第14話  誤解

 アマーリアは鏡の前で自分の姿を確認していた。

 手紙の返事を書いて五日経った今日、匿名の男性が訪れることになっている。


 昨晩は早めに就寝し、朝早くから起きて花を浮かべた浴槽に浸かり肌と髪を念入りに磨き上げた。


 悩みに悩んでドレスはお気に入りのピンクのドレス、ネックレスは姉から奪った赤い石を選んだ。大きめのエメラルドのピアスに髪は高く結い上げて花の飾りをつけて華やかに彩った。


 どこから見ても美少女よね。


 十八歳になるアマーリアは年齢よりも少し幼く見える。

 昔からそれを気にしていたが、最近はそれも男達を虜にする武器になることが分かった。


 大人びた姉よりも発育が良かったアマーリアの肉感のある身体と幼さの残る顔が堪らないらしい。


 アマーリアは男に評判が良い香水を吹きかけて、客の到着を待つ。


 そして部屋の窓から外を窺えば、この屋敷に向かって二台の馬車が走ってくるのが見えた。


 きっとあれだわ!

 一体、どんな方なのかしら?


 ドキドキと脈打つ心臓をアマーリアはそっと押さえた。

 そして門の前で停車した馬車から降りてきた男性を見て目を丸くする。


「あの方は!」


 馬車から現れたのはヘンビスタ家の夜会でアマーリアの誘いを断った美しい男性だったのだ。


 端正な顔立ちに黒い髪と赤い瞳、長身で凛とした立ち姿、忘れられるはずがない。


 しかし自分が忘れられなかったのと同じく、彼も自分を忘れられなかったようだ。

 あの夜にアマーリアの誘いを断ったのは致し方ない事情があったのだろう。しかし、誘いを断ったことを深く後悔したに違いない。


 こんな素敵なことってないわ!


 邪魔な姉を追い出してから全てが楽しくて仕方がない。


 アマーリアは顔を綻ばせて、父から呼ばれるのを待ちきれずに部屋を飛び出した。









 ゼルディノはファンコット伯爵家を訪れた。


 ヘンビスタ家でのお礼、そして無礼にも名乗ることもせず一方的に贈り物をした謝罪、名乗りもしないのに訪問を許してくれた感謝をしなければならない。


 ファンコット家の家令に通された玄関で出迎えてくれたのは中年の男性だった。


「この度は訪問を許して下さり、感謝いたします伯爵」


 そう言ってゼルディノは自分の後ろを示した。


「こちらはご令嬢と伯爵へ、訪問を許して下さった感謝と名乗らなかった無礼のお詫びの印です。お受け取り下さい」


「そういうことであれば受け取りましょう」


 プレゼントの多さに目を剥いて驚く伯爵は咳払いをしてゼルディノに視線を向けた。


「名のある貴人とお見受けしますが、お名前を伺いましょう。娘に会わせるのはそれからです」


 恰幅のいい身体で胸を張り、ジェネットは言う。

 確かに、此処まで来て名乗らないのも失礼な話だ。


 仕方がないと思いながら口を開こうとしたその時だ。


「ゼノ様ですよね?」


 正面にある階段から降りて来たのは見覚えのない女性だった。

 濃いピンク色の鳥の羽のようなドレスを纏ってゼルディノに歩み寄る。


 誰だ、この娘は?


「アマーリア、呼ぶまで待っていなさいと言っただろう?」


 アマーリア? 彼女が?


 アマーリアと呼ばれた女性を前にゼルディノは混乱する。

 自分が思っていた女性と全く違う容姿の女性が現れ、ゼルディノは目を点にした。


「ごめんなさい、お父様。でも早くゼノ様とお話がしたくて」


 上目遣いで父親に甘えると、父親は仕方がないと表情を緩める。


「お父様、この方はゼノ様よ。ヘンビスタ侯爵の仕事仲間だと聞いているわ」

「なんだ、そうだったのか。アマーリアはいつ知り合ったんだ?」

「先日の夜会よ。ね? ゼノ様」


 勝手に話を進められても困る。


まるで知り合いのような口振りで言うアマーリアにゼルディノは顔をしかめた。


 それに慣れなれしくその名で呼ばないで欲しいな。


「君がアマーリア・ファンコット嬢なんだね?」

「えぇ、そうよ。今日、会えるのをずっと楽しみにしていたの。嬉しいわ」


 念のためにもこちらにも確認しておこう。


「伯爵、こちらのご令嬢がアマーリア嬢で間違いないのですね?」

「あぁ。私の自慢の娘、アマーリアだ」


 そう言って父のジェネットはアマーリアの肩を抱く。

 ゼルディノは状況を整理するためにこめかみを揉みほぐす。


「申し訳ありません、こちらの勘違いだったようです」


 これ以外ない。


 ゼルディノはにっこりと笑顔を張り付けて二人に言葉だけの謝罪を伝える。

 すると二人の表情は凍り付いた。







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