第3話 和香…ちょっと、距離が近いような気がするんだけど…

 一応彼女である、吉岡咲良よしおか/さくらと関わった日の放課後。


 今日は本当に気分が憂鬱である。

 ただ単に、彼女からは都合のいい存在として扱われているだけ。


「あんなの彼女じゃないよな……」


 勇気をもって、別れ話を切り出そうとしたのだが、それができなかった。


 やっぱり、怖いのだ。

 咲良の顔を見て、本音で言ったとしても、どんなセリフが返ってくるかを考えると、恐怖心を煽られるようだった。


 情けないと思う。

 そう感じてはいるのだが、なかなか、そういった自分の欠点を変えられないものである。


 杉本陽向汰すぎもと/ひなたは溜息を吐いた。


 今いる場所は、図書館内。

 放課後の時間帯、本棚の前に立ち、本の整理を行っていた。

 やはり、本と関わっている時の方が、心が休まる。

 あんな彼女と一緒にいる時より、断然楽しいと感じてしまう。






 ダメだ……こんな嫌なことばかり考えては……。


 今は、部活中なのだ。

 目の前には本がある。

 気分を和らげるには、都合のいい環境だ。

 なのに、暗いことばかりで、悩んでばかりかよくはない。


 陽向汰は、正面の本棚に並べられた本を見、気分を入れ替えることにした。


 そして、本棚にある本を手にする。

 それは美少女のイラストが描かれた小説。いわゆる、ライトノベルと呼ばれるもの。別名、ラノベと呼ぶ場合もある。


 学校の図書館に置くようになってから、一年くらいが経過した。

 初めて、ライトノベルを、この学校に置こうと提案したのは陽向汰である。


 最初の内は、学校の先生から、あまりよくない顔を浮かべられたものだが。同じ部活の先輩の協力もあり、何とか、先生から許可を貰い、ラノベを本棚に置くことになったのだ。




 ラノベを学校の図書館に取り入れる。

 それは間違いではなかったと思う。


 この頃、図書館に訪れる人の中で、ラノベを借りていく人が増えた気がする。


 結果としてはよかったはず。

 まあ、それも、あの先輩のお陰である。


 だがしかし、その先輩は、この頃、学校には来ていない。体調が悪いわけではないと、以前言っていた。だから、心配はないと思うのだが、少々気になるところだ。


 陽向汰が、本棚から手にしたラノベをパラパラとめくり、以前読んだ記憶をたどりながら読んでいると、近づいてくる足音があった。


「先輩ッ、また、ラノベ読んでるんですか?」

「んッ……」


 陽向汰は急に後輩の和香に話しかけられ、体をビクつかせた。


 卑猥な小説ではないのだが、ラノベを読んでいるだけで、なぜか、八木和香やぎ/のどかから、エッチな目で見られることが増えた気がする。


「先輩? ラノベって、いつから学校に置くようになったんですか?」

「去年から」

「だから、比較的、汚れとかがないんですね」

「まあ、そうだな」

「……私、一応、ラノベ読んでみました」

「読んだの?」

「はい」


 和香は意味深な口調で言い、さらに距離を詰めてくるのだ。


「やっぱり、内容がエッチですよね?」

「……え? そうかな?」

「なんか、そんな気がしますけど」

「どの作品?」


 陽向汰は、辺りの本棚を見渡す。


「ここの図書館にあるラノベじゃないよ」

「だよな……まあ、そんなのがあったら、先生からの許可なんて下りないし」


 というか、エッチすぎるラノベってなんだ?

 一体、どんな作品を読んでいるのだろうか?


 妙に気になってしまうものの、女の子の前で、そんな発言なんてできず、気まずい空気感が漂い始めるのだった。


「先輩? 私も一緒のことをやってもいいですよ?」

「……え?」


 何を言ってるんだ?

 いや、何かの聞き間違いなのか?


 和香の発言が普段と違い過ぎて、陽向汰は困惑している。


「え、えっと……さっきの発言って?」

「だから、私が、ラノベに登場する子のようにエッチなことをしてもいいよってこと」

「……」


 そうこう考えているうちに、隣にいた後輩との距離が狭まっていく。和香は、胸元を陽向汰の腕に押し当てているのだ。


 心臓の鼓動が高まる。

 女の子らしい匂いを、間近で感じられ、どぎまぎしていた。


「ね、先輩?」


 隣にいる和香は誘惑するかのような笑みを浮かべている。

 後輩から言い寄られ、エッチな視線を向けられていた。


 今付き合っている彼女はクズで、あまり恋人だとは思いたくはないが、一応表面上は彼氏彼女の間柄なのだ。


 こんなところを、同じクラスの人に見られてしまったら、学校生活が終焉を迎える。


 学園内でもトップレベルの美少女、咲良と付き合っているのだ。

 ただでさえ、咲良との関係性をよく思っていない人が多い中、都合の悪い場面を晒したくはなかった。


「の、和香。ちょっと、離れてくれるか?」

「え? なんで? 先輩、今付き合ってる彼女のことが嫌いなんですよね? だから、私が、ラノベのシチュエーションのように、先輩を慰めてあげようとしていただけですから」

「そ、それは……さ」

「でも、今、図書館内には、誰もいませんし。大丈夫ですよ」

「いや、誰かが入ってくるかもしれないし」

「それは大丈夫です。さっき、図書館の鍵を全部施錠してきましたから」

「そ、そうなんだ」


 和香は用意周到過ぎる。


「そ、そうか。だったらいいけど……」


 いや、いいのか?

 自分で言ってて、心の中で自分にツッコんでしまった。


「……じゃあ、ちょっと離れますね」


 和香は距離を取り、そして、一旦深呼吸をした後。彼女は、まじまじと陽向汰を見つめてきた。


「先輩は、あの人に別れ話を切り出せましたか?」

「い、言えなかった」

「もう、ダメな先輩ですね。流れるように言えば何とかなったのかもしれないのに」

「いや、それができたら、苦労はしてないよ」

「……先輩って、優柔不断ですよね。そういうところを直した方がいいですよ」

「それは俺もわかってんだけどさ」


 陽向汰は、頭を抱えながら呟いた。


「でも、先輩は今までのままでもいいですけど」

「え?」

「なんでもないです。それと、あの人を振る戦略なんですけど。あの人の悪い部分を見つけて、それを皆に言えばいいんです」

「……それが戦略?」

「はい」

「なんか、単純だな。まあ、咲良の悪い部分なんて沢山あるしな」


 考える間もなく、咲良に関する嫌なところは、すぐにでも脳裏をよぎるほどだ。


「でも、その程度じゃ無理だと思うんだけど……」

「そこです」

「え?」

「そうやって、諦めるのがよくないんです。まずは、試しにやってみてから考えるべきなんですよ」

「本当に、それでいいのか?」

「はいッ」


 和香は頑張れと言った感じに、陽向汰を後押ししてくれる。


 咲良は表向きが非常に良い。悪い噂を流したくらいで、何とかなるのかと思いつつも、一旦、試しに彼女の悪い噂を誰かに伝えてみようと思った。

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