第37話

「……イヤです。

自分に優しくしようとしてくれたひとに、

恩を仇で返すことはできません」


ゼンは体中に力を入れているような声で答えた。


怖いんだろう。そりゃそうだ。

俺だってビョードーと直に出会ったときは、

信じられない威圧感みたいなののせいで

未動きひとつ取れなかったんだ。


今そんなヤバイヤツが

カインドマテリアルを使った巨大ロボ

――カッチュウに乗っている。

ヤバくないわけがない。


そんなヤバいヤツは、

自分の指示が拒否されたのを聞いて、

首を傾げた。


「ワタクシもイネインさんを

お助けしたと思うのですが、

それについてはどうお考えで?

平等ではないように思えますよ」


「それとこれとは両立します。

平等に、優しくしてくれたひとには

報いる必要があります」


「本当にそうですか?


イネインさんは

ひとに優しくしなくてはいけない、

という教育を受けてきた。


なのに世の中はそうではない。

あなたの優しさにつけ込む方々も多く、

それは不平等だと言っていい。

それを変えたいのでは?」


「だからこそです」


「イネインというコードネームは

『虚無』『からっぽ』

といった意味ですね。


イネインさんがこれを名乗ったというのは

『優しくしなくてはいけない』

という生き方に虚無感を感じていたからだと、

ワタクシは思っていたんです。


ワタクシたちといっしょにする仕事は

充実していなかったのですか?


ワタクシたちは、

恩を仇で返すようなマネはしてないですよ」


「優秀でも仕事に失敗したひとを粛清するのは、

恩を仇で返すのと同義かと」


ゼンが言うと、

ビョウドウグソクの持っていた鉄塔が

振り回された。


ゼンのグソクはなんとか腕でガードするが、

ギリギリ耐えてる感じ。

俺がゼンの援護のために口を出す。


「ビョードーのヤツ、

事実を指摘されて手を出したぞ」


「富士さん、それは違います。


イネインさんは不平等な思考に

洗脳されてしまった。


このままでは利用されてしまう。

それは不幸で不平等です。


だから幸せと平等のために

ワタクシが止めなければいけない。

イネインさん、目を覚ましてください」


「虚無じゃない。

僕は小諸ゼン、

優しい兄でありたいんだあああああああああああ!」


ゼンの気持ちに答えるかのように

グソクが光りだした。


ビョウドウグソクの鉄塔を

押し返そうと腕を押すが、

足払いで宙に浮かされる。


さらにそこにニーキックが入り、

回し蹴り。


「なんでだ!

カインドマテリアルが光るほど

パワーを出してるのに!


