第36話

「ボディダルマ損傷。

頭部の伝達系、

左肩マンダラ回路に活動に支障のでる損害発生」


「グソクから発光現象を確認。

エネルギー値がボディダルマを上回っています!

もう一度あんなパワーで殴られたら……博士!」


オペレーター茅野さん、上坂さんの心配そうな声が聞こえた。


「よい! ヤサシくんとダルマに任せよう」

「責任を取るのは大人の仕事だからな……」


博士の覚悟を決めた声と、

整備の野田さんの苦笑いを含んだ声も聞こえた。


周りの優しさがありがたいと感じながら、

俺はダルマを立ち上がらせる。


二発目、そのあともボコボコにされるつもりだったが、

グソクは力尽きたように座り込んでいた。


「ごめんなさい……。

僕は、僕はね、優しい世界がほしかったんだ」


不良が束になっても俺を張り倒すことはできない。


そのうえ今はダルマが

パワーアップしていっしょにいる。

それをこんなにボコれるヤツ

――ゼンが小学生みたいな声で泣いていた。


まるで無理やり体だけ大人にさせられたか、

逆に心の成長を止められていたようだ。


「やっと本音が聞けたぜ……」


街一つボロボロにして、

大の大人があーだーこーだ言って、

俺みたいな未熟な子供と、

まだまだ謎の多い新技術をこんなに使って、

ようやく男子ひとりの

心を救う最初の一歩になった。


めちゃくちゃ長い時間を使った気がする。


警察官の父さんが

家出少女ひとりを仕事の時間一日分使って助けたり、

フリーライターの母さんが

ひとを傷つけないような言葉選びを

一日中考えていたりしていたのを思い出す。


だがそれほどひとの心は弱くて、

こんなに大きなロボットを使っても

助けるのが大変なもので、

それでも助ける価値があるものだ。


そしてカインドマテリアルは

それに答えてくれる。

グソクが光るほどエネルギーを出しているのがその証拠だ。

俺は大きく息を吐いて、

「これでひとまず――」


「北側に巨大物体!」

「なにか飛んできます!」

「いかん! ゼンくんが!」


いろいろなところから声が聞こえてきた。

俺は多分ゼンが危ないんだなと思って、

とっさに座り込んだグソクに飛びかかった。


カインドマテリアルを壊す

木を引き裂くような音が響き、

俺はジェットコースターが

逆走しているような感覚で、

景色が前に飛ぶのを見る。


ボディダルマは一箇所に集められた瓦礫の山にぶつかり、

ようやく目まぐるしい衝撃が止まった。

胃液が口から出て気持ち悪い。


吐き気を抑えつつなんとか目を見ると、

俺の視線の先に人影があった。


パッと見はボディダルマの改造に使われた

グソクと似ていると思ったが、

すぐに違うと分かる。


まるで社会人のスーツのような四角い体には、

紳士的にネクタイのような柄もあった。


そしてその顔は笑顔だ。


たまにテレビで紹介される

接客用のロボットっていうなら分かるが、

明らかにそんな使い方をしないロボットが笑顔なのは、

怖いまである。


もちろん一番怖いのは

右手に持った鉄骨の塔だ。

山に電線を通すのに建っていたやつを

引っこ抜いたんだろう。

送電塔っていうんだったかな?


その送電塔はもう一本あって、

それがボディダルマの左肩に突き刺さっていた。


「ボディダルマの左肩に甚大なダメージ!

