第11話 私、先輩に食べさせてあげますね♡

「先輩は、どこに立ち寄っていきますか?」

「どこでもいいのか?」

「はい……先輩とでしたら、どこでもいいですから♡」

「……そ、そうか」


 後輩の八木和香やぎ/のどかは、そう言ってくれているが、あまりにも変なところには連れてはいけない。


 杉本陽向汰すぎもと/ひなたは辺りを見渡す。

 学校を後にした二人は街中にいるのだ。

 現在は、七時過ぎであり、帰宅中の人とすれ違うことが多い。


 パッと見た感じ、知っている人はいないと思う。

 クラスメイトの陽キャらの姿もなかった。

 特に、あの咲良と接触しなければなんだっていい。


 陽向汰は緊張した面持ちで街中を和香と共に歩く。

 チラッと店屋の名前を確認しながら歩いていると、丁度いい店の看板が視界に入った。


「和香。ハンバーガーなんてどうだ?」

「いいですね。私も丁度、その気分だったので」


 和香はパッと明るい笑みを見せ、テンション高めに、そのハンバーガー屋へ行きたそうにうずうずしていた。

 和香が行きたいのであれば、好都合である。陽向汰も丁度、ハンバーガーを食べたい気分だったからだ。






 店内に入ると結構人がいた。今日は金曜日であり、多少時間が遅くても混んでいる印象だ。


「まずは、どのハンバーガーにするかですね。先輩は、どんなのがいいですか?」


 和香は、入り口近くに置いてあった、メニュー表を手にすると、まじまじと見ていた。


「和香は、ハンバーガーが好きなのか?」

「はい。ファストフードの中で一番好きですッ」

「そうなんだ。じゃあ、ここでよかったんだな」

「はい。それと、先輩は何か好きなんですか? 私は、テリヤキ派ですね」

「テリヤキか……俺は、チーズの奴かな」

「チーズって美味しいですよね。私も、今日はそれにしようかな」


 和香は楽し気に、メニュー表へと視線を向け、何を注文するか、まじまじと見入っているようだった。


「あとは、何かな? 私、フライドポテト好きなんですよね。先輩は?」

「俺も、それは好きだけど」

「では、フライドポテトも注文確定ですね」


 ある程度、見終わると、和香がメニュー表を渡してくる。


「先輩も他に注文したいものがありましたら、自由に選んでくださいね。私、ジュースはオレンジなので」


 学校から解放されただけあって、和香の表情が少し緩んでいるような気がする。和香はまだ一年生で、学校に馴染めていないところがあるのかもしれない。


 それに、今年は色々なことが積み重なり、入部した時に行う新入部員歓迎会なるものをやっていなかった。


 すべては咲良さくらが原因なのだ。お金は奪われたりして、企画することもままならず。その上、部長も、今年になってから学校に来なくなったのだ。


 考えてみれば、和香のためにあまり何もしていないような気がしてきた。


「では、割り勘でいいですよね?」

「……いや、今日は俺が支払うよ」

「え? いいんですか?」

「うん。俺は、たいして、和香のために何もできてないし。少し遅れたけど、歓迎会でも」

「はい。お願いします」


 和香はパアァと明るい笑みを見せたのだ。


 和香の笑みは心の慰めに繋がってくる。

 咲良とは大違いだ。


 逆に咲良から、奢ってほしいと言われても、それはカツアゲである。

 今日はクズな彼女と関わることはないだろうと思い、和香のために、全力で奢ってあげようと思ったのだ。






「これ、美味しいですよね?」

「そうだな」


 陽向汰は、ハンガーバーの店内で和香と共に食事をとっていた。

 二人は、窓際のカウンター席に、横に並ぶように座っている。


 彼女が手にして、食べているモノは、チーズハンバーガー。普段は、テリヤキバーガーらしいが、陽向汰の好みに合わせたらしい。


「先輩とこうして、一緒に外で食事するのって、今日が初めてですよね?」

「確かに。今まで同じ部活だったのに、一緒にプライベートを過ごせてなかったしな」

「そうですよね。私は一緒に遊べて嬉しいですけど」


 和香は気の緩んだ表情で微笑んでくれるのだ。


 陽向汰は彼女の笑顔にドキッとした。


 これは、デートではなく、友達として遊びなのである。デートではないのだと、陽向汰は自身の心に訴えかけていた。


 陽向汰はようやく、ラノベのような、美少女と付き合えている気分を感じられていたのだ。


「私、先輩と早く、付き合いたいので……だから、さっき、あの高瀬先輩に協力しようと思ったんです。あと、部費の件に関しては、私たちの読書部だけじゃなかったんですね」

「うん……それにしても明るみに出ないのはおかしいよな。何かありそうだし……」


 何かがある。


 けど、高瀬たかせ先輩と関わってもいいのか少々不安が残るが。今のところ、まともに相談できる人が高瀬先輩しかないのだ。


 ここはギャンブル精神で乗り越えていくしかないだろう。


「私も来週から色々と調査しますので。先輩も一緒に頑張りましょうね」

「俺らが把握できることって、そんなにないと思うけどな。そういえば、和香は、この頃気になってる怪しい事ってあるか?」

「……そうですね。生徒会役員の事と部費の件くらいですし。それについては、高瀬先輩も知ってると思いますから。今は、怪しいって感じる新しい情報はない感じです」

「そっか……俺も……いや、俺はクズな彼女の周りでも監視しておくようにするよ」

「お願いしますね……そうだ、先輩。あの人の証拠集めの件なんですが、いい提案があったんです」

「いい提案?」

「はい。先輩は、明日か、明後日に、あの人とデートをしてください」

「え? いや……っていうか。なんで俺から誘うの?」

「それは、二人の後を私がストーキングして、証拠をこっそりと集めますので。先輩には、負担をかける結果にはなりますが、お願いできますか?」


 和香は申し訳なさそうに頭を下げていた。


「……わ、わかった。何とかやってみるよ」

「あの人と関わっていれば、高瀬先輩が求めている情報も見つかりそうな気がしますし。一石二鳥的な感じです」


 和香にしては攻め込んだやり方だと思う。でも、二人がかりでやった方が、的確な証拠を集められそうな気がする。

 今のところは、そういったやり方で立ち回っていこうと思った。


「先輩。その代わり、私がフライドポテトを食べさせてあげますから。あーんしてください」


 隣に座っている和香が、フライドポテトを持ち、陽向汰の口元へと近づけてきたのだ。


 陽向汰は、明日から始まる大きな壁を乗り越えるためにも、後輩からの恩恵を受け入れることにした。

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