過去・今・未来から愛の言葉を君に
加藤那由多
第1話『過去・今・未来から愛の言葉を君に』
体育館のマイクに関する噂を知っているか。そのマイクに話した言葉は、言うべきタイミングでスピーカーから流れるという。
当時高校三年生だった俺はその噂を信じて、好きだった
俺は緊張すると頭が真っ白になるタイプだから、きっと告白の時も真っ白になるだろうと予想していた。だから前日にマイクに向かって言ったのだ。
「常盤万美さん。ずっと好きでした。付き合ってください」と。
当日。予想通り、頭が真っ白になり何も言えなかった。
しかし予想と反してスピーカーからは俺の告白の言葉はおろか少しの雑音も聞こえなかった。
結局告白できないまま常盤さんは体育館を後にした。
それから数年後。俺はまた体育館に来た。学校が夏休みなのをいいことに、当時のクラスメートが学校で同窓会をやろうと言い出したのだ。
俺も当時の友達に会いたかったから参加したが、その中に常盤万美を見つけると居づらくなって抜け出した。
俺はマイクに向かって言う。
「俺はお前の噂が嘘だって知ってるんだからな」
この言葉はどの時間の誰に伝えたい言葉でもない。今マイクに伝えたい言葉だった。
「嘘じゃないならなんだよ。俺にだけやってくれなかったのか? 他の理由があったのか? 教えてくれよ」
しかしマイクは何も言わない。スピーカーもあの日と同じく雑音すら発さない。
もういいよ。
俺は壇上から飛び降りると、扉に向かって歩き出した。
『「常盤万美さん。ずっと好きでした。付き合ってください」』
耳を疑った。それは俺の声だった。しかし、どことなく若さを感じる。そう、高校三年生の時の俺の声だった。
「えーっと、なんで私がここにいるって分かったの?」
扉の向こうから常盤さんが顔を出した。そんなの知ってるわけない。
『「常盤さんなら、俺のこと心配してついてきてくれるんじゃないかと思って」』
また声が聞こえた。しかし今度は若くない。もう少し老けた俺の声。それにそれは、俺が言ったことのない言葉だった。
「正解! すごいね。もしかしてエスパー?」
『「まさか。常盤さんは昔から優しかったからね。誰かがついてきてるのは分かってたから、それなら常盤さんなんじゃないかって思って」』
また知らない言葉がスピーカーから流れる。
「そっか。それで、私の事が好きって本当?」
また頭が真っ白になる。なんて言うべきかわからない。しかしスピーカーは何も言わない。今の俺が言わなきゃいけない。今の俺の言葉で。そう言われている気がした。
「…本当だよ。高校生の時から好きだった。今も変わらない」
「なら、いいよ。付き合おっか。ちょうど今フリーだし」
この時の俺の喜びようは、地球上のどの言語でも表せないだろう。
後から聞いた話だが、俺が万美を体育館に呼び出した時、万美には彼氏がいたらしい。つまり、あの時告白していてもフラれていたわけだ。
マイクはそれを分かっていたのか、あの日声を伝えなかった。その代わり、本当に伝えるべきタイミングで告白の言葉を伝えてくれた。本当に感謝している。
俺はまた体育館に来た。マイクに感謝を伝えるため。そして、過去に声を伝えるため。
俺は薬指の指輪を見やると、マイクに向かって声を紡ぐ。
「常盤さんなら…」
過去・今・未来から愛の言葉を君に 加藤那由多 @Tanakayuuto
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