第8話 ねえ、君らには協力してほしいんだけど

 今日は金曜日なのだが、特に憂鬱な気分だった。

 明日は休みだというのに、問題を多く抱えすぎて頭が痛い。

 杉本陽向汰すぎもと/ひなたは俯きがちになった。


 放課後、図書室の貸し借りカウンター内にて、椅子に座ってる陽向汰は、溜息を吐いてしまう。


「先輩、何とか頑張りましょう」

「う、うん。そうだな」


 陽向汰は、彼女の方を見た。


「私も納得はできませんでしたが、午後の授業中、必死に受け入れてましたから」

「そこまで頑張ってたのか?」

「はい」

「……というか、あの彼女の件だけでも面倒なのに。部活まで窮地に立たされるなんてな」


 この仕業は、確実に咲良である可能性が高い。

 しかし、未だに何の証拠も手に入れられていないのだ。


 今のところ、陽向汰が捜索しているということは、咲良にはバレてはいなかった。

 何とか、今後もバレずに行動ができればいいのだが……。

 陽向汰は、顔を上げ、図書館内を軽く見渡すのだった。




 放課後の今、陽向汰は読書部の和香と共に図書委員の業務を行っていた。

 普段は、読書部の部室内で活動することが多いのだが、今日は図書委員から、放課後の仕事を頼まれてしまったのだ。


 陽向汰には業務の他にもやることが多い。

 だから、断ろうとも思ったのだが……。

 やることといっても、図書関係ではなく、あの彼女の周辺調査であり。そもそも、業務とは関係はないのだ。


 そんなことを依頼主である図書委員会の人らに言ったところで、何の解決にもならないだろう。

 同じクラスの、吉岡咲良よしおか/さくらは学校内での評判が高い。ゆえに、咲良の悪いことを相談しても、寄り合ってくれはしないということだ。


 運がいいことに、今のところ図書館に訪れている人は殆どいない。

 今、パッと見ただけでも二、三人くらいしか、いないように思えた。

 比較的、暇だということが、心の支えになっている感じだ。




「私、先輩といつになったら、付き合えるんですか?」


 陽向汰と同じく、図書館の貸し借りカウンター内の席に座っている八木和香やぎ/のどかから話しかけられた。


「え?」

「んん、独り言です……でも、私は、先輩と街中でデートをしたりとかもしたいので、早くあの人の件とかを解決したいんです」


 気まずかった。

 和香から好意的に思われているのはいいのだが、そういったことをストレートに言われると心がくすぐったくなる。


 陽向汰は、どこに視線を向ければいいのかわからず、俯きがちになり、和香の想いを受け入れていた。


 和香はなんでもしてくれる優秀な後輩で、パッとしない陽向汰であっても慕ってもくれている。理想的な後輩だと陽向汰は感じていた。


 好意を抱くにしても、どういった経緯で、そう思うに至ったのかは謎である。他にも男子生徒はいるのだ。

 和香から言い寄られているのは、嬉しいことではあるが、少々悩みどころではあった。




「先輩? でも、気分転換にデートでも」


 と、後輩の和香が距離を縮めてきて、陽向汰の耳元で囁く。

 誘っているセリフに内心、どきまぎしていた。

 女の子らしい匂いが鼻孔をくすぐるのだ。


 こんな近い距離で……。

 いや、どうすればいいんだよ。


 陽向汰は本当に焦っていた。


 現在進行形で付き合っている、あのクズな彼女がいる。そんな環境下で、後輩の和香と付き合う?

