EP.21 ノンノン、恋心ではなく動揺です。
ぼふん、となんとも心地のよい音が耳元で聞こえる。
ふっかふかの布団が肌を包み込むものだから、思わず寝返りを打ってしまう。
「ふわぁ〜」
お風呂上りの布団ダイビングって、本当に気持ちいい。
今日は土曜日。昨日中野くんと和解して、明日早速あの村に行くため集まろうという話になったんだけど!
「えへ、えへへっ」
あ、つい顔がほころんでしまいましたが、気持ち悪いなんて思わないでね?
今日、一日なーんにもなかったから、漫画読んだりドラマ見漁ったり、おやつにプリンとカフェオレ食べちゃったり、とっても幸せな一日だったんだから!
口角ゆるんじゃうよね、幸せすぎて。
もう一度、ごろんと転がって、隣の勉強机にほうって置かれていた携帯を、布団の中へ引きずり込む。電源を入れて、画面のチャットルームアプリのアイコンをタップすると、通知が一件入っていた。
「あれ、りょうから……。」
邪魔くさい髪を顔の前から退かして、画面をタップすると、すぐにりょうのメッセージが飛び込んでくる。
『まどあけて』
「窓……?」
仕方なくベッドの上に座って、すぐ横に取り付けられた窓のロックを外してスライドしていく。生ぬるい風が頬に当たって、思わず目を瞑る。
「美野里。」
やや上がったトーンで名前を呼ばれ、目を開ける。向かいの家の窓の淵に手を置いて、少し髪に水を滴らせた幼馴染がそこにいた。
「……どうしたの?何かあった?」
「明日、十時にいつもの公園だってさ。」
え、それだけを言うためにわざわざわたしを起き上がらせたんですか?
「メッセージ打つのめんどくさかった。」
いや、でも窓開けてって結局打ってたじゃん。
「字数少ないから。」
夜だからか妙に静かな上に、窓と窓の間の数センチの距離があるからか、なんだか焦ったい。距離感が、妙に掴めない。
窓から手を離そうとしない幼馴染に、「あの」と声を上げようとすると、声が重なった。
「ありがとう。信太との仲直り手伝ってくれて。」
三角眼を細めて、口元を綻ばせる。
「全然いいよ。チームメイトとして当たり前だし。」
「美野里のそういうとこ、嫌いじゃない。」
「なっ!?」
頬杖をついて和やかにつぶやいた。いたずらっ子みたいに、八重歯を少し見せて笑っている。その姿に、心臓がとくりと呼応して、息をするのを少し忘れてしまう。
「ど、どうしたのりょう。お酒でも飲んだ?」
「飲んでねえわ。未成年だろうが。」
あ、いつものりょうにもどった。
「いつものって……。まあ、いいか。」
目線を少しそらしたりょうは、首にかけたタオルを手でいじる。
「礼を言いたかったんだ。それと、ごめん。意地を張って、美野里だけに頑張らせて。」
え、本当にお酒飲んだ?
「だから飲んでねぇって!」
だ、だって、こんなに素直に謝る人じゃないよ!私の知ってる羽柴りょうは!
もしかして偽物!?まさかまた「名もなき案内人さん」が幻覚を見せてるんじゃ!
「偽物でもないわ!俺どんだけ疑われるんだよっ」
「ごめんごめん。りょうも大人になったんだなぁって」
「少なくとも美野里よりか大人だわ俺」
顔を見合わせて、そして、笑ってしまう。いつのまにか、距離感は消え去って、焦ったい気持ちもなくなった。
ひとしきり笑った後、りょうは、ふと眉毛を下に下げて、真面目な顔をした。
「……ちゃんと寝れてるか?」
「あー、うん。寝れてるよ。ばっちり!」
手を前に出してグッドサインを見せるけど、ちょっとだけ笑顔が崩れそうになる。
あの日。「名もなき案内人」さんと出会ってから、少し、夜が来るのが苦しくなった。
でも中野くんのこととかもあって、少しは気が紛れてたんだけど、何度か夜中に起きたりすることはあって。
「……嘘だな。」
ぽつりと放った言葉に首を横に振るけど、幼馴染の表情は変わらない。
これを聞くために、この窓を開けてって言ったのかと、今更納得する。
これ以上言ってもバレてしまっているし、隠すのも意味がない。
遠くの方で車が通過する音を聞き流しながら、青白くなった空を眺めた。
「夜中に、起きちゃったりするのはあった。」
「まだ、怖いよな。」
「そうかもしれないけど、もう大丈夫だよ。」
ちゃんと、眠れるようにはなったし。
「全然大丈夫じゃないだろ。」
どうしていつも、心の奥底を見透かされるのか。
不思議なくらい、りょうの前では、いくら心を隠してもそれを見破られてしまうのだ。
その優しさに、いつも助けられてる。
「あの村で出くわしたら、美野里のこと、守るから。」
「……ありがとう、りょう。」
しん、と寝静まった夜がまた始まる。何も良い切り出しが思い浮かばず、モタモタしていると、少し頬を紅く染めたりょうが、「おやすみ」とだけ残して窓を閉めた。
「おやすみ。」
ゆっくりと窓を引いて閉め、鍵をかける。再び何の雑音も聞こえない部屋の中に戻ってきた。クーラーの涼しい風が顔全体に当たる。
「守る、かぁ。」
ぼふっとすっかり冷たくなった布団の上に体を沈み込ませる。
いや、守るからってさ。まるで絵本の中のヒーローが言う言葉だよ、それ。
やっぱり今日のりょうは変だ。だって普段こんなこと言わないもん。いつも「根拠は?」しか言わないくせに。
「あああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!!!」
布団の上でバタバタと足を動かしても、胸のざわつきを収めることができない。
血の巡りがじわじわと体全体に広がっていくような感覚に合わせて、脳内ではりょうのあの顔が映し出されて切り替わらない。
見慣れない幼馴染の姿に気が動転したんだ!そうだよきっと!
決して、かっこいいとか素敵だったとか、そういう感情ではない!
布団に潜り込んで、目をぎゅっと力強く閉じた。それでも足りず、勢いよく頭上に置いてあった枕を取り上げて、頭の上に投げ置く。
嫌ではなかった。
不意にそんな言葉が浮かんできて、今日はある意味違う形で眠れなかった。
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