第4話 俺だけが唯一知っている、咲良の裏の顔

 木曜日、朝。

 杉本陽向汰すぎもと/ひなたは、学校に登校していた。


 昨日のうちに、色々と情報をまとめておいたのだ。

 クズみたいな彼女――吉岡咲良よしおか/さくらのことについてである。


 付き合い始めて、まだ半年も経っていない。が、積もるほどの苦しみを経験していた。

 お金は奪われるし、デートに行ったとしても、パシリみたいに扱われる。その上、服装が咲良の好みに合わないと、強い口調でダサいと指摘してくるのだ。


 デートというより、咲良と一緒に遊んでいるだけで、自分は奴隷なんじゃないかと思ってしまうほどだ。


 あんなのは、陽向汰が、中学の頃、思い描いていた感じのデートではなかった。


 デートとは、ラノベのように、学園一の美少女から言い寄られて、イチャイチャしながら付き合うものではなかったのか?

 それは単なる、空想なのだろうか?


 ラノベでありがちな高校生活を期待していたのだが、そういった願いは無慈悲にも、咲良によって打ち崩されてしまったのだ。


 ラノベのような妄想に浸っていた、あの中学生時代の自分に言ってやりたい。咲良っていう美少女だけとは付き合うなと。


 けど、この世界は現実であり、タイムマシンがあるわけでもなく、過去へ移動することなんてできやしない。


 陽向汰は、絶望の最中にいる。

 でも、それも今日で終わり。同じ部活の八木和香やぎ/ほのかから後押しされたこともあり、咲良に関する悪い情報を、他人に晒そうと思った。


 咲良は朝早くには来ない。

 そのことを、陽向汰は知っていた。

 だから、今日は十五分くらい早めに学校に登校していたのである。




 本当に、今日で終わりにしてやる。


 今日の自分は、いつもとは違うんだと、何度も心の中で自身に言い聞かせていた。


 陽向汰は変わったのだ。

 陰キャでパッとしない存在ではなく、嫌なことをすんなりと他人の前で言える勇気のある人物に――


 陽向汰は廊下を歩き、教室まで向かう。クラスメイトらを前に、絶対に咲良の闇の部分を晒してやろうと思った。


 表向きが絶対的に良かったとしても、内面が悪ければ、美少女失格だ。


 これで、咲良がまともに学校の廊下を歩けるのも、今日で終了。


 明日からは、あのクズで、恐喝まがいの偽り彼女とはおさらばだ。


 陽向汰は、一人でニヤニヤしていた。

 そういったこともあり、廊下ですれ違った人らから、一人で笑ってる人がいると、小声で気持ち悪がられる。が、そんな事、陽向汰は気にしなかったのである。




 陽向汰は、教室に到着する。

 普段よりも早いためか。そこまで人がいるわけではない。

 大体、クラスの三分の一程度くらいはいた。


 陽向汰は、自分の席に通学用のリュックを置き、皆がいる方を振り向いたのだ。


 陽向汰は、一応、高校では陰キャではなく、普通といった感じの立ち位置。クズな彼女、咲良には陰キャだと感づかれてはいるが、今のところ、皆は陰キャだということを知らない。


 陽向汰は、少々おどおどした感じに、皆がいる場所へと近づいていく。


「お、おはよう」


 陽向汰は普通に挨拶をする。


「おはよ」

「なんか、いつもより早いね。なんかあったの」

「というか、あいつと付き合えるとか、羨ましいな。まさか、お前が、咲良と付き合うことになるなんてな」


 一人の席の近くに集まっている数人の男女から、そう言われた。


 そこにいるクラスメイトは、咲良と普段から会話している陽キャである。


 陽向汰は隠れ陰キャではあるが、何とか頑張って空気を読み、陽キャら集団との会話に追いついていこうとした。


「それでさ、咲良とはどう? いい感じ?」

「え、う、うん……まあ、そんな感じ」

「へえ。というか、どんなデートをしてるの?」

「そ、それは……普通に街中に行ったり、デパートとか」

「そうなんだ。じゃあ、私服姿も見れてるってわけか?」

「え、うん。そうだね……」


 陽向汰は、陽キャらに混ざり、おどおどしつつも会話を続ける。


 ……なんか、咲良の悪い情報を言うタイミングがないな……。

 どうしようかと思う。


 陽キャらが、普通の良い人らなのだ。

 ラノベに登場するような、嫌みな感じで横暴な態度をとる人じゃない。むしろ、友達作りがうまくできない陽向汰を助けるかのように、親切に話しかけてくるのだ。


 ……逆に、変なこと、言えないじゃんか……。


 陽向汰は今、思う。


 咲良と親しい人らに、咲良の悪い一面を晒してもいいのかと。そして、躊躇いの感情が、内面から湧き上がってくるのだ。


 ……こ、こんなはずじゃ……。


 昨日、何度も、咲良の悪い情報について、徹夜してまで紙に書き出し、すんなりと話せるように、文章を読み上げる練習をしたのだ。


 けど、で、できない……。


 陽向汰の内面にある善良な感情が邪魔して、言い出せなかった。




「ん? どうした、陽向汰? 何か、言いたそうな顔してるけどさ」

「え、いや、その……」


 陽向汰は、陽キャらの顔を見てしまうと口ごもってしまう。


 でも、言おう。

 言わないと、何も変わらないのだ。


 陽向汰は、皆に見えないところで、強く決心を固めるように拳を握った。


「えっとさ、俺……咲良から、お金を取られてるんだ……」


 咲良の悪いところを言った。

 何とか、勇気を振り絞って、本音を口にしたのだ。


 が、周りにいる陽キャらは、一体、何のことなのかわからず、ポカンとしていた。


「あ、ああ……そういうことか。咲良とのデート中に奢ってるってことだよな」

「……え?」

「凄いな。咲良に奢ってやるとか、見直したぜ」


 陽キャの男子から明るく言われた。


 えっと……ん?

 何か、話がかみ合っていないような気がする。


「咲良って、お金持ちだからさ。逆に、奢ってもらえばいいのに」


 と、陽キャの女子に言われたのだ。


「お金持ち? 咲良が?」


 陽向汰は首を傾げながら聞き返した。


「そうだよ、お金持ちだって、私は聞いたことあるけど」

「え?」


 陽向汰は、自分が知っている情報と違い過ぎて脳内が混乱してくる。

 少しばかり、脳内を整理してから周りにいる陽キャらを見た。


「でも、いや、違うっていうか。パシリにされたり、バカにされたりとかもされたし」

「えー、そんなことないでしょ。それはね、陽向汰のことを信頼してるからじゃない?」

「お前、自慢話かよー」


 陽キャらは、笑いながら陽向汰の話を聞いていたのだ。


 そんな時、寒気がした。


 陽向汰が教室の入り口の方を見ると、なぜか、普段よりも早く咲良が教室に入ってきたのだ。

 そして、咲良から睨まれたのである。


 希望の満ち溢れた朝から、一瞬で絶望に変わった瞬間だった。

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