつつも、陽向汰の心臓の鼓動は高まっていた。

 胸の内が熱くなっている。


 普段から学校内で、和香と一緒に部活を通じて関わっているのだ。

 なのに意識してしまう。


 和香の今日の服装は地味なのだが、彼女が着こなしていると、可愛らしく似合っているから不思議である。


「先輩? 私ですね……中学の頃から知ってたんですからね」

「え……? 知ってたって何が?」

「先輩のことですよ」

「なんで?」

「だって、昔から有名でしたし」

「……有名って、そんなことはないよ」

「そんなこと言って。先輩は謙虚すぎます。先輩は中学時代、小説のコンテストに応募してたじゃないですか」

「……なんで知ってんだ?」

「私、昔から、そういう小説サイトを見るのが好きだったからです。そこで、先輩のことを知ったんです」

「そうなんだ」


 でも、なぜ、そんなことを言ってきたのだろうか?

 そもそも、小説投稿時は本名ではなかったはずである。

 どうして、バレてたんだと思う。


 まさか、あの先輩が言ったのか?

 今年から不登校気味になっている、読書部の部長が言ったとしか考えられない。


 小説のコンテストについては部長にしか伝えていなかったからだ。


「えっとさ、一応、聞くけど。本当に、どこから知ったんだ?」

「それは、内緒です」

「もしや、部長からか?」

「……それは秘密にしてって言われているので」

「どうして?」

「それはですね」

「それは……?」


 陽向汰はドキッとした。

 正面にいる後輩の雰囲気が変わったのもあるのだが、急に背後から抱き付きて来たのだ。


「先輩、知りたいですか? でしたら、二人だけの秘密なことしますか?」

「二人だけの秘密なこと……⁉」

「そうしたら、教えてあげます」

「……ど、どうした? 急に……」


 陽向汰は突然の変貌ぶりに心が動揺しているのだ。


「私、なんでもしますから」


 和香は耳元へ、息を吹きかけてくる。


 陽向汰は二人しかいない空間に耐え切れなくなってきた。


「ちょっと離れてくれないか?」

「嫌です。もっと、このままでいさせてください」

「……」


 どうなってんだよ。

 陽向汰の心臓のドキドキ具合が収まることはない。

 むしろ、さっきよりも、体が火照ってきている気がした。


「……先輩」

「な、なんだよ」

「声が裏返ってますよ」

「……しょうがないだろ。緊張してんだから」

「緊張? やっぱり、してますよね」

「あ、ああ……でも、どうしたんだよ。おかしいよ、今日の和香は」

「私は普通です」


 和香は頑なに、普通だと言い切っている。

 が、どう考えてもいつも通りではない。

 どうしたらいいのか悩んでいると、彼女の軽く笑う声が聞こえた。


「先輩、まだ気づかなかったんですか?」

「え、どういうこと?」

「それは、私がいつも読んでいるラノベのワンシーンですから」

「え……あ、ああ。そういうことなのか? じゃあ、さっきのは和香の演技?」

「……はい。先輩、ラノベのような経験をしたいって言っていたので、自然な感じに演じたまでですから」

「そ、そういうことか……脅かすなよ」


 陽向汰はホッと胸を撫で下ろした。

 そんな中、和香は背中から離れる。


 彼女は軽く笑みを見せ、ただ、陽向汰を意味深な感じに見つめているだけであった。

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