第30話

次の日、俺は指示を受けて研究所ではなく、

ダルマとグソクでケンカした場所へ直接やってきた。


警備のひとに案内されて、

俺は昨日から動けずにいるダルマの元へ歩く。


ダルマの周りでは、

建物の補修作業のように足場を組んで作業をしていた。

カッチュウは見た目以上に軽いっても、

あんなでかいものそうそう動かせないよな。


「おはようございます。野田さん」


修理作業を指揮する

整備の野田さんを見つけて、俺は挨拶をした。

野田さんは髪がボサボサで目がやや赤くなっている。

そんな目を俺に向ける。


「富士、よく来てくれた。

早速だがパワードスーツを着て、

ダルマに乗って欲しい」


「もう動けるんですか?」


「博士いわく

『ヤサシくんならなんとかするから任せたい』そうだ。

博士が直接指示をするから、

乗り込んだらそれを聞いてくれ」


「分かりました」


整備担当なのに野田さんは、

なにをするのか分かってなさそうだ。


それでも俺は指示に対してはっきり返事をした。

野田さんの指さした、

アクション映画に出てきそうなトラックに乗る。


中には格納庫と同じように

パワードスーツが置かれていた。


格納庫と同じように自動で着せてくれる。

パワードスーツを着て外に出ると、

すでに足場が撤去されつつある。


なので俺はダルマの体をジャンプで登った。

俺が出た非常口はすでに閉じられていたので、

いつも通りの出入り口でコクピットへ。

ドウマルをつけるとすぐに通信が入る。


「おはようヤサシくん、

早速だがグソクを起動させる。


石丸カインドマテリアル研究所の石丸タスケが起動を許可する。

カッチュウ一号ダルマ、チッタ・エーカーグラター」


――カッチュウ一号ダルマ起動します。網膜投影開始。

ドウマルを持ち上げます。

モーションキャプチャーはパイロットへ。


ちょっといつもと違う音声が聞こえると、

視界がひらけた。

だがヒビの入ったメガネ越しにモノを見ているように、

視界には亀裂が入っている。


「こうして見るとひでぇな」


俺はダルマの目を通して

周囲を見渡してつぶやいた。


何度もしたケンカと昨日の爆発で、

ダルマの周りは大災害の跡地のようだ。

そして真正面にはダルマと同じように

足場が組まれているグソクが力尽きている。


「グソクのヤツもなんだかかわいそうに見えるな」


「そうじゃのぉ。

じゃけどまずはダルマのことじゃよ、ヤサシくん」


「はい。指示をお願いします」


「まずは、カッチュウ用トレーラーを

ダルマの近くに寄せる。

ヤサシくんはトレーラーの荷台に

ダルマを膝立ちさせてほしいんじゃ。


膝立ちができなくてもなるべく安定した座り方か、

できなければ寝かせてもいい。

とにかくダルマをトレーラーに乗せてほしいんじゃ」


「分かりました……

って、当たり前だけど動きが悪いな」


早速俺はダルマを動かそうとした。

が、ダルマは筋肉痛にでもなったかのような動きの悪さだ。

いろんな警告が出ては消え出ては消えを繰り返す。


「ヤサシくん、ダルマに鞭打つのではなく、

ダルマを励ますように気合を入れるんじゃ。


科学者としてどうかと思う指示じゃろうが、

ここは信じてほしい。

ロボットは努力と根性じゃ!」


「いくら富士がカインドマテリアルで

分からん現象を起こすからって、博士は本気か?」


博士の指示に対して、

野田さんの引いた声が聞こえた。


とはいえ、

他に方法がないならそうするしかない。


不思議なことを起こすカインドマテリアルなら

なにかあると、博士は考えてるんだと俺は思う。


俺は目を閉じて深呼吸。

起動コードの『チッタ・エーカーグラター』というのは

『集中する』とかっていう意味だったはず。


少年漫画みたいだが、

意識を集中してダルマとカインドマテリアルに語りかける。


「ダルマよ。

俺たちはまだやることが残ってる。


そのためには修理して貰わないといけない。

大ダメージを受けてつらいだろうが、

少しでいい、動いてくれ。


俺たちに期待してくれているみんなのために、

助けなきゃいけないひとのために、

ダルマよ、力を貸してくれ」


俺がダルマに声をかけていると、

段々とコクピット内が暖かくなっていくのを感じた。


初めてダルマに乗ったときと似たような暖かさだ。

なんだかいける気がして、

ヨガのようにゆっくりと呼吸しながら動かしてみる。


「動いた……?

電子回路が切れて動かない箇所もあるんだぞ。


もしかして、カインドマテリアルは

博士と富士の根性論が通用するのかよ」


野田さんが信じられないというより、

呆れたような声でつぶやいたのが聞こえた。

対して博士はなにか言うかと思ったが、何も言わない。


動いたとはいえ、

ダルマは病人のようなダルそうな動きだった。


それでもなんとかダルマは

トレーラーに乗って座ってくれる。

ヨガのようにと意識しすぎたせいか、

あぐらをかくような座り方になる。


「よし、ありがとうなダルマ」


「うむ、ありがとう。

ヤサシくん、ダルマもな。


石丸カインドマテリアル研究所の石丸タスケが起動停止させる。

カッチュウ一号ダルマ、

シャーンティッ、シャーンティッ、シャーンティヒ……。


ヤサシくんはダルマから降りてほしい」


博士も俺と同じようにダルマに礼を言った。

そのあとの言葉はまるでダルマに休むよう語りかけているか、

祈りの言葉に聞こえる。


「まるで仏様っすね」


トレーラーの運転席から作業員の関さんが顔を出して、

のんきにつぶやいた。


急いで作業をしたほうがいいと思うのに、

野田さんたち整備員のみんなはダルマを呆然と見ている。

未だに動いたことが信じられないようだ。


なんだか博士ひとりだけが、

ダルマが動くだろうと分かっていたように思える。

そして博士は間違いなく、

その理由を分かっていた。


俺がダルマから降りた音で、

ようやく野田さんたちが動き出した。


研究所に運ばれていくダルマを見て、

「ああ、たしかに大仏様だな」

と関さんと同じことを思いながら見送った。


すