第7話 これって、どう考えてもおかしいですよね?

 杉本陽向汰すぎもと/ひなたは、校舎の三階にいた。

 隣には、後輩の和香がいる。


 二人の正面には、生徒会室の扉があるのだ。

 基本的に訪れることのない場所。


 緊張しながらも、陽向汰は扉へと右手を近づけた。


「……」


 陽向汰の手は止まってしまう。ドアノブを回すことができないのだ。


「先輩、安心してください。何とかなります。私だって、生徒会役員と関わることに緊張してるくらいですから」

「そ、そうなのか?」

「はい。私も、生徒会室に入るの初めてなんですよ」

「そっか、まだ、入学してから一か月ちょっとくらいだもんな」

「はい。先輩、勇気を持ってくださいね」

「……」


 陽向汰は、後輩の言葉を胸に、やっと思いで、ドアノブを回す。

 そして、扉の先の光景を目のあたりにする。




 生徒会室内は、通常の教室の二倍ほどの広さがあった。

 パッと見た感じ、全体を見渡せはしないのだ。


 初めての空間に、陽向汰が、辺りをキョロキョロ見ていると、誰かが近づいてくる足音が聞こえた。


「なんですか? いきなり入ってきて」


 クールな感じの声質。

 扉が開けたことで、その音に気付き、役員の方が室内の奥からやってきたようだ。


 黒髪のロングヘアスタイル。落ち着いた立ち振る舞い。彼女は、陽向汰とは同学年の女子――野崎怜南のざき/れなだった。

クラスは違うものの、学校の期末テストでは、毎回上位に食い込んでくるほどの成績優秀者。

 学校内で、彼女の存在を知らない人はほぼいない。

 比較的、控えめな態度ではあるが、生徒会役員ということもあり、他人からの認知度は高かったのだ。


「あなたは……同学年の杉本陽向汰? ですよね?」

「はい」


 陽向汰は簡潔に頷く。


「杉本さんは、生徒会室に来るための許可を貰ったんですか?」

「許可? あ、ああ……ヤバい、忘れてました」


 陽向汰は、申し訳なさげに頭を下げた。


 生徒会役員とやり取りを行う場合、職員室にいる先生を通じて、許可証が必要だったことを思い出す。

 殆ど生徒会室に訪れることがなく、すっかり忘れていたのだ。


「……許可が必要だったんですか?」


 後輩の八木和香やぎ/のどかも初めて知った素振りを見せる。


「うん。確か、そうだった」

「じゃあ、今日は無理そうですか? 後日?」

「……後日か、部費の件に関しては後日ってなると、大変じゃないのか?」

「んん……確かに、そうですね。今月中は他に、あの書籍を仕入れることになっていましたし。部費がないと、ちょっときついかもですね」

「だよな……」


 陽向汰と和香は、二人でやり取りを行っていた。


「……勝手に入ってきて。生徒会の入り口付近で、やり取りするのやめてもらってもいいですか? 迷惑なんですけど」

「ごめん……」


 陽向汰は和香との会話を一旦中断し、軽く頭を下げた。


「はああ……。それで、部費が何とかって言ってましたけど。部費の件で何か問題でもあったんですか? 私は、いつも部費の件について、しっかりと取り締まってるので。まあ、今日は特別に、私が話を聞きますけど」

「え? 本当に? た、助かったよ」


 陽向汰はホッと胸を撫で下ろす。

 今後の部活に影響が出ない程度に、極力抑え込めると一安心したのである。






「まず、そこのソファに座って」

「はい」

「失礼します」


 生徒会役員の子の意見に従うように、テーブルを挟み、二人はソファに腰を下ろす。

 今、生徒会室には、他の役員の姿はなかった。

 いるのは、正面のソファに座った、怜南だけである。


「それで、今回の要件は部費ということで、よろしいですか?」

「はい」

「私は、普段から部費の割り振りを行ってるけど。どの部活にも、平等に渡しているはずよ」

「平等?」

「まあ、実績があったり、学校に貢献している部には、多少は多く割り振ってはいますけど……、どこか、おかしい点があったんですか?」

「おかしい点っていうか。和香が担当の先生から部費が少なくなるからって言われたそうなんです」

「先生から?」

「はい。そうだよな。和香?」

「そうです。私、直接言われて。それで、この用紙も貰ったんです。来月からの部費がこの程度になるって」


 和香は、制服のポケットから、一枚の用紙を取り出していた。その用紙には、部費の詳細が記されてあったのだ。


 陽向汰自身も、初めて目にした用紙であった。


「この紙には、生徒会役員の名前も書かれてますし」

「ちょっと見せてくれる?」

「はい」


 和香は丁寧な感じに、その用紙を受け渡す。


「……確かに、私の名前ね……どこ先生から……んッ?」


 一瞬、生徒会役員の表情が変わった気がする。

 クールな感じから、ちょっとばかし、驚いた顔を見せ、片手で口元を抑え、せき込み始めていたのだ。


「ど、どうしたんですか?」

「え、んん、いや、なんでもないわ……あなた達は、読書部で図書委員も受け持ってる人たちなのね」

「はい」

「そうです」


 怜南の問いに、二人は頷くように返答した。


「だったら、しょうがないわ。むしろ、この部費の詳細通りよ」


 と、彼女は再び、クールな顔つきで淡々と言葉を口にしていたのだ。


「……え、しょうがないとは? どういうことでしょうか?」


 怜南とは同学年ではあるが、陽向汰は彼女の様子を伺うように問う。


「その言葉通りってこと」

「言葉通りって、でも、その部費の詳細、おかしいですよね?」

「……そうでもないわ。多分……何かあったのよ」


 陽向汰も追及するが、怜南は問題ないの一点張りだった。


「何かって、何ですか?」


 変に感じたのか、和香も話に混ざってくるのだ。


「どうしてです? 先月よりも、三分の一になってるんですけど。何かあったんですよね?」

「……何もないわ」

「何も? 変です。もしかして、誰かに言われたんですか? 私たちの部費を少なくするようにとか」


 和香はいつにもなく、声を荒らげていたのだ。

 絶対的に、何かがおかしいと感じているのだろう。

 躊躇うことなく、和香はソファから立ち上がり、上級生相手に強気な姿勢を見せた。


「誰にも言われてなんかいないわ」

「本当ですか?」

「ええ……」


 怜南は次第に小声になっている。

 彼女は何かを隠しているのだと思う。


 陽向汰も雰囲気的にそう感じたのだ。


「……それより、失礼ですよ。そもそも、私は本来受け付けることのない相談に乗ってるんですから。もういいから、出ていってください」


 反論するかのような態度。クールなイメージが一瞬で崩れ落ちてしまうかのようだ。


「え?」


 陽向汰は突然の怜南の態度に度肝を抜かれてしまった。

 和香も、納得していない顔を見せ、怜南を睨みつけていたのだ。


「これ以上、話をするなら、生徒会長に伝えますが? それでもいいんですか?」

「……それは、ちょっと困るかな」

「先輩? 引き下がるんですか?」

「しょうがないだろ。それに、勝手に生徒会室に入ってるようなものだしさ」

「……」


 和香は、ソファに座り直すと溜息を吐き、もう部室に戻りましょうかと、一言呟くのだった。

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