なんでビョードーが

それを超えるんだ!?」


俺は思わず疑問を叫んだ。

博士は悔しそうに答えてくれる。


「偽善だとしても

カインドマテリアルは力を発揮する……。


ビョードー本人が

それを優しさと心の底から

認めているのじゃ。


今、優しさの定義を見つけつつあるゼンくんが正しくとも、

ビョードーの自信が強すぎる……」


地面に叩きつけられたグソクは

すぐに立ち上がり、

がむしゃらにビョードーに向かっていった。


グソクはゼンの優しさに応え、

今も光って力を貸してくれている。


だがビョードーはそれを簡単にあしらう。


グソクの大きさは一緒なのに、

小学生と大相撲の力士ぐらいの

力の差があるように見えた。


しかもビョードーは余裕の有り余る声で、

こちらに語りかけてくる。


「おっしゃるとおりです石丸博士。

とはいえ、一点ご指摘いたします。


ワタクシの気持ちは偽善ではありません。

世の中を平等にし、

イネインさんのような

可愛そうな方を救いたいのです。


すべては平等のため。

心の底から世界のためと願っています」


「ホントに口が減らねぇな」


体中が震えるほどの怒りを俺は覚えた。

だがダルマはピクリとも動けない。


俺はどうすればいいか

ビョウドウグソクを強く見つめる。


「じゃが、ビョードーに

カインドマテリアルが力を貸しているだけでも、

ぼくたちの勝ち目は薄いぞ。


あの動きは護身術や格闘術ではないように思えるんじゃ」


博士は危機感と冷静さ半々の声でつぶやいた。

早口じゃないあたりどうにかする方法が見つからないのだろう。

そこに山寺さんの声が聞こえる。


「ビョードー動きの元は

暗殺術の類かと思われます。


ビョードーがゼンくんに利用価値を

感じて手加減していなければ、

とっくにゼンくんもヤサシくんも……」


「いつぞや不審者が言ってた

『代表から教わったケンカ術』

の本物がアレなのか。


俺が今までゼンに有利だったのは

ボクシングや空手、ケンカ慣れしてたからだろうな。


だがそれと暗殺術とやらを比べたら、

そりゃ子供と力士くらいの差がでるな」


俺は見えている状況を認めた。

そのうえで震える怒りを抑えて、

気持ちを切り替える。


勝つ方法はない。

それでも勝つのではなく、

優しくありたい。


「ゼンを助けるんだ! ボディダルマ!

だけじゃない!

ゼンに作られたボディダルマと

合体したグソクも聞いてくれ!


ひとの優しさに応えられないのは

優しさじゃないってゼンは言った!


俺はゼンが身を挺して

守ってくれたことに報いたい。

動いてくれ! 動かしてくれ!」


必死に語りかけた。

普通の機械であれば動かないだろう。だが、


「ボディダルマ発光!

内部エネルギーが想定値を遥かに超えています」


「システムが止まっているのに

ボディダルマが動いています。


マンダラ回路が自己修復

――いえ、増殖!

電子回路を取り込んでいます!」


「なんと……カインドマテリアルが

優しさに応えたというのか」


司令室から信じられないという声が聞こえたが、

難しいことはみんなに任せる。


ダルマの左腕を動かそうとしたが、

やっぱり鉄塔が邪魔だ。


今のパワーなら引っこ抜ける。

ビョウドウグソクと同じように片手で持てるはずだ。


「申し訳ありませんが、

ここで復活するのは不平等です。

今のうちに壊します」


ビョウドウグソクがやり投げのような姿勢で構えた。

鉄塔がまた飛んでくる。


「やめろ――」

ゼンのグソクは槍投げならぬ鉄塔投げを阻止しようと、

ビョウドウグソクに飛びかかった。


だがビョードーはフォームを崩さない起用な蹴りひとつで

ゼンのグソクをあしらう。


「ワタクシ自ら止めを差し上げます!

ダルマさんのお仕事はおしまいです」


「さあああああせえええええええええええるううううううううううかあああ!!」


左腕から鉄塔を抜いた!

左手を地面に叩きつけ勢いで立ち上がる。


俺も似たような動きで鉄塔を構え、

先に投げる。


ビョウドウグソクは左手で、

俺の投げた鉄塔を

ハエでも叩くように払った。


すぐにあっちも飛んでくる。


避けるのは無理だ。

こっちも鉄塔を左腕で防ぐ。


必死に左の拳を可能な限り振りかぶり、

鉄塔にストレートでぶつかった。


鉄塔のほうが細いので

普通は腕に刺さる気がする。


それでも俺はカインドマテリアルなら行けると思い続けている。


「なんと!?

イネインさんの調べでは、

カインドマテリアルはこういうのに弱いのでは?」


さすがのビョードーも驚いた声を出した。

鉄塔はひん曲がり、斜め横に落ちる。


「代表、僕は間違ってたんです。

だから僕が間違っていたことがあってます」


ゼンの言葉に、

ビョウドウグソクの顔がダルマからそれた。


このスキは見逃せない。

絶対にビョードーを止める。

すぐに前に突っ走り、

拳の届く距離にビョウドウグソクを捉えた。


「司令室! アームパンチを使う!」


俺は頼みながら思いっきり拳を突き出した。


だがビョウドウグソクは、

脳より先に体が動くと言わんばかりのバックステップをする。


「上坂くん、至急チェックを」


「はい、アームパンチの稼働が生き返ってます! 博士!」


「よし、発動を承認する!

