第38話

ゼンのグソクも、

ビョードーに蹴り飛ばされてから

動けなくなっていた。


念のため周囲の安全確認をしてから、

ダルマを降りた俺を含めて研究所のひとたちや、

救急車などがゼンのグソクに向かう。


「助けたほうがいいですか?」


と俺が指示を仰ぐ前に、

コクピットハッチは鈍い音を立てて開いていった。


ゼンはなんとか自力で出られるようだ。

俺は手を出さず見守ることにする。


外に出るとゼンはこちらを見た。

すぐに味気ない形をしたグソクの体を滑り降りて、

なんとか地面へ。


持久走を走りきったような足取りで歩いてくる。


そこにちょうど博士と山寺さんもやってきた。

ふたりを見てゼンは両手を差し出す。


「僕はカインドマテリアルを悪用しました。

自首します、捕まえてください」


博士と山寺さんが顔を合わせた。


山寺さんはゼンの望むとおりに手錠をかけるのか。


博士はその指示を出すのか?

ここで俺ができることはことを見守るしかない。

少し間を置いて、博士はゼンを見つめて言う。


「パワードスーツを脱いでもらえるかな?」


「あ、はい。ごめんなさい。

これを着てたら武器を持ってるのと同じでした。

それにお返ししないといけないものですし」


「とりあえず、

地面に置いてほしい。

無造作にじゃ」


なんか博士の言葉が白々しい気がした。

俺はなんとなくだけど、

悪いことは起きない気がして、

体の力を抜く。


ゼンはそっと、

でも転がすようにパワードスーツを地面に置いた。


世話になったからか、

研究所から盗んだ物だと感じたからか、

パワードスーツを雑に扱わない。


それを待ってから博士は、

まるで今ゼンを見つけたかのような顔を作った。

もちろん演技にもなってない顔だ。


「おお、君は小諸ゼンくんだったか?

ヤサシくんに助けられたのかね」


「あ、はい……」

博士の大根演技に

ゼンは戸惑った返事をした。

博士は山寺さんに話を振る。


「山寺くん、妹の小諸ケイくんから、

ゼンくんの捜索を頼まれていたね」


「はい。ようやく見つけましたね。

ちょうどその妹さんが来たようだ」


山寺さんが言うと、

普段うるさい小清水さんの赤いバイクは、

ゆっくりとやってきた。


後ろにはすぐにでも飛び降りたいが、

バイクから折り方が分からないケイがいる。


「ほら、連れてきたぞ」


小清水さんはまるで子猫を持つような動きで、

ケイをバイクから降ろした。


ようやく地面に足をつけたケイは、

恐る恐るゼンに歩み寄り、

上目遣いで兄を見る。


「お兄ちゃん……。

やっと悪いことをやめたんだね」


「うん、心配かけてごめん」


「悪いこと?

ゼンくんが何かをしたのかい?」


よいよセリフ棒読みになった博士が、

ゼンとケイに聞いた。


俺は空気を読んで笑いをこらえる。

ゼンはだんだんと困ってきたようで、

眉をひそめて言う。


「僕は条約違反のカッチュウ、

グソクを作って街を壊して」


「山寺くん、グソクと呼ばれた

カッチュウのパイロットは、

その後どうしたか分かるかね?」


「今、グソクパイロットが使っていたと思われる

パワードスーツを発見しました。


無造作に置かれていたので、

これを脱いで逃げたと思われます。

パワードスーツについては

研究所に預けますので調査してもらえますか?」


山寺さんの方は演技がうまかった。

本当にそう思っていそうな口ぶりだ。

さすが特殊警察。


ゼンはとうとう困った顔をして自分を指差す。

「えっと、僕はここに――」


「ゼンくん、君は要救助者だ。


本当は石丸研究所の協力者じゃった。

でも技術欲しさにビョードーの組織に拉致、

利用されていたところを

ヤサシくんに発見されたんじゃろう?


ケガもしているだろうし、

ビョードーのもとで

悪い薬を飲まされていた可能性もある。

その証拠に顔色が悪い。


救急車で病院へ運ぶから

治療を受けてほしい。

そのうえで研究所で働く元気があれば、

またお願いしたい」


博士は演技ではなく、

本心を語る真剣で穏やかな声で言い、

頭を下げた。


俺は博士の提案を押すように付け加える。


「もし利用されてたことに

悪いって気があるなら、

街を直すのを手伝ってくれ」


「だって、僕は、

君とあんなに戦ったのに、

許してくれるの?」


「俺は戦っていたつもりはない。

ケンカしてたんだ。


ケンカなんてよくあるだろ?

