第45話 そして話は拗れてく
ヤバい……。
「どういう意味?」
クライシスは鋭い眼光を向けるゼルディノを前に冷や汗を流す。
『ノバン・ヘンビスタはハーディス嬢に未練があるかもしれない』
ほんの冗談のつもりで口にした言葉は思った以上にゼルディノの神経を悪い方へ刺激してしまったようだ。
「いえ、あくまでも可能性の話ですから」
『冗談ですよ~』といつもの軽口を叩ける雰囲気ではなく、至極真面目にクライシスは答えた。
赤眼が鋭く細められ、ビリビリと空気を震わせる今のゼルディノに軽口など叩けるわけがない。
怖っ……。
議会で不正を行った議員を吊るし上げる時と同じ表情である。
「自分の都合で手放した相手が自分の知らない世界で充実した生活をしていたり、自分の知らない人間と親しくしていたりすると急に手元に戻したくなるんです」
恋愛経験の少ないゼルディノのためにクライシスは説明する。
「何なのそれ。勝手過ぎない?」
するとゼルディノは更に険しい表情で苛立ちを顕わにした。
「人間とは身勝手な生き物なんですよ」
「ノバン・ヘンビスタはアマーリア・ファンコットに入れあげているはずだけど?」
「それはそれなんですよ。アマーリア嬢を愛していてもハーディス嬢のことも手放したくなくなったんです」
不可解と不愉快の混ざった複雑な溜息をつき、ゼルディノはすらりと長い手足を組んだ。
この人……全知全能の神の生まれ変わりだったはずなんだが。
色恋沙汰に関してはさっぱり役立たずだな……。
ふとそんなことを考えたが、以前ゼルディノから聞いた話を思い出す。
神や天使の生まれ変わりは異能や特殊な性質や体質はそのままで前世の記憶や知識までは持ち合わせていないらしい。
ゼルディノに言わせてみれば転生者は能力に見合うから選ばれたただの『器』でしかないそうだ。
ゼルディノはゼウスの能力を収めることができる『器』だったが故に強力な聖力を持てたにすぎないと言っていた。
昔話に登場するような神達と転生者は全く別物だと考えた方がいいな。
そうなるとハーディス・ファンコットはどの神の生まれ変わりなのだろうか。
「ねぇ」
ハーディス嬢が何の神の生まれ変わりなのか、訊ねてみようかとも思ったが低い声でゼルディノが声を掛けて来たので疑問はそのまま飲み込んだ。
「何でしょう?」
部屋の中に緊張が走る。
今度は何を言われるのかとクライシスは身体を強張らせた。
「ノバン・ヘンビスタの行動を監視させて。ハーディス・ファンコットと接触しようとしたら可能な限り阻止してくれる?」
「承知しました」
地を這うような低い声で命じるゼルディノにクライシスは頷く。
部下に指示を出すために一度部屋を退出したクライシスは部下に指示を出し終えた頃に疑問を浮かべた。
何だか、やっていることが回りくどい気がするんだが……?
同じ屋根の下に意中の女性がいるのだから、直接会えばいい。
直接会って、会話をして、関係を深めればいい。
皇太子なのだから女性一人呼びつけることくらい造作もないはず。
ノバン・ヘンビスタにはさっさとアマーリア嬢と婚姻を結んでハーディス嬢には近づくなと釘を刺せばいい。
釘を刺されても尚、皇太子に噛みつこうとする根性があるようには見えないし、すぐにハーディス嬢のことは諦めるだろう。
そもそも、ノバン・ヘンビスタはハーディス嬢に未練なんてあるのか?
むしろ婚約者を妹に奪われたハーディス嬢の方が元婚約者に未練があるのでは?
しかしそんなことを口走ったらあの赤眼に射殺されるかもしれないと思い口にはしなかった。
思い返せば自分の軽口が原因で随分と話が拗れてしまった気が……。
「…………まぁ、良いか」
熟考の末、クライシスは結論を出す。
そういうことにしておこう。
恋とは障害があるほど燃えるというし、ゼルディノにはこれぐらいの刺激がないと先に進めないだろう。
「全く、世話が焼けるんだから」
世話を焼いているつもりでいるクライシスは己の発言によってゼルディノの初恋をより拗らせたのだが、そのことを自覚するのはもう少し後になる。
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