茅野くん、セーフティ解除を」


「解除、発動タイミングをボディダルマに譲渡。

お願い……」


「ちょっと驚きましたが、

その腕が『伸びる』のは知っていますよ。


そしていちいち許可を取ってたら間に合いません。

不格好なお姿で――」


「誰が『伸ばす』って言った!?

アームパンチ、全弾点火だ!」


ビョードーの余裕の言葉を遮って、

俺は腕を伸ばしたまま叫んだ。


ゼンの作ったグソクのちからを今こそ見せる。

ゼンの優しさを証明する。


ボディダルマの腕――ダイグソクの腕は火を吹いた。

ダルマとグソクを相打ちにさせたときのような爆発を起こす。


だがあのときと違う。

今回はわざとやったこと、

その爆発でダルマは壊れないこと、

そして腕は狙った方向に飛んでいくこと、

ボディダルマなら、

カインドマテリアルなら

そうなってくれると信じていた。


「なんだとぉ!?」


さすがのビョードーも

こんなこと予想してなかっただろう。


余裕のないでかい声を上げた。

爆発で吹き飛んだ腕は、

ビョウドウグソクに向かってまっすぐ進んでいる。


「いっけえ!!

ロケットパンチだあああああああああああああああああああああ!!」


俺はダメ押しの叫び声を上げた。

まさに、昔のロボットアニメの有名な必殺技だ。


当然ビョウドウグソクは避けきれず、

飛ばされた鉄拳はボディど真ん中を直撃。


えぐるように少し手のひらが開いて、

ビョウドウグソクを貫いた。

土手っ腹に風穴が空くなんてマンガでは言うが、

まさにそれだ。


「やっぱり、巨大ロボットといえば、

ロケットパンチじゃ!


ロケットパンチはな、

ボクシングで使えたら有利な技かもしれないと、

漫画家先生が思って生み出された必殺技なんじゃよ!


ビョードーのひとを傷つけるだけの格闘術では、

人々の夢には勝てんよ」


博士も嬉しそうにうんちくを語った。

ちょうどビョウドウグソクは音を立てて倒れ、

ロケットパンチも少し飛んでから地面に落ちる。


少し開いたと思った手のひらは、

またグーに戻っていた。


「ボディダルマのロケットパンチに向かえ!

ビョードーを確保せよ」


特殊警察の山寺さんの声が聞こえた。

たくさんの頑丈そうな車が動き出す。


「山寺さんまで

嬉しそうにロケットパンチって言ってる。


やっぱひとを助けるロボットは

こうでなくちゃな」


そう言いながら俺も

飛ばした腕に向かおうと足を動かした。


だがダルマは疲れたように膝をつく。

視界やセンサーなどは明るく、

周囲を見渡すための首は動くが、

それ以外は動きそうにない。

鉄骨を引き抜く前に出た警告メッセージが

一気に目の前にあふれる。


「お疲れ様。

俺の無茶に応えてくれてありがとう。

あとは任せよう」


それを見た俺はねぎらいの言葉をかけた。

すると木の皮が剥がれたような音がする。


下を見るとマスクが取れていた。

外を見ればもとのダルマの顔に戻っているはず。


「怖い仮面が取れたのなら、

この姿もお役御免だな。

あとで元の姿に戻してもらおうぜ」


俺はダルマに語りかけた。

それからまた自分の飛ばしたダルマの腕の方を見る。


「カインドマテリアル平和利用条約違反、

もろもろの容疑でビョードーは逮捕されました。


パワードスーツはボロボロに砕け、

ビョードー本人は気を失っています。

それでも、この状況でかすり傷ひとつありません」


驚いた声で山寺さんは報告をしてくれた。

俺はホッと一息つく。


「無傷なのは、

カインドマテリアルの、

ダルマの優しさなんだろ。


ダルマが仏様みたいに優しくてよかったな。

反省しろよ」


聞こえてもないだろうが俺はつぶやいて、

次にするべきことのために顔を上げた。


「さて、あとは……。

司令室、ダルマは動けないようです。

指示を下さい」

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