第43話 弟の参加理由

 ちょっと! 何言ってるんですか⁉


 ハーディスは口には出さずに心の中で叫ぶ。


「ラム・ハーゲンだって?」


 ハーディスの代わりに驚きの声を上げたのはへラードである。


「以前、知人からこの森にはラム・ハーゲンという魔物が住んでいると聞きました。実際にその魔物と遭遇し、仕留め損ねたとも。人為的に放たれる低級の魔物とは違い、強い力を持つ魔獣だそうです」


「確かに名前だけは聞いたことがあるが……俺は魔物の類にあまり詳しくない。何故、そのラム・ハーゲンに拘るんだ? 人為的に放たれた魔物でも十分じゃないのか?」


 どうしましょう……何だかマズイ展開になってきましたね。


 恐らく、へラードもこの大会に参加するのは初めてのようだし、当然この森にも詳しくない。


 そもそもラム・ハーゲンという存在自体があまり知られていないのだ。

 ラム・ハーゲンが聖と魔の両方の属性を併せ持つ両性獣だということも知らないし、駆除の対象外だということも知らないのだろう。


 ハーディスはラム・ハーゲンという存在自体知らなかった。


 知らない者の方が圧倒的に多いはず。


「低級の魔物では他の男達に差をつけられません。より強い魔物を倒してアマーリアに捧げ、他の男達と大きく差をつけたいのです」

「だが……」


 必死に説明するノバンにへラードは渋った様子を見せる。


 得体の知らない魔物と対峙しなければならないと思うと引き気味になっているようだ。


「兄さんには生まれ変わりの力がある。どうか協力してください」

「そうは言うが、俺の力は攻撃性は全くないし、戦闘には不向きなんだが」


 へラードは困ったように頭を掻く。


 彼は女神ヘラの生まれ変わりだ。


 結婚や母性、貞節、女性の象徴を搔き集めたような女神ヘラの生まれ変わりである彼は他の神にあるような強い攻撃力はないと聞く。


 しかし、彼からも強い聖力を感じる。

 何らかしらの力を持っているはずだ。


「勿論、知っていますよ。ですが、貴方には他の神や天使にはない力があるではないですか」


 やっぱり、彼も何らかの力があるのですね。


 それをラム・ハーゲンを仕留めるために利用するつもりのようだ。


「聖力を使ってはいけないという決まりはありません。兄さんの力を貸してください」


 そう言ってノバンはへラードに頭を下げる。


 断って下さい! そんなことに力は使えないと言ってやって下さい!


 ハーディスは心の中でへラードに念を送るが届くはずもなく、へラードの口から発せられたのはハーディスを失望させる言葉だった。


「…………分かった。やってみよう」


 侯爵っ! そうじゃないです!


 少し悩んだ末にへラードが出した答えを聞き、ハーディスは無意識に拳を強く握り締めた。


 思わず握った拳を壁に叩きつけたくなるのをグッと堪える。


「ありがとうございます!」


 ぱっと表情を明るくしてノバンはへラードに感謝の意を示す。

 兄弟はそのまま肩を組み、廊下を歩き出してその場を後にした。


 マズイですね……。


 ハーディスは眉根を寄せ、昔の記憶を呼び起こす。


 昔、確かノバンから聞いた話ではへラードはある能力を持っていたはず。


 それを使われてはハーディス達の計画に支障が出るだけでなく、ノバンの馬鹿な企みが本当に成功してしまう可能性がある。


「あぁ……もう……」


 ハーディスは口から愚痴が混ざり合った溜息が零れた。


 ノバンの話では知人がラム・ハーゲンと遭遇して仕留め損ねたと言っていた。

 その知人は恐らく、アスクレーが医神の杖と引き換えに助けてた者達の一人じゃないのだろうか。


 また同じことが繰り返されては困る。

 ハーディスはこの件を報告すべく、ルマンとブラウン達の元へ向かった。




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