第37話 図書館での攻防
「まさかこのような場所でお会いするとは思っておりませんでしたわ」
扇の下で口元を隠してルイーラは言う。
何度かファンコット家でお茶をしているのを見たことがあるが、直接話した記憶はほとんどない。
「そうですわね。私もこんな所でお会いできるとは思っておりませんでした」
この図書館は王宮の敷地内にあり、一般市民の利用は制限されているはずだ。
何故、彼女がここにいるのかとハーディスは疑問に思う。
「兄が来月の狩猟大会に出場しますので直接出場の手続きに参りましたの。私は付き添いですわ」
一か月後の狩猟大会には多くの貴族宛てに案内が配られる。
多くの者は手紙を返信して手続きを済ませるが、神殿に直接手続きに訪れる者もいる。
「それよりも、貴女が何故ここに? 身分を失った者が気軽に足を踏み入れて良い場所ではなくてよ?」
ハーディスを嘲笑うようにルイーラは目を細める。
「家を追い出された貴女にこの王宮の門をくぐる資格はないのよ? 恥知らずね。由緒正しき我が国の王門を汚すおつもりかしら?」
「私がここにいるとこの王城に泥を塗る……そう仰りたいのですか?」
ハーディスは溜息を零して、ルイーラを見やる。
「そう言ってるじゃない」
ルイーラはそう言ってハーディスの手元に視線を落とす。
手元にある厚い図鑑を見てあからさまに眉を顰めた。
そして楽し気に口角を吊り上げる。
「女性であれば本などに夢中になってばかりではなく、女性としての魅力を磨かなくては。だから婚約者に捨てられるのですよ」
アマーリアの友人であるルイーラは勿論、ハーディスを快く思っていない。
当然、アマーリア、ノバン、ハーディスとの関係は筒抜けで今の台詞と態度から全てを知っているのだろうと推測できる。
「全く……」
ようやく、ここでの生活に慣れて正面から喧嘩を吹っ掛けられることもなくなったと思っていたというのに。
ハーディスは溜息が止まらない。
硬くなったこめかみを揉みほぐしながら立ち上がる。
「本を読むことは学びを得ることです。無知のままでいれば恥をかき、損をするのは己です。本を読まない方はそれすらもご存じないかもしれませんね」
ハーディスは本を馬鹿にされたことに対して感じていた怒りを笑顔を張り付けてぶつける。
「恋愛指南書も多くありますから、大変興味深いですよ。そうですね……婚約者を友人に奪われそうになった場合の対処法……なども書かれたものがありました」
ハーディスは図鑑を棚に戻してゆったりとした歩調で歩き出す。
「……何が言いたいのかしら?」
含みのある言い方が気に障ったのだろう。
ルイーラは形の良い眉を吊り上げる。
「私の記憶では貴女の婚約者からの手紙が定期的に届いておりましてよ?」
「どういうことですの⁉」
ハーディスの言葉に衝撃を受けたルイーラは目を丸くして声を張り上げた。
その瞳は焦燥と戸惑いで揺れている。
「よろしければお薦めの恋愛指南書をお教えしますわ。いつでもお声がけ下さい」
怒りで真っ赤になったルイーラの顔が次第に青くなっていく。
ハーディスは真っ青になったルイーラの横をすり抜けて、一度立ち止まる。
「あぁ、もう一つお伝えしなければならないことがありました」
ハーディスは足を止めて肩越しにルイーラを見やる。
「私は今神殿に仕えております。私を罵るのは神殿を冒涜する行為だとご理解下さい」
神殿を冒涜するということは神や天使の概念を否定し、この国と世界をも否定することに繋がってくる。
「貴女の家門も親戚筋に天使様がおりましたわね。その恩恵を子爵家も受けているはずですが。神官が王宮にいることを恥知らずだなどと侮辱したと知れたら恩恵を受けている貴女の家はどうなるでしょうか」
家門もルイーラも少なからず影響を受けるだろう。
嫁入り前の彼女は特に痛い思いをするはず。
彼女の脳内は婚約者がアマーリアに靡いているかもしれないという不安と家門に不利益を被ったかもしれないという恐怖で支配されているだろう。
ハーディスはルイーラが俯いて震えているのを見て少し脅しが過ぎたかとも思ったが、気にしないことにして図書室を後にする。
気持ちは少しばかり晴れやかだった。
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