第13話 俺にはまだ、戦略がある…だから、多分、大丈夫なはず…

 杉本陽向汰すぎもと/ひなたはボイスレコーダーを受け渡すことにした。

 今後のことを考えると、咲良の意見に従っていた方がいい。


「……あんたが、こんなものを持っているなんてね。私のこと、絶対に嵌めようとしてたよね?」


 デパート内。本屋の前に設置されたベンチに、二人は隣同士で座っていた。


「……」

「ねえ、なんか言ったら? 無視?」

「そうじゃないよ……後さ、俺……」

「ん? 何よ」

「……そろそろ、その……別れたいっていうか」

「別れる?」

「う、うん」


 陽向汰は彼女の方を見ることなく、内心、震えた口調で言い切ったのだ。


「……まあ、別にいいけど」

「……⁉」


 陽向汰は意外な返答にドキッとした。

 本当に、彼女の口から放たれたものなのか、逆に驚きを隠せなかったのだ。


「なに? 別れてもいいけどって、言っただけだけど?」

「……いいの?」

「ええ。あんたと一緒にいても面白くないし。まあ、それは最初からだけど」

「……じゃあ、今日で、終わり?」

「けど、その代わり、お金は払ってもらうから」

「……え? それは払わないといけないの?」

「当たり前でしょ? 付き合うのは今日で最後にしてもいいけど。私は、あんたの秘密を持ってんの。今まで通り隠してほしいなら、別れても払いなさいよ」


 吉岡咲良よしおか/さくらは何が何でも金蔓を巻き上げようとしているのだ。

 そんな魂胆が丸みである。


 秘密は、今後も同様に隠してほしい。

 だから、陽向汰は、彼女から告げられた通りに、お金を支払い続けることにした。


「じゃあ、今日の分のお金は?」

「……後でもいい?」

「チッ……しょうがないわ。別にいいけど」


 意外と、落ち着いた口調だった。

 いつも通りのように、威圧的な感じではない。

 ボイスレコーダーを、陽向汰が隠し持っていたことで、少々大人しくなったのだろうか?


「じゃあさ、どっかの自販機で、ジュースでもいいから買ってくれない?」

「自販機?」

「今日はもう面倒になったし。早く帰りたいの。どうせ、お金もそんなにないんでしょ?」

「はい……」

「だったら、何か買って来て」


 ベンチに座っている咲良から言われたのだ。

 彼女は面倒くさそうな態度を見せ、陽向汰の顔を見ることなく、手にしているスマホを弄っているだけだった。


 早く買ってきたらと言わんばかりに、視線をチラッと向ける程度。


 こうなってしまうと厄介ではあるのだが、一応、咲良とは正式に別れられたのだ。陽向汰は気分が楽になり、本屋前のベンチから立ち上がる。近くの自販機まで向かい、指定されたものを購入した。


 二分後。本屋前のベンチに戻ったのだが、咲良の姿が見当たらない。

 デパート内の通路を見渡しても、彼女の姿は忽然と消えていたのだ。


「もしかして、帰ったのかな?」


 陽向汰は愕然とした。二人分のジュースまで購入したのに、この仕打ちは酷い。けど、咲良なら、普段通りの言動であり、しょうがないと思う。




「先輩……」


 近くから、こっそりと話しかけてくる声があった。

 ふと、顔を上げ、隣を見ると、地味な服装に身を包み込んだ八木和香やぎ/のどかが佇んでいたのだ。


「さっきの人。どっかに行きましたよ」

「やっぱ、帰ったのか」

「はい。私、本屋の中から見てましたけど。誰かと会話しているようでしたね」

「まあ、予定があるとかなんとかって言ってたし。多分、そっちの方に言ったんだろうな」


 陽向汰は肩の荷を下ろす。

 面倒な彼女とようやく別れられたのだ。

 むしろ、今日からは解放的に過ごせるというもの。

 まだ、お金は支払うことになるのだが、そこは何とか乗り切っていくしかないだろう。


 陽向汰は決心をつけるように拳を軽く握り、気合を入れるのだった。


「先輩? ようやく別れられたんですよね? でしたら、私とちょっと付き合ってくれませんか?」

「今から?」

「はい。そうです。今日は地味な服装ですけど。それでもいいでしょうか?」

「いいよ。じゃあ、一旦、デパートを出ようか」

「はい」


 和香は笑みを見せてくれる。

 大きな問題を達成した甲斐があって、後輩の優しさは格別なものだった。






「先輩、一緒にデートにしてるみたいですよね?」

「でも、デートではないんだろ?」

「そうですけど……先輩は、もう、あの人と別れたんですよね?」

「ああ」


 陽向汰と和香は、先ほどデパートから離れた位置に存在する喫茶店に入っていた。

 テーブルを挟み、二人は座っている。

 注文をし終え、各々のテーブル前には、ジュースが置かれてあるのだ。


「よかったです」

「まあ、咲良の言う通りであればいいんだけどさ」

「大丈夫です。何かあったら、また私も協力しますので」

「ありがとな」


 陽向汰はお礼を言う。


 それと内心、気分的には楽になっていた。

 咲良の方から何かがあったとしても、まだ対抗手段がある。


 なんせ、陽向汰は、ボイスレコーダーをもう一つ用意していたからだ。

 証拠はギリギリ残っている。

 あとは、これを有効活用すればいい。


 でも、どのタイミングで利用するかだが。それに関しては、まだ決まってはいなかった。


「先輩。やっぱり、二つ用意していてよかったですね」

「そうだな」


 咲良に渡したのは単なる囮である。本命は今、陽向汰が手にしている方なのだ。


「私が丁度、家に二つあって、不幸中の幸いでしたね」

「というか、どうして、ボイスレコーダーなんて持ってたんだ?」

「それは、まあ、何だっていいじゃないですか」

「……?」

「それより、今日は気楽に考えましょう」

「う、うん……」


 陽向汰は疑問に思いながらも、テーブル上にあったジュースを飲んだ。


「あとは、ボイスレコーダーを高瀬先輩とも共有しましょう」

「なぜ?」

「高瀬先輩。何か、気になったことがあったら相談してもいいって」

「そうは言っていたけど。これ、関係あるのか?」

「多分、あるとは思います。あの人から、部活の件で威圧をかけられたんですよね? もしかしたら、ということもありますし」

「咲良の、あの発言か。まあ、もしかしたら、何か繋がりがあるかもな……」


 ハッキリとはわからないが、唯一の相談できる人が高瀬先輩なのだ。

 共有できるものは、ある程度、伝えておこうと思った。


「先輩? 今日は今から暇ですか?」

「まあ、特に何もないけど?」

「でしたら、先輩の家に行ってもいいですか?」

「今から?」

「はい」


 和香は笑顔で言った。


 まあ、誰にもバレない程度に、和香を自宅へ招ければ問題はないかもしれない。 


「では、今日のお支払いは、割り勘でしょうか? それとも、私が全額払います?」

「……じゃあ、割り勘で」


 昨日は奢ったのだが、今日はお金の消費を抑えるため、それぞれ、会計を済ませることにした。

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