第36話 調べ物
ハーディスは王宮の中にある図書館を訪れていた。
「広いですね……」
許可証を見せて扉を開けてもらうとそこは視界一杯に本棚と本棚に収まる本が広がっていた。
腕を伸ばしても到底届きはしない高さの天井、穏やかな光が入り込むガラス窓、歴史を感じさせる本棚の一つ一つが木彫りで凝った模様が描かれている。
床に敷かれているくすんだ赤い絨毯は利用する者の足音が響かないように考慮されており、所々に年季を感じた。
本も新しい物から歴史的に貴重なものまで沢山の本が並び、それらに囲まれたハーディスはうっとりと目を細める。
元々、読書は好きなのだがハーディスが読んでいる本はいつの間にかなくなっていたり、汚されたり、破かれたりとまともに一冊読めた記憶がない。
未読の小説タイトルが頭の中で幾つも思い浮かぶ。
流石に何年も前に巷で流行った娯楽小説は置いていないが、見覚えのある伝記や専門書は置いてあるのが確認できた。
時間潰しにここへ通うのも悪くないかもしれませんね。
そんな風に一つ楽しみが増えた所で目的の本を探し始めた。
「ありました」
嬉しさから思わず歓喜の声が零れる。
両性獣であるラム・ハーゲンについて調べようと思い、ハーディスは図書館を訪れたのだ。
手にしたのは大きな図鑑である。
図鑑もいくつもあるが両性獣についてまとめられているのはこの一冊だけだ。
「勿論……持ち出しは禁止ですね」
あわよくば部屋に持ち帰りたかったが背表紙と表紙に持ち出し禁止の判が押されていることを確認してそれを諦めた。
ずっしりと重い図鑑を大事に抱え、適当な席でページをめくる。
「聖獣や魔獣と比べると圧倒的に少ないですね」
両性獣とは聖と魔の両方の性質を持つ獣のことだが、それらは聖獣や魔獣に比べて種類が少なく、資料も多くはない。
ハーディスはもう既に絶滅したと思っていた。
「これ……でしょうか?」
図鑑にそれらしき項目があるのを発見し、視線を落とす。
「人型で……この頭の上にあるのは……何でしょう……お皿? のように見えますね……」
人のような姿で全身が苔や藻のような緑色で、頭部にはつるりと光るお皿のようなものが乗っかっている。
「これがラム・ハーゲン……」
主に水の中にいると記されている。
「てっきり森に棲んでいるというのでそういう獣かと思いましたがまさかの水中……」
どうしましょう……当てが外れたというか、予想が外れたというか。
図鑑には水中や水辺で姿を見たと記されている。
どうやら森というよりは森にある水辺を守る獣のようだ。
図鑑に記された内容にハーディスは困惑する。
「でも良かった……これなら当てもなく森の中を彷徨うことはないですし」
前向きにいきましょう。
ハーディスはそのページに書かれている内容を頭に叩き込み、重たい図鑑を閉じる。
「あら、もしかしてハーディス・ファンコット伯爵令嬢ではありませんか?」
突然背後から声が掛かり、ハーディスはゆっくりと振り返る。
「あぁ、失礼。もうご令嬢ではなくなったのでしたっけ?」
嫌味を含んだ言葉をハーディスに向けて、女性はにっこりと微笑み、華やかな扇で口元を隠す。
艶やかな黒髪には花の髪飾り、ふわりと揺れるレモンイエローのドレス華美過ぎず品が合ってよく似合っている。
「お久しぶりです、ルイーラ様」
彼女の名前はルイーラ・リースエンド。
子爵家のご令嬢でアマーリアの取り巻きの一人である。
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