 いや、そんなことをしたらヤバいって。


 咲良に、その一部始終を目撃されたら、どんな仕打ちをされることやら。

 考えるだけでも悍ましい。


 咲良が不快に感じた程度でも罵声が飛んできたり、足を直接舌で舐めろとまで言ってくるのだ。


 和香と浮気行為なんてしたら、あの秘密をバラされてしまう。

 嫌だ……。

 本当の意味で、学校生活が終わる。


「先輩? ダメですか?」


 和香は、陽向汰からちょっとばかり、距離を取り、椅子に座り直していた。


「あ、ああ……やっぱり、無理かも。でも、今の彼女と別れたら、普通に、和香とは付き合う予定だからさ」

「本当ですか?」

「ああ」

「嬉しいです♡ あ、でも、デートじゃなくて、友達という定義であれば、付き合ってることにはならないのでは?」

「その発想はなかったな」

「先輩と私は、普通に部活との繋がりがあるんです。どうせ、バレたところで、部活の一環で関わってるって言い切ればいいんです」

「……そうか? それで、あいつに通じるのかな?」

「そこは、何とか……」


 次第に、和香の声が小さくなった。

 少々、自信がなくなってしまったのだろうか。


「本当に、別れたら、付き合ってくれるんですよね?」

「ああ、約束する」

「じゃあ……キスして」

「え?」


 一体、何を言われたのか、突然すぎてわからなかった。が、隣にいる、和香の仕草を見て、何となく理解できたのである。

 でも、理解できたことで、余計に気恥ずかしくなった。


 後輩の子からキスを要求されているのだ。

 どう対応をすればいいのだろうか?


 陽向汰が戸惑いがちに迷っていると、和香からクスっと笑われたような気がした。


「先輩? もしかして、本気にしてたんですか?」

「え?」

「……冗談ですから……」

「……冗談?」

「はい。この頃、先輩が落ち込んでいたので、ちょっとだけ慰めてあげたんです」

「からかいとかじゃなくて?」

「はい。先輩も、あのラノベのように、そういうことを望んでいると思ったので」

「ラノベ……?」


 以前も言っていたのだが、エロいシーンのあるラノベとは一体、何なのだろうか?


 あまり聞かない方がいいような気がした。

 深くは知らない方がいいことだって人生にはあるのだ。

 陽向汰はそう思うことにした。




「ちょっといいか?」


 刹那、声が響く。


 二人は体をビクッとさせ、貸し借りカウンター近くにやってきている人に、恐る恐る視線を向けるのだった。


 そこには黒髪ポニーテイルの女の子が佇んでいる。身長は他の男子生徒と同様に高い。

 おおよそ、陽向汰と同じか、少し高いかくらいの身長だと思う。

 凛々しい感じの面影があり、胸元には、三年生専用の学校指定のバッジがついている。

 それに、以前、図書部の部長と会話していたところを目撃したところがあったため、多分、うちの部長の友達だと思う。


「なんかさ、君らって」

「はい……」


 陽向汰は少々俯きがちになった。まさか、和香とのさっきのやり取りを聞かれていたんじゃないかと思うと、ヒヤヒヤする。


 今は図書委員の業務最中なのだ。そんな時間帯に、如何わしいやり取りをしていたら、絶対に何か言われる。

 そんな気がして、隣にいる和香も気まずげに大人しくなっていた。


「生徒会室にいなかったか?」

「え?」


 陽向汰は思っていたのと違い、変な声を出してしまう。非常に気まずかった。


「部費がなんかって」

「なんで、それを知ってるんですか?」


 和香も驚き、その先輩の方をまじまじと見ていた。


「まあ、そうかなって思ってさ。それより、私に協力してくれないか?」

「え? 協力とは何でしょうか?」

「まあ、いいからさ」


 その先輩は強引である。


「いいえ、あの私たちは図書委員から頼まれて、ここにいるので、この場を離れるわけにはいかないんです」


 和香は、焦った感じに言う。


「そっか。じゃあ、だったら。委員会の活動が終わったらさ。もう一回来るよ。じゃ、そういうことで」

「え、ちょっと待ってください」


 陽向汰と和香は、先輩を追いかけ、廊下へと出るが、そこには先ほどの先輩の姿はなかったのだ。

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