第6話 まさか、この問題も、咲良の影響なのか?

「先輩ッ、た、大変なことが……」


 翌日、金曜日。

 杉本陽向汰すぎもと/ひなたが廊下を歩き、購買部に向かおうとしていた時、その途中でバッタリと後輩の和香と出会った。


 彼女は息を切らしているようで、よほどの急ぎの用事なのかもしれない。


「どうしたの?」

「そ、それが……はあぁー、はあ……」

「一旦、呼吸を落ち着かせてからでいいよ」

「は、はい……」


 八木和香やぎ/のどかは姿勢を正す。そして、彼女は胸に手を当て、呼吸を整えていたのだ。


「もしや、大変な話?」

「はい……先輩は知らないんですか?」

「え? なに? 俺は何も知らないけど、どんなこと?」

「そ、それは、ですね。ここで話すのもよくないので」


 和香は辺りを見る。現在は、昼休み真っ只中ということも相まって、廊下には人が多い。


「先輩、読書部の部室に来てくれませんか?」

「いいけど。じゃあ、行こうか」


 読書部の部室は、この校舎内ではなく、中庭通路と繋がっている別の校舎内にあるのだ。


 二階にいる二人は、一旦階段を降り、一階の中庭通路まで向かうことにした。

 今から購買部まで行こうとしていたが、正反対の方に移動する羽目になってしまったのだ。

 まだ、昼休み中である。

 様子を見て、購買には行こうと思いつつ、和香と共に廊下を歩き始めるのだった。






「それでですね。本当に真面目な話になるんですが」

「うん……」


 陽向汰は、部室の椅子に座っている。テーブルを挟み、対面上には、後輩の和香が、いつにもなく、真剣な顔を見せていた。

 陽向汰は唾を呑む。

 和香から何を言われるのか考え、緊張していたのである。


「私たちの部費が少なくなってるんです」

「え? 少なくなってる? なんで?」

「知らないですよ。私だって知りたいです。ただ、さっきですね、図書委員会担当の先生から、部費が少なくなったからって、急に言われたんです」


 和香は、溜息を吐いていた。

 悲し気な表情であり、その姿を見ると陽向汰も心苦しくなったのだ。


 一体、どういうことなんだろうか?

 部費が少なくなった……?


「……」


 ふと思う。

 陽向汰には思い当たる節があった。


「どうしたんですか、先輩。顔色悪いですよ?」

「いや……えっとだな……」


 陽向汰は考え込むように、和香から視線を逸らす。

 非常に気まずい事情を抱えていた。


 それは、咲良さくらの件である。


 彼女は昨日、部活が無事であればいいわね的な発言をしていた。

 もしやとは思うが、その影響で部費が少なくなっているのだろうか?


 そう考えてしまうと、陽向汰は絶望した。

 まさか、咲良に、そこまでの支配力があるのかと思うと、ゾッとするレベルだ。


「あの、だな」

「はい。知ってることがあるのでしたら言ってくださいね」


 和香は話を伺うように、親身になってくれる。


「もしかしてだけど、あくまで、これから話すことは、一つの情報として聞いてくれ」

「はい、わかりました」

「俺と付き合ってるクズな彼女がいただろ?」

「はい、そうですね」

「その子が、部費の件と関係があると思うんだ」

「……まさか、それはあり得ないっていうか。あの人って、生徒会役員とかでもないですよね?」

「ああ、けど、昨日。部活を潰すとかなんとかって言ってきたんだ」

「……それ、色々問題がありそうですね。でも、そういう発言をする人なら、あながち嘘じゃないかもしれないですね」

「だろ」

「はい」


 和香も納得したようだ。


 けど、昨日の咲良の件が、部費と密接に関係しているかといえば、そういった証拠なんてない。

 具体的に何も知らないのに、憶測だけで咲良に関わるのは非常にまずかった。


 咲良は学校内でも人気のある人物。下手に行動したら、変な噂が学校中に一瞬にして広がってしまうだろう。

 今はできるだけ、咲良には接触しない程度に、情報を集めていくしかないと思った。


「先輩、どうしましょうか」

「どうするって……この場合、どいうすればいいんだろ」


 陽向汰は、部費が少なくなる現象を経験したことが、今までないのだ。ゆえに、対処方法がわからなかった。


 こういう時、読書部の先輩がいればよかったんだけども。その先輩は未だに学校に登校していないのだ。

 そろそろ、登校してほしいと切実に思う。


 部活の先輩がいない以上。陽向汰が、実質、部のリーダーなのである。


 陽向汰自身が、しっかりとした態度を見せ、後輩の和香を引っ張っていかなければいけないのだ。


 荷が重い。


 陰キャゆえ、人の上に立って何かをした経験がない。

 面倒なことに巻き込まれないために、周りにいる人と何とか会話を合わせて、今まで学校生活を送ってきたのだ。


 陽向汰は、人生最大級の試練を与えられているような気がして、急に胸の内が痛くなってきた。


 本当になんで、あんなクズな彼女と付き合ってんだよ……。

 何度も思うことだが、どうにかしてクズな彼女と距離をおきたい。

 そんなことばかりが脳裏をよぎるのだ。


「先輩? 大丈夫ですか? 具合悪いんですか?」

「まあ、そうだな。急に色々なことがあってさ」

「じゃあ、これ食べます?」

「ん?」

「今日私が作ってきたんです。サンドウィッチ。これ食べて、少しは元気になってくださいね♡」

「あ、ありがと」


 陽向汰は、彼女が弁当箱から取り出してくれたサンドウィッチを受け取った。


 女の子から手製のモノを貰ったのは、人生で初めてだと思う。咲良からは、こんなことされたことなんて一度もない。

 それどころか、恋人らしいやり取りもしたことすらないのだ。


 初めて感じる、女の子の率直な優しさに感動してしまった。




「……」


 陽向汰は感動し。そして、サンドウィッチを頬張ったのだ。


 女の子が作ったものだと感じながら食べるのは人生始めてであり。食べている際も、胸の内から湧き上がる感情に心地よさを感じていた。


「先輩、泣いてます?」

「う、うん」

「サンドウィッチ……もしかして美味しくないですか?」

「いや、普通に美味しいよ」

「よかったぁ。実は私、そこまで料理は上手な方じゃないんですけど。先輩から、そういってもらえて嬉しいです♡」


 和香は満面の笑みで言った。

 そんな姿に、陽向汰は純粋にドキッとしてしまったのだ。


 クズな彼女と関わっている時は、そんな感情を抱いたことなんて、最初の内しかなかった。


 陽向汰にとって新鮮な経験であった。


「先輩。それと、部費の件に関しては生徒会室に行きましょう」

「生徒会室?」

「はい。部費を扱ってるところは生徒会なので。まずは、その場所に行って相談するのが一番いいような気がしたんです」

「そうか。そうだな、じゃあ、今から行こうか」


 陽向汰はサンドウィッチを食べ終えると席から立ち上がる。

 部費の件に関しては、咲良にバレないように処理しなければならない。

 余計な情報をクズな彼女に与えたくないのだ。


 陽向汰はそんな一心で、和香と共に昼休みの時間を割いて、生徒会室へと向かって歩き出すのだった。

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