第35話 兄弟の思い

「少しあからさま過ぎたでしょうか?」


 ハーディスが出て行ったドアに申し訳なさそうな視線を注ぐルマンにブラウンは言う。


 席を外して欲しいと言えばハーディスは素直に出て行くだろうに、ルマンは回りくどくハーディスを退室させた。


 ドカッと近くにあった椅子に腰を降ろしてブラウンは嘆息する。


「随分と機嫌が悪そうですね。何があったんですか?」


 眉間にしわを刻む兄にルマンが問い掛ける。


「別に。相変わらずだ。相変わらず、あいつらはアスクレー様が死ぬまでこき使うつもりなんだろうな」


 ブラウンはそれを改めて感じた。


「じじいが使えなくなったら今度はハーディスだ。お前のせいだぞ」


 ブラウンはルマンに不満を漏らす。


「あいつらは既にじじいの代わりにあいつを利用する気だ」

「私だってアスクレー様が彼女を病院まで連れて行くとは思いませんでしたよ」

「お前なら予想できたはずだ。相変わらず性格が悪い奴だな」


 ブラウンの言葉にルマンは小さく息を吐いた。


「仕方ないでしょう。アスクレー様はもう充分過ぎるほど働きました。老いには敵いません。代わりを担ってくれる誰かが必要です」


 医神が引退するのであれば、彼の意志を継ぐ者を神殿の象徴的な存在として立てなくてはならない。


 昔に比べて権威は落ちたが神殿の力は大きく影響力もある。


 しかしアスクレーが老いて力が弱まったことにより、病院のようにアスクレーの力と神殿の権威を利用しようとする者達も現れた。


「これ以上、神殿の権威が落ちるのは困るのです。それを防ぐためには有無を言わさない圧倒的な聖力の持ち主にアスクレー様の後を継いでもらわねばなりません」


 そこでルマンが目を付けたのが偶然にも出会ったハーディスだった。


「あいつを身代わりにする気か? じじいがどれだけ苦しんだか知っているくせに?」


 生まれながらにして神殿のトップの椅子に座ることを余儀なくされ、やりたくもない仕事を朝から晩まで押し付けられて、自分の望みは口にすることが許されないのに他人の望みを聞き入れて力の限り叶えてやる。


 そんな生活が子供時代から死ぬまで続くのが医神だ。

 それを今度はハーディスに押し付けようとしている。


「申し訳ないとは思ってます……私は責任を持って彼女に仕える所存ですよ」


 ブラウンの見る所によるとルマンの意志は固いようだ。


 弟ながら赤の他人のハーディスを巻き込んで医神の身代わりにしようなんて……。 

 相変わらずとんでもないことを考える怖い奴だとブラウンは思った。


「ですが力の衰えが杖を失ったことによるものだとすれば、杖を取り戻せればハーディス様を身代わりにしなくて済むかもしれません」


 医神本来の力と権威が戻ればアスクレーが死しても簡単に神殿が他の勢力に脅かされることはない。


 次代の医神が現れるまでの間、神殿に関しての全ては国王によって遵守される。


「その方が良いだろうな。あのじじいは今の役職を放り投げる気はなさそうだ。最期まで医神としてあり続けるだろう」


 無駄に責任感の強いじじいのことだ。

 他に強く望む者がいなければ己の役割を最期まで全うするに違いない。


 ブラウンは椅子から立ち上がり、背筋を伸ばした。


「どちらへ?」


 部屋から出ようとするブラウンをルマンが呼び止める。


「そうと決まれば狩猟大会まで日がない。やることは沢山あるだろ」


 狩猟大会の会場となる森には既に魔物が放たれ、魔物が逃げないように結界で囲い込まれている。


 下調べとして自分達が森に足を踏み入れることは今の段階で難しい。

 しかし出来ることも多い。


「そうですね。必ずこの機会に杖を取り戻しましょう。私も病院側の態度には思う所がありまして」


 ルマンはにっこりと爽やかな笑顔を張り付けているが、兄のブラウンから見ればこれほど嘘くさい笑みはない。


 誰にでも愛想よく振舞う弟だがその腹の中は兄の自分が驚くほど黒かったりする。


 同じ両親から育てられ、自分なりに弟も可愛がったつもりなのに何故こうも裏表のある性格になってしまったのだろうか。


「どうしたんです? 行きましょう」


 ルマンは不思議そうな顔をしながらブラウンよりも先に部屋のドアを抜ける。


「あぁ」


 小さく頷いて弟の背中を兄は後ろから追いかけた。

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