第9話 先輩…なんで、そんな場所にいたんですか?

「これで、ようやく、終わりですね、先輩」

「そうだな……」


 と、溜息を吐いた、杉本陽向汰すぎもと/ひなた


 図書館の窓から見える景色も薄暗くなりかけた頃合い。やっと、図書館での委員会業務が終わったのだ。

 辺りを見渡せば、陽向汰と和香以外、誰もいないのである。


 しかしながら、誰かの視線を感じる。

 どこからかはわからないが、誰かに監視されているような気がして、少々、心に戸惑いが生じ始めていた。


「でも、まだ、業務が終わったわけじゃないけどな。あと、図書館終了まで、後五分ほどあるし」

「そうですけど。今更、本を借りに来る人なんて、もう時間帯的にいないと思いますよ?」

「まあ、そうかもな」


 陽向汰は本棚の前へと移動し、本の整理を行うことにした。


「あとは、本に汚れがないかとか、破れていないかの確認をするか」

「まだ、やるんですか?」

「そうだよ。図書委員の方から依頼されてやってるんだ。少しは真剣にやらないとな」

「……先輩は、なんか、真面目ですよ……二人っきりなのに……」

「ん?」

「なんでもないです。私……」


 後輩の八木和香やぎ/のどかが近づいてくる。


「どうした?」

「……今日は一緒に帰りませんか?」

「……いつも、途中まで一緒に帰ってる気がするけど?」


 本棚の整理をしている陽向汰は、首を傾げるのだ。

 どういうことなのかと思いつつ、和香の様子を伺っていると。


「そういう意味じゃなくて……今日は金曜日ですよね?」

「そうだね」

「だから、街中に寄って行きませんか?」

「……街中に? で、デート?」

「んッ、そ、そういうわけじゃなくて。友達としてです」

「友達として?」

「はい。デートとしてでしたら、あの人に見られた時に困るので、友達っていう間柄にしましょうって、さっき私言いましたよね?」

「え、ああ、そうだったな」


 陽向汰は思い出した感じに、戸惑う口調になる。


 和香からのデートの誘いかと思い、一瞬ドキッとしてしまったが、そういうことかと。心内で納得するのだった。


「もしかして、先輩? 私と普通にデートしたい感じですか?」

「え、いや……まあ、ラノベのように、美少女と付き合いたいって気持ちはあるけどさ」


 陽向汰は、本心をさりげなく、サラッと口にした。


 実のところ、陽向汰も美少女と付き合いたいと思っている。

 けど、二次元のようにはうまくいかないものだ。

 陽向汰は現実の厳しさを痛感していた。


「私、先輩のためだったら、なんでもしますので……色々と……」


 刹那、正面に佇む和香が頬を紅葉させ、意味深なセリフを口にする。


 時間が止まった感じになり、陽向汰は焦った。


 なんて返答をすればいいのかわからず、戸惑いがちになってしまう。


「……」

「……」


 二人は大人しくなった。


 和香が発言したことではあるが、彼女本人が、さらに頬を真っ赤にして押し黙っていたのだ。


 何か言ってほしい。このままだと、妙に気まずい空気感に圧倒されそうで困る。


 陽向汰は咄嗟に丁度いいセリフを思いつかず、悩んでいると、タンと、上から何かが落ちてくる音が、図書館内に響き渡るのだった。


「え?」

「な、なんだ?」


 突然の奇妙な音に、再び声を出す、和香と陽向汰。


 怖い。

 さすがに、誰もいなかった室内に、何かが上から落ちる音が聞こえたら、恐怖心を煽られる感じになる。


「……せ、先輩? さっきの音は……な、何なんでしょうか?」

「さ、さあぁ……俺もわからないよ」


 刹那、和香が陽向汰に抱き付いてきた。


 ⁉


 陽向汰は突然の彼女からの接触にどぎまぎしていた。


 急に年下の女の子から言い寄られたら、胸元が熱くなってしまうものだ。


「先輩、一緒に確認しに行きませんか?」


 背後から抱き付いている後輩からの問いかけ。

 陽向汰は彼女の方を振り向くことなく、頷く行為で返答したのだ。


 二人がゆっくりと歩き始めた頃合い、遠くの方から足音が響いた。


 二人はビクッと体を震わせたのだ。


 本当に誰もいなかった。この図書館には、陽向汰と和香しかおらず、誰かが室内に入ってきた形跡もないのだ。


 何かがおかしい。

 まさか、これも、あの咲良の仕業なのか?

 もしそれが本当に、彼女がやっていることであれば、怖すぎる。


 二人が室内を回って歩いていると――


「きゃあッ」


 背後から和香の悲鳴が聞こえた。

 咄嗟に振り返ると、そこには怯える和香の姿があった。


 何事かと思い、辺りを見渡すと、あの先輩がいたのだ。


「二人とも、活動は終わったみたいだね。じゃあ、さっそく話そうか」


 二時間ほど前に、この図書館に姿を現したものの、突然、姿を晦ました先輩がなぜか、目の前にいるのだ。


 こ、怖すぎるだろ。

 そもそも、どこから姿を現したのだろうか?


 陽向汰は想像するだけでも怖かった。


「……先輩? もしかして、さっきの音の仕業ってこの人なのではないでしょうか?」

「え、ああ、そうかも」

「ん? さっきの音か? それは私の足音だけど」


 二人でやり取りをしていると、その三年の女性の先輩が、淡々とした口調で悪びれる感じもなく言う。


「それより、話を始めようか」

「……」

「……」

「どうした? 二人とも?」

「えっと……さっきまで、どこにいたんでしょうか?」


 和香は体を震わせながら、その女性の先輩に問う。


「ああ、さっきね。図書館の天井」

「「⁉」」


 陽向汰と和香は、この人は何を言っているのだろうかと思う。


「なんていうか。私さ、監視するのが好きなんだよね。だから、二人が活動を終えるまで、ずっと天井にいたのさ」

「「⁉」」


 どういうこと?

 というのが、二人の感想だった。


 それにしても、さっきの足音の正体が、咲良ではないということが判明したのである。

 にしても、この女性の先輩は何かが怪しいというか。おかしいのかもしれない。


 また、新たに、面倒な人に目をつけられてしまったと陽向汰は感じた。






「まあ、とにかくだ。私は、この部費の件で色々と怪しんでいてだな」


 二人がいるテーブルの反対側の席に座る女性の先輩――高瀬藍那たかせ/あいなは何事もなかったかのように、淡々と話を進めている。


「……?」

「……?」


 その三年生の話を聞いている際、二人の脳内には、クエスチョンマークしか浮かんでこなかったのだ。


 今は、図書館の戸締りを行い、閉館という札を廊下側の扉につけ、三人で話し合いをしていた。


「どうした?」

「どうしたって言いますか。情報量が多すぎて困惑してるんです」

「はい……私も、ちょっと、怖いというか……ごめんなさい。本当に、そう思ってしまって」


 二人は申し訳なく言う。

 相手は変人というか、不思議な存在だったとしても、上級生なのだ。

 しかも、部長の友達なのである。余計な発言はできなかった。


「まあ、そのうち、慣れると思うから。心配するなって。まあ、それとさ、二人には、ちょっとね。部費の件で調査してほしいことがあるんだ。その問題は重要でね。今年になってから、生徒会役員が所有しているはずのお金が毎月減ってるんだ」


 三年の先輩が口にしたセリフは、何からなにまで規格外だった。

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