俺も本気になって手を出したんだ、

お互い様だぜ」


ゼンは俺の声を聞いてうつむき、

ボロボロと涙を流しだした。


「ありがとうございます

……ありがとうございます」


助けは来ない、

救助してもらう方法はないそう思っていたひとが、

助けられたような声で、

ゼンは言い続けた。


そんなゼンの手をとり、

ケイも嬉しそうに涙を流す。


「よかったね、お兄ちゃん」

「ケイもありがとう……」


礼を言ったゼンの声はとても優しかった。

ケイの言う優しいお兄ちゃんってのを

ようやく拝むことができたな。

俺は偉そうに腕を組んでうなずく。


「さて、本当に良かったと

言うには少し早い。

ゼンくんの体が本当に無事なのか

確かめないといけない。


救急車に乗ってもらえるかな?

いろいろと大変だろうから、

ケイくんは付き添ってほしい」


山寺さんが言うと救急車から担架が出てきた。

ゼンは救急隊員さんに軽々と担架に乗せられる。

なんだか年の近い男子だとは思えないほど軽そうだった。


本当に助けてよかったと思う。



「慈善団体施設の下に、

悪の組織の秘密基地があったらしいよ」


「アニメの話か?

今どきそんな典型的なことある?」


「ホントだって、

ニュース見てないの?」


「それよりも、

研究所にダルマさんと

もう一体カッチュウが置かれるって話のほうが

気になるんだって」


なんてクラスの男子が話しているのが、

俺の耳に入った。


学校が再開して、

平和な昼休みもこうして戻ってきた。

のだが、


「ヤサシは研究所でバイトしてたんだろ?

なんか知ってるか?」


「親父さんは

警察だからなんか聞かされてないか?」


こんな感じで俺は、

朝からいろんなヤツに

とっかえひっかえで聞かれていた。


そろそろ疲れてきたが、

俺は考えていた答えを言う。


「騒動があってから、

研究所に来るなって言われてたんだ。

当然あぶねーからだろうな。


父さんは帰ってくるの遅いし、

なにが起こっているのかこっちが知りたいぜ」


わざとらしく方をすくめ、

困った顔を作って俺は答えた。

クラスの男子たちはつまらなそうな顔をするが、

仕方がない。


「そっか。

いくら正義感あふれる脳筋ヤサシでも、

事件解決のために突撃してないか」


「そういうこった。

あと脳筋じゃーねーぞ」


これで納得してもらってるが、

俺は当然全部知っていた。


パンをかじり、外を眺めながら、

山寺さんから教えてもらったことを思い出す。


「ゼンくんの証言から、

隣町にある慈善団体施設の地下が発見されたよ。


ビョードー逮捕ということもあって、

すぐに強制捜査できた。

するとまぁ、

世界中様々な研究所から取られた

カインドマテリアルの道具や、

カッチュウの部品が出てくる出てくる」


「道具に資材がこれだけあれば

グソクを作れるわけじゃ……。


足りなかったのはゼンくんのような

優秀な存在だけ、

それが足りてしまったんじゃな」


博士はその報告を聞いて呆れて納得して、

悔やんでいた。

ここからは博士個人がどうにかする話、

山寺さんは話を続ける。


「もちろん捜査も簡単にはいかなかった。


抵抗されてお互いにけが人も出たし、

懲りずに逃げたヤツもいたらしい。


だけでなく、

ビョードーは慈善団体で

信じられないほど信頼されてて、

その逮捕や地下施設についても、

納得せず警察に反抗しているひとも出てきた。

世の中まだまだ難しいね」


そう苦笑いをした。


山寺さんの顔にはテープが貼られてたり、

爪で引っかかれたような傷もある。


そのせいか余計に疲れてるように見えた。

俺とゼンが生身でやりあってたら、

多分俺にも同じ傷ができてたんだろうなと思う。


「だとしても、

ゼンくんのように利用されていたひとを

保護できたのはよかったよ。


博士の後輩たちのツテで、

海外で活動していた

工作員たちの捜査も進んでいる。


そしてさっきようやく、

前にビョードーが使ってたヘリを、

アメリカに返すことができた」


「ヘリを見つけたときは

エネルギーはすっからかんじゃった。


ビョードーが乗ってなければ、

カインドマテリアルが

うまく働いてくれんかったようじゃの。


ひとまずカインドマテリアルの悪用を

防ぐことには成功じゃ。

本当にありがとう、ヤサシくん」


博士はそう言って笑った。

それでも一〇〇%の笑顔とはいえず、

博士の顔の隅っこには不安がある。


多分『ひとまず』

というところにあるんだろう、

と俺は思った。


これからもカインドマテリアルが

悪用されることが起こるかもしれない。


それをどうしたら防げるのか。

あるいは俺に話さないだけで、

悪用されて、対応中のこともあるだろう。


これからもカインドマテリアルを

巡る騒動は起こり続ける。

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