第44話 王太子の参加理由

「全く、せっかちなんですから」


 馬車が入り口に横付けするのを待てずに馬車を降りたゼルディノにクライシスは言う。


 門付近が混雑していたため、クライシスが先に馬車を降り、馬車を入り口に横付けするために手配をしているとそれを待ちきれずにゼルディノが降りてしまったのだ。


「時間の無駄だよ。歩いた方が早い」


 その通りですけどね。


 ゼルディノらしい一言にクライシスは溜息をついた。

 城主には話を通し、馬車は王家の家紋がない地味なものを使ってここまでやって来た。


 荷物は他の貴族と接触しないように配慮されて最上階の一等室にあらかじめ運び込まれている。


 ゼルディノは他の参加者以上に地味で目立たない格好でここまでやって来た。


 しかし、誰の目にも触れないというわけにもいかず、ゼルディノを視界に捕えた一瞬にして令嬢達が色めき立った。


 服装や馬車が地味でも国宝級の顔がついた男だ。


 服装だけで誤魔化すのはそもそも無理があるんだよな……。


 顔を汚そうが頬に傷を入れようが何をしようがどうやっても二枚目ヅラにしかならない。


 顔が良すぎてどんなに頑張っても今の技術ではこの男を不細工に変えることは出来ないのだと悟った。


「流石に疲れたな」


 用意された部屋に着くと、ゼルディノは凝り固まった肩を動かしながら椅子に腰を降ろした。


 クライシスからとある報告を聞いてからというもの、この日に合わせて仕事を前倒しで片付け、調整を行うのにかなり無理をしたからだ。


「本当にいるんだろうな?」


 クライシスを小さく睨みながらゼルディノは言った。


「問題ありません。部下に確認を取りました」


 にっこりと笑みを浮かべてクライシスは答えた。

 何なら監視しましょうか? と問う部下にゼルディノは首を横に振った。


『ハーディス・ファンコットが神官見習いとして神殿に席を置き、狩猟大会へ同行する』


 この報告がゼルディノを気乗りしない狩猟大会への参加を決めるきっかけとなった。


「まさか神殿に身を寄せていたとはね……」


 そもそもあれだけ探していたのにすぐ側にいたとういうのが何とも間抜けな話だ。


「あれだけ空き家やら娼館やら手を伸ばして探したのに見つからないわけですよね」


 ゼルディノは部下に命じて思いつく限りの場所に捜索の手を向けた。


 娼館や賭博場、教会、ここ最近で住み込みで仕事の求人を出していた場所、ファンコット家と交流のある家門にも探りを入れさせた。


 しかしハーディスらしき女性は見つからず、無駄に終わる。

 それもそのはず、王城の敷地内にある神殿にいたのだから余所で見つかるわけがない。


 ゼルディノは小さく息を吐き、椅子の背もたれに寄りかかる。


「それで、情報は掴めたのか?」

「まだ詳しくは分かっていませんが、神殿側はハーディス嬢と共に森で何かを探す予定のようです」


 ハーディス・ファンコットの件ともう一つ、神殿側に不審な動きがあると報告を受けていた。


 それが一体、何なのか調べさせているが、まだはっきりとは分かっていない。


「何を探しているんだろう……?」


「探らせてはいるんですけど」


 怪しい動きを見せているのはルマンとブラウンを中心としたほんの一部の者達のようだとクライシスは言う。


 グリーン・ディープと呼ばれる魔物が棲んでこの森に、神殿の人間がコソコソと何を探しているというのだろうか。


「そういえば……ラム・ハーゲンと呼ばれる両性獣が生息していると聞いたことがあるね」


 ゼルディノは昔、何かの授業で教師が両性獣について話してくれたことを思い出す。


「ラム・ハーゲン? 何ですか、それ」

「聖と魔の両方の性質を持つ両性獣だ。この森のどこかに棲んでいると聞いたことがある」


 首を傾げるクライシスにゼルディノは簡単に説明した。


「何でも身体は苔のような色味で頭の上にはつるつるとしたガラスのようなものを乗せていると聞いた」


 話に聞いただけだが奇怪な姿の両性獣だったのでゼルディノはその話がかなり印象に残った。


 クライシスもラム・ハーゲンの姿を想像して難しい顔をしている。


「初めて聞きました。神殿の者達が探しているのってその両性獣なんですかね?」

「知らないよ。でも、そんなもの探し出してどうするのさ」

「見世物小屋に売るとか……闇オークションに出品して金儲けするとか」

「ルマン達は腹は黒いけどそういう非道なことはしないはずだよ」


 ルマンもそうだがブラウンは特に実直な性格なのでそういったことには加担しないはずだ。


 自分達の金儲けのためにラム・ハーゲンを探すとは考えにくい。


「でも、もしそうだったらどうします?」

「……理由によるね」


 両性獣は捕縛の対象外だ。

 悪戯に傷つけることはあってはならない。


「神殿の者達は本部で待機する治療班と参加者に混ざって森に入る治療班と分かれていたよね?」


 本部を構えて戻って来た負傷者の治療を行う班と参加者と共に森にに入り、森の中で怪我人や負傷者がいないかを見回り、必要があれば治療を行う班がある。


「そうです。ルマンはアスクレー様と本部に、ブラウンはハーディス嬢と森へ入る予定のようです」


 森に入る班はいくつかあるがハーディスはブラウンと共に行動するようだ。


「ブラウンとハーディス嬢の動きは見ておきましょう」

「そうだね」


 ルマンとブラウンは彼女に何をさせようとしているのだろうか。


 その目的のために彼女を神殿へと連れて来たとなればどうにもいい気分ではない。

 家を追い出されて行く宛もない彼女の弱った心に付け入る真似をしたのであれば尚更だ。


「そういえば、へラードも参加するんですね。珍しく」

「そうなの?」


 クライシスが参加者のリストを差し出し、指し示す場所にへラード・ヘンビスタの名前があった。


 へラードの参加が意外だったので驚いたが、その下に連なる者の名前が視界に入り、ゼルディノは眉間にしわを寄せる。


「ハーディス嬢の元婚約者も参加されるそうですね」


 へラードのすぐ下に弟ノバンの名前を見つけ、ゼルディノは胸の奥がムカムカした。


「ふーん。一体、どういう風の吹き回しなんだろうね」


 へラードは狩猟大会に大した興味はなかったはずだ。

 それはへラードが持つ能力故に、ということなのだが。


 弟は特に武術に秀でているわけでもなく、こういった大会や行事は観客として楽しむことはあっても参加はしないとへラードから聞いていた。


 兄は狩猟大会に興味がなく、弟は武術は不得手、それなのに兄弟揃っての参加とは一体……。


 ゼルディノは理由を考えてみるものの、今回に限って特別なことはなく、例年通りの開催である。


 違うといえば自分が参加することぐらいだ。


「もしかして……弟の方は分かれたハーディス嬢に未練があるのかもしれません」


 閃いたと言わんばかりの表情でクライシスは言う。


「…………は?」


 未練? 彼女に? 自分から婚約破棄を切り出しておいて?


 クライシスの何気ない一言にゼルディノは一瞬思考が飛び、頭の中が真っ白になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る