第2話 あんた、あのこと言ったら、タダじゃおかないから
昨日、後輩の
彼女なら相談内容をバラすことなんてしない。
そう信じている。
そういった経緯で打ち明けたこともあり、多少は、心の悩みが解消されたような気がした。
そして、昼休み時間の今、最大級の困難に直面している。嫌な意味合いで、心が震えていた。
「あのさ、私の悪口とか言ってないでしょうね?」
「は、はい……」
「言ってないのね?」
「はい……」
陽向汰は、誰もいない校舎の壁に背をつけ、一応彼女である、
付き合っているとは思えないほどの発言のされ方であり、気まずげに、ただ頷くように返答していたのだ。
「そう。だったら、いいわ。でも、まあ、あんたは陰キャだし、誰にも言うわけないっか」
陽向汰の目の前にいる咲良は軽くバカにした感じに笑いながら言う。
本当に、もう嫌だった。
どうにかして別れたい。
一応彼女である咲良と一緒にいる間、ずっと心が悲鳴を上げていた。
「でも、どうして、そこまで隠したいの?」
陽向汰は問う。
「は? そんなのわかりきってる事でしょ? あんたはバカなの?」
「す、すいません……」
「私は、この学園の中で、もっとも注目されている人物なの。そんな裏の顔なんて、バレるわけにはいかないわけ。今後の学園生活もあるしね」
「でも、どうして、俺に告白なんか……」
陽向汰は以前から気になっていたことを口にした。
「あんたは私にとって都合がよかっただけ。そんくらいよ。それと、友達が少なさそうだし。私の裏もバレそうもないしね」
「本当に、それだけ?」
「そうね……まあ、他にあるとしたら、あんたのためのよ」
「え?」
「だって、あんたってさ。入学当初から、人間関係に困ってたじゃない?」
「……なんでそれを?」
「わかるって。どうせさ、中学時代から陰キャだったんでしょ?」
「……」
陽向汰は絶句した。
咲良とは、高校時代からの関係性である。
なぜ、そこまで知っているのだろうか?
「あんたの仕草とかを見てるとさ。挙動が不審だし、キモいって思ってたの。なんていうか、見るからにわかんのよ」
すでに素振りだけで感づかれていたようだ。
「どうせ、高校に入学したら、女の子と付き合いたいって思ってたんでしょ?」
「は、はい……」
「まあ、そうよね。だからさ、そんなあんたのために、私が付き合ってあげてるってわけ。感謝しなさいよね」
「……」
「あ? 返事は?」
彼女の顔つきが、突然豹変した。
睨みつけられ、陽向汰は、俯きがちになり、はい、とだけ、小声で返答した。
こんなの本当に、彼氏彼女の関係なのか?
どう考えても、中学時代に想定していた恋愛じゃない。むしろ、主従関係である。
陽向汰は、絶望の最中にいるのだ。こんな関係が、卒業まで続くと考えると、どうにかなってしまいそうだった。
そ、そうだよな。
言うなら、今しかないよな……。
陽向汰は唾を呑んだ。勇気を持とうとした。
今、視界に映る、咲良と向き合う。
「なに?」
「えっとさ」
「重要なこと?」
「そ、そうだけど」
「じゃあ、言ってみなよ。なによ」
「それはさ……」
陽向汰は、何度も言おうとした。
けど、喉で言葉が詰まってしまうのだ。
言い出したいのに、口にできない。
「ねえ、ハッキリとすれば? おどおどしてるとか、キモすぎなんだけど」
「ごめん……」
「ごめんとか、そういうことじゃないし。あのさ、よくそれで、高校デビューしようと考えてたよね。私、考えるだけでも、ゾッとするわ」
咲良から、またバカにされてしまった。
「それで、なに?」
「な、なんでもない……」
「なんでもない? 本当にさ、私のこと、バカにしてる? 舐めてんでしょ?」
「いや、そんなことはないよ」
「……あんたみたいな奴に、バカにされるとか、絶対に嫌だから。死んでも嫌」
咲良から酷く拒絶反応を示された。
「まあ、いいわ。あんたの話なんか聞こうとしていたら、日が暮れるでしょうし。それと、今後の話だけど。あんたは私と今まで通り普通に関わること。皆がいる前では絶対にね」
咲良はプライドが高い。だから、内面的な弱さをさらけ出すことはしたがらないのだ。
何が何でも、自分が一番上じゃないと気が済まないらしい。
表面上の咲良は、普通に愛そうがよく、礼儀正しい感じの美少女。けど、それは単なる幻想だ。
ファンタジーの領域に近いかもしれない。
本当に、付き合った当初の咲良はどこに行ってしまったのだろうか?
最初から、彼女は、ここまで心が真っ黒だったのか?
――と、今、一緒にいても、そう感じてしまうほど。
表向きの咲良と、内面に隠れている彼女の感情の性格が違い過ぎて、むしろ、怖い。
「……ねえ、陽向汰」
「な、なに?」
刹那、目の前にいた咲良の雰囲気が変わったような気がした。
そうこう考えていると、遠くの方から女性の先生が歩いてくる姿が見えた。
「あれ? 二人はどうして、ここにいるのかな?」
二十代後半の女性教師が、普段、誰も訪れない場所にいる二人に疑問を抱いたようだ。二人の近くに来るなり、首を傾げながら話しかけてきた。
「先生、なんでもないですから。ちょっと、大事な話があったので、二人っきりで話していただけですから」
咲良はさっきとは別人のように、愛想良く自然な笑みを見せながら、女性の先生に返答していた。
「あら? そう? だったらいいけど。でも、二人っきりだからって、変なことはしないようにね」
と、意味深な発言をする、セミロング風な女性教師。
「そうならないようにしますから、安心してくださいね」
「じゃあ、そのセリフ信じておくわね」
女性の先生は華麗な立ち振る舞いで、その場から立ち去って行ったのだ。
「……」
咲良は、先生の後ろ姿が見えなくなるまで、ジーッと確認していた。
「チッ、なんで今日に限って、あのババアが、ここの廊下を通っていくのよ。あーあ、もう、腹立つわ」
咲良は苛立った表情で、陽向汰を睨みつけてきた。
「はい」
咲良は右手の平を見せてきた。
「えっと……なんでしょうか?」
「バカ? 今日のお金に決まってんでしょ」
「お金……今日も?」
「ええ。こんな美少女な私と付き合ってるのよ。その対価よ。さ、早く、出して」
「今日はさすがに」
「じゃあ、あんたの秘密バラすけど? それでもいいの?」
咲良は陽向汰の心を踏み潰すような発言をさらりと言ってのけるのだ。
「それは、本当にやめてほしい」
「だったら、早くお金。今日の私への報酬ね」
「……どうしても、毎日?」
「そうよ」
咲良は当然のように口にする。お金のことになると、厳しい発言をするのが、彼女の特徴だった。
「何百円?」
「は? そんなはした金じゃなくて、数万円よ。一万円以上だったわ、いいわ」
「い、一万円以上? で、でも、この前までは、千円とかでも」
「気が変わったの。さ、早くね」
「……ご、五千円しか」
「ちッ、その程度? まあ、いいわ。今日はそんくらいで許すわ。でも、次からは許さないから」
咲良はそういうと、楽し気に、その場から立ち去って行った。
本当に彼氏彼女の関係性なのか、疑わしくなってくる。
でも、今日の関わりを終えたのだ。
陽向汰は、立ち去っていく咲良の背を見ながら、溜息を吐くのだった。
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