第32話

「あのコーロは神谷研究所という

ぼくの仲間三人が所長をしている場所にあったものじゃ。


ビョードーの組織に襲われたとき、

必死になって所長のひとりの山田が持ち出したものじゃよ」


俺は説明を聞いても固まっていた。

山田さんが研究所所長のひとり?


いやそんなことより、

俺はカインドマテリアルの大切なものを

運んだことは自覚していた。


だけど、ここまで大切なものだと思ってなかったぞ。

固まる俺に博士は説明を続ける。


「本当は一箇所にコーロふたつ置くのは条約違反じゃが、

今は特例で置いておる。

事が落ち着いたら神谷研究所に戻す予定じゃ」


俺が聞きたいのはそれでもなくて、いや違う。


聞きたいことがあるわけじゃなくて、

俺が大変なことをした気がして、

その事実を受け入れられていないだけか。


俺は深呼吸をして、

ようやく顔の筋肉をほぐす。


「俺がやったことは、

間違ってなかった。

カインドマテリアルの役に立ててよかった」


「うむ。ヤサシくん、見てほしい。

カインドマテリアルは生み出されるとききれいに輝く。

エネルギーを発するときも同じじゃな」


博士に言われた通り、俺は目を向けた。

ネットのニュース記事の写真、

軽トラの幌で見た光、

ダルマやグソクが力を発揮しているときの光、

それらと同じようにコーロが輝いている。


「それはひとの強い優しさを感じたときじゃ。


ヤサシくんがこれを持ってきたとき、

リッカやショクダイも

カインドマテリアルを発生させるほどの光を発した。


そのとき思ったんじゃ、

ヤサシくんならカインドマテリアルをうまく、

正しく使ってくれるとな」


カインドマテリアルを使った道具は使うひとによって、

エネルギーの出方が違った。


俺が初めてパワードスーツを使って発掘作業を手伝ったとき、

野田さんや関さんが驚いていたことからも分かっていた。


その理由がまさか、

ひとの気持ちに左右されるからなんて

思いもしなかった。


それも優しさなんて

ひとによって考えがバラバラなものが影響してる。


「ですが、その理屈じゃ

説明できないことがありませんか?


ゼンが街を壊すことに使えた理由や、

ビョードーのようなヤツら、

カインドマテリアルの道具を使えてることとか」


「そうじゃな。ぼくも驚いていたよ。

じゃけど、カインドマテリアルは

『偽善』『本人の独りよがりの優しさ』、

気持ちが利用されていたときにも

力を発揮してくれるようじゃ。


まるで善悪の区別の付かない子供じゃな」


博士は説明をしながら強く、

優しく、俺の方を見た。

周囲の道具も文字通り

博士の気持ちに反応して光っているのだろう。


「富士ヤサシくん、改めて頼みたい。

ダルマを使って君が正しいと思う優しさを、

ゼンくんやビョードーに教え、

グソクを、カインドマテリアルの悪用を止めてほしい」


「はい!

俺はカインドマテリアルの、

ひとの優しさを信じるためにここにいます」


俺がハキハキと答えると、

博士より先に周囲のカインドマテリアルが反応をした。


光の雪か、ホタルみたいに周囲に光の粉が舞い始める。


光はショクダイに集まり、

みるみるうちにカインドマテリアルの塊になった。


俺がここで博士と話しをしているだけで、

ダルマを修理してもう一体カッチュウが作れるんじゃないかと思うほどだ。


「ありがとう。

君に守られたコーロも力を貸してくれるようだ。

こんなにも早くカインドマテリアルが出来上がるなんて、

ぼくも初めて見る」


博士が出来上がったカインドマテリアルの円柱を

手に取ろうとしたが、


「運びますよ。

軽いってもこれからダルマの修理が大変なんですから、

これくらいは手伝わせてください」


俺がささっと持ってトロッコへ積み込んだ。

するとすぐに空いたショクダイにまた光が集る。

そばではすでにもう一本ができあがっていた。

そちらにも手を伸ばす。


「こっちも取っていいです?」


「うむ、すまないねぇ。


こちらには文字通り素材の供給源があるのに、

修理が追いつかないかもしれぬ。


カインドマテリアルの平和利用条約には、

一国あたりのカッチュウ保有数制限が

一体と決められておるからの。


予備機や修理用のパーツも制限されてて作れぬし、

抜け道として換装機能もあったが、

救助活動用のケサでは打ち合いに勝てぬ。


それにグソクの扱いについても

今議論されておるから、

上の決定しだいでは

即時優先的に解体もあり得る……。


そうしたらダルマの修理に余計に時間がかかって――」


博士は早口で考えをつぶやいた。

聞き慣れない言葉も多かったが、

俺は博士のつぶやきを聞いて、

思ったことを言う。


「だったら、グソクのパーツを使うのはどうです?

なんかバラしやすいって聞いたんで、

逆に組み立ても簡単なんじゃないかって

思っちゃうんですけど?


ほら、同じカインドマテリアルで作られてるなら、

相性もいいかなって」


俺は何気なくつぶやきながら、

カインドマテリアルの円柱をトロッコに積み終えた。


振り向いて博士の方を見ると、

博士が口を開けたまま固まっている。


「博士?」


「そうか。なんでそんな単純なことを

思いつかなかったんじゃ」


言いながらどこからともなくタブレットを取り出し、

格闘ゲームをしているような

素早い動きで指を動かし始めた。


驚いた顔からだんだんと心底楽しそうな、

新しいおもちゃの箱を開ける子供のような顔になっていく。


「グソクの装甲を上乗せても重くはならぬ。

いいパワーアップじゃ。


一から作る必要がありそうと思ってた腕は、

グソクのものがあるから丸々そのまま取り付けよう。


そもそも腕は神谷研究所で

作られていたものを流用していた。

であれば、山田に協力してもらえば早いし、

加工に苦労はしない。


そうすればアームパンチを修理してこれも使える。

顔の破損が多いなら

グソクの顔を一部マスクにしてつければいい。


これなら胸部を修理してケサを着せれば

最低限の防御力を確保できる。


ヤサシくんならば

見た目以上の防御力を発揮できるし、

槍のような突起物での攻撃がなければいいし、

そんなものそうそう飛んでこない」


「石丸くん、

ここは考える場所じゃないぞ」


「富山さん、でしたよね?」


博士の早口に水を指した声を聞いて、

俺はその声の主を確認した。


俺が軽トラ――コーロを研究所に運んだときに、

後ろ姿ばかり見えていた研究者さんだ。


「久しぶりだね、富士ヤサシくん。

ぼくは富山だ。

ここのゴホンゾンの管理をしている」


富山さんが握手を求めてきた。

俺はすぐに応じる。


っていうことは富山さんは、

カインドマテリアルの秘密を知っている数少ないひとり、

影の所長ってことか。


俺とあまり話ができなかったのは、

そういう理由もあるんだろうな。

富山さんの温かい手を握って俺はそう思う。


「ふたりの大きな声のおかげで、

事情は分かった。


カインドマテリアルを運ぶのは

ぼくに任せて石丸くんはダルマの修理を頼む」


「そうじゃった。頼みますぞ富山さん」


博士がペコリと頭を下げて、

俺も合わせて頭を下げた。


博士の様子からして、

富山さんは博士より偉いのかもしれない。


「ヤサシくん、

ゴホンゾンとぼくのことを知らないのに、

必死に守ってくれてありがとう」


俺たちが頭を上げると、

代わりに富山さんが頭を下げた。

俺はオロオロと返事をする。


「いえ、俺はことの重大さなんて

何も知らなかったのに、

ただ必死だっただけで」


「それでいいんだ。

ぼくも石丸くんと同じ気持ちだ。

よろしく頼むぞ」


顔を上げた富山さんは仕事を引き継ぐような声で言った。


「はい」

俺は今度はちゃんと返事をした。

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