損害不明!」


「左肩のダメージの衝撃で

他のシステムにも障害発生。

手も足もマヒ状態です。

修復プログラムも受け付けません」


「不意打ちとは不平等だろ……」


あのグソクを動かしているヤツに覚えがある俺は、

精一杯の強がりを言った。


だがそいつは特に気にせずにグソクで歩いてくる。


「富士ヤサシさん、

これは気が付かないほうが

悪いと思います。


ワタクシも気が付かれないように

動く努力はしていますし、

そちらも隠し事が多いのはむしろお相子、

平等かと思います」


「代表……。

ビョウドウグソクの形も顔も

僕が準備していたのと違います。

しかもナナシグソク、

いえ、ダイグソクよりも動きがなめらか」


ゼンは驚きと怯えで震えた声で聞いた。


あれもこれも、

ゼンにも知らせていなかったことだったんだろう。

やっぱ不平等じゃねーか。


「ああ、イネインさんには

そちらののっぺらぼうさん

――キョムグソクを急いで作ってほしかったんですよ。


なのでワタクシのビョウドウグソクのために

作ってくれてたパーツを、

こちらで加工してから組み立てをしたんです」


「ほうれん草くらい守れよ、

社会人の常識とやらじゃねーのか?」


「イネインさんの仕事に支障が

あればお断りをいれています。


ですがイネインのお仕事に影響はなく、

それでいてイネインさんがお忙しいのであれば

事後報告はやむ無しかと」


「でも、格納庫は僕が使ってて、

どこで作業を……?」


「みなさんがダルマさんとキョムグソクに

気を取られている間であれば、

外で堂々と作業できますよ。


それにマニュアルどおりにすれば、

誰でも簡単に作れる仕組みや設計が

素晴らしかったので、

できたことです!


もちろん特殊警察の方々にはお引取り願いましたが」


「山寺くんが言っていた不審な

トレーラーはこれだったか」


博士は悔やむように言った。


博士がこんな状況でなければ

見破れたことだったのだろう。

ビョードーはこちらにゆっくりと歩きながら話を続ける。


「ですが、あまり平等な見た目ではなかったので、

そこは修正しました。

仕事をするからにはスーツでしょう。


そしてみんなに優しく笑顔!


不平等への怒りも

よかったかもしれませんが、

それで平等を勝ち取れなかったのなら、

笑顔のほうが良いかとワタクシは思いました」


まるでプレゼンテーションでもするかのように散々語り、

近くに来るとビョウドウグソクは足を止めた。


俺は時間稼ぎのために

ビョードーへ思っていたことを投げつける。


「そもそもなんでビョードーが

カッチュウを動かせるんだ?


カッチュウはみんながみんな

動かせるもんじゃねーはずだぞ」


「動きについてはイネインさんの仰る通り、

ワタクシに合わせてモーションキャプチャーを調整しました。


ワタクシと組織のみなさまは平等ですので、

ワタクシに合わせて調整しても動かせるでしょう」


「じゃなくて、

カインドマテリアルへの適性ってやつだよ!

優しいヤツしか動かせねぇんだよこれは!」


「そんな大嘘を……

いえ、失礼いたしました。


富士さんのおっしゃることは本当でしょうね。


ワタクシのように

世界のみなさまを平等に扱おうという存在が、

優しい存在でないわけないじゃないですか!」


くっそ、ビョードーのやつ、

これじゃ絵に書いたような悪党じゃねーか。


堂々としすぎてて言い返す言葉がでてこねぇ。

俺は歯が折れそうな力で歯ぎしりをした。


カインドマテリアルはその優しさが、

本物が偽物か分からないって博士は言ってたが、

あれも分からねーのか。


いや、逆にビョードーが自信満々で

まったく自分を疑わないほど思い切っていたら、

逆に信用しちまう。


そういうことか、

カインドマテリアル?


「さて、苦戦していたようなので、

ワタクシがお膳立てをいたしました。


イネインさん、

向こう側の洗脳に負けてはいけません。

ダルマさんに勝ち、

取られた部品と平等を

その手で取り戻すんです」


油断か余裕か、

ビョードーはゼンにとどめを

刺させるつもりらしい。


俺は黙って様子を見続けた。


「博士! ダルマが! ヤサシくんが!」


「脱出装置が作動できません!

パワードスーツのちからでこじ開けさせますか!?」


「いいや、今不用意に

ダルマの外に出るほうが危ない。


ビョードーであればひとをためらいもなく

ヤサシくんを握りつぶすだろう。


パワードスーツがあったとしても、

質量に差がありすぎる。


前にゼンくんを説得して止めたようにはできぬ……」


オペレーター上坂さんと茅野さんの

ほぼ悲鳴と言っていい言葉に、

博士は冷静、

いや怖いと感じていそうな声で答えた。

俺はそこに口を挟む。


「脱出できなくていいです!

俺はここで、ゼンの答えを待ちます。


ゼンがどう判断するのかを

見届けなくちゃいけない。


知らずともゼンの居場所を横取りした

俺の義務みたいなものなんです!」


「富士さん、素晴らしいお覚悟です。


さすが、ダルマさんを

動かせるだけのことはありますね。


というわけです、イネインさん。

ダルマさんにとどめを刺しましょう。

武器が必要ということであれば、

これを使いますか?」


俺の言葉にビョードーは

嬉しそうな声を出した。

そしてゼンのグソクに、

ハサミでも貸すように持っていた送電塔を差し出しす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る