第31話

「見せたいものがあるって、

採掘所にあるんですか?」


「うむ。ここから先は

ヤサシくんが行ったことのない、

研究所北側の地下エリアじゃ」


博士に案内されて、

俺は荷物運搬用トロッコに乗った。

そのトロッコに乗っていると

不思議に思うところがある。


研究所でバイトをしてから、

俺はいろいろなところに引っ張りだこにされたが、

トロッコは知らない道を進んでいた。


さらに通っている道に全然ひとがいない。

崩落を防ぐ工事がちゃんとしてあるので

レールだけを敷いたということはないだろう。


「以前にぼくは、

地下北側には採掘工事中の現場がある

という話をしたじゃろう? 


その地上でカッチュウが

動き回ると崩落の危険があったり、

精密機械が壊れるとか言った気がするんじゃが、

覚えておるか?」


「もちろんです」


「一部はウソじゃ。

ウソを教えた場所を必死に守らせたことを謝る。

申し訳ない」


博士は説明をして、

トロッコを操作しつつも軽く頭を下げて謝った。

俺は首を振った。


「いえいえ、とんでもないです。

実際にひとや物が危なかったわけで、

それなら必死に守ったことに後悔とかないです」


「そう言ってもらえるとありがたい」


助かったと思っているような、

息の混じった声で博士は言った。


博士はけじめをつける必要があると言いたげな、

芯の太い声で話を続ける。


「じゃけど、情報を隠していた、

嘘をついていたとあっては、

ゼンくんの言う平等に対して言い返せぬ。


だからせめてヤサシくんには

真実を伝えたいと思ったんじゃ」


「でもそれ、大丈夫です?

怖い話とかないですか?」


俺は少し不安になって聞いてしまった。

俺は肝試しとか怪談話とか全部断ってるんだけど。


「カインドマテリアル平和利用条約の

秘密にかかわることじゃ。

そういう意味では怖いかもしれぬ」


博士は怯えた俺を茶化すように言った。

そんな言い方で見せれるモノじゃなくね?


「大丈夫じゃよ。

突拍子もなさすぎて誰も信じぬ。


ヤサシくんなら信じてくれるし、

もしヤサシくんが勢いで言ってしまっても問題はなかろう。

信用しておるんじゃ」


「そういうことでしたら……」


博士の説明を聞いて俺は煮え切らない返事をした。

博士は思っていた通りのリアクションだと笑う。


ちょうどそこで俺たちを載せるトロッコは、

銀行の倉庫みたいな厳重な扉の前で止まった。


博士は端末にカードキーを通し、

視力検査をするような顔で画面を覗き込み、

さらに扉の前で拝むように手を合わせる。


「シュラッダーダーナ」


まるでお経のように博士は言葉を口にした。

俺は慌てて、博士と同じように手を合わせて

同じことをやろうとするが、


「ヤサシくん、

これは認証キーじゃ。


カードキー、網膜、動作、声紋と音声キーで

開くようになってるだけじゃから、

ヤサシくんはやらなくていいんじゃよ」


「そ、そうでしたか、あはは」


俺は恥ずかしくなって

笑ってごまかそうとした。

顔も真っ赤になって暑い。


博士だけが見ていたと思いたい。

だけど、こういうところには絶対に、

ひとつやふたつだけじゃない監視カメラがついているだろう。


トラブルがあってその映像を確認することがないよう、

俺は別の意味でお祈りするしかない。


厳重な扉が時間をかけて開くと、

SF映画の秘密基地のような道を進んだ。


いや博士が秘密の場所と言ったんだから、

本当に秘密基地なんだろう。


そしてトロッコはすごい眩しくて、

広い部屋――ドームに出た。


天井にはアンテナのようなものが

びっしり埋め尽くされていた。


まるでテレビで見た素粒子の実験をするような施設、

SF映画に出てくる目に見えないコンピューターのようだ。


それ以外もすごい。

トロッコが通る以外の場所は

ろうそく立てのような物がところせましと

きれいに等間隔に置かれていた。


なんでろうそく立てと例えたかといえば、

ろうそくのようにカインドマテリアルの円柱が置かれているから。


そしてドームの中央、

トロッコはゆっくりとその物体の前に停まった。


「えっと、浅草寺にあるでかい煙を出すやつ……?」


俺の乏しい知識では、

そう例えるしかないものがふたつ置かれていた。


「香炉じゃな。

これを初めて発見した敷島博士も、

ヤサシくんと同じ例えをしたよ。


我々カインドマテリアル研究者でも

『コーロ』と呼んでいる。


周りのはろうそく立てみたいだから『ショクダイ』


それと上のアンテナみたいなのは

お花のように並べるから『リッカ』


全部集めて仏壇に置く道具からとって

三具足なんて呼んでおったが、

これらの道具が最重要機密として指定されたとき

こう呼ばれるようになった

『ゴホンゾン』とな」


俺は博士の説明を黙って

聞いているしかできなかった。


間抜けにも俺は口をぽっかりと開けている。

ダルマが作られたときと同じように、

あまりに現実離れした存在を

理解するのに時間をかけている。


「説明が長くなってしまったが、

カインドマテリアルのことで

いちばん重要なのは間違いなくこれじゃな。


すぐそばのショクダイを見てほしい。

ぼくが説明しなくても、

何が起こってるか分かるじゃろう」


博士に言われて俺は直ぐ側の

ショクダイとやらに目を向けた。

こうして見るとこっちもでかい。

オリンピックの聖火台かよって言うくらいだ。


そんなでかいろうそく立てを見ていると、

だんだんとホタルのような光が集まりだした。


その光は前後左右上から

吸い寄せられるように集まってくる。


光がろうそく立てに集まり、

円柱の形を作って、

俺の見覚えのある物体になった。

俺がここにいる理由。


「カインドマテリアルだ……。

たまに発掘されたでかい塊ってこれだったのか」


「もちろんカインドマテリアルの全部が

全部を取れるわけではない。


埋まっているものもかなり多いんじゃよ。

それどころか、このカインドマテリアルの生成には

ムラがあって、安定しないから、

掘ったほうが早いわけじゃ」


「無限に作れるわけじゃないってことか」


「そのとおりじゃな。

今ぼくたちがいる設備は、

カインドマテリアルを効率よく取る方法を

模索している実験施設なんじゃ。


ぼくが言った『精密機械』というのは

これを指しておる」


「じゃあ、どうやったら

カインドマテリアルが作られるか、

分かってないんですか?」


「カインドマテリアルは

ひとの優しさを物質化し、

エネルギーにする」


「優しさを?」


急に魔法みたいなことを博士に言われて、

俺は聞き返して固まった。


博士はそんな俺のリアクションを

想定していたように涼しげに笑う。


「誰も彼も、

そんなロボットアニメみたいな理屈

信じられんかったが、事実じゃ。


リッカでひとの優しさを集めると、

コーロが光ってエネルギーが発生。


それをショクダイに集めて

カインドマテリアルの塊に変換する」


「じゃあ、そのコーロがいっぱいあったら、

カインドマテリアルもたくさん作れるんです?」


「そうは問屋が卸さない……

コーロを卸してくれる問屋が誰か分からんけど、

そこまで都合は良くなかった。


コーロはひとの力で

どれだけ調べても作ることができぬし、

壊したら元通りにならないんじゃ。


数に限りがある。

壊されるのはなんとしても防ぎたい。

悪用なんぞもってのほかじゃ」


「そうですよね……。

なら存在自体を秘密にするのも分かります。


そりゃ悪人が必死に探し回るわけだ。

ひとの優しさに付け込んで

カインドマテリアル作り放題だもんな。

守らないと」


俺はさらに身が引き締まる思いがして、

両拳に力を入れた。


ビョードーがここにある道具を全部手に入れたなら、

慈善団体を使ってカインドマテリアルを作りまくるはず。


慈善団体を作ったのもこれが狙いか?

いや、カインドマテリアルが

作られる理屈は秘密にされてる。


知っても博士の言う通りなかなか信じないから、

偶然だろうな。


「だからぼくたちはありがたかった。

なにも知らせていないヤサシくんが、

本気でこれを守ってくれたからのお」


「いえ、俺は研究所とか街とかひとを守るために、

ダルマに乗っただけですよ。

それが偶然ゴホンゾンを守っただけで――」


「それよりも前からじゃよ。

ヤサシくんは、仏具店の名前入った軽トラを

研究所まで運んでくれたことがあるじゃろう?

実はあの中身があれじゃ」


博士が指さした先を見て、

俺は目を見開いた。


その先にはひとつのコーロがある。

俺が説明を求めるまでもなく、

博士はゆっくりと説明を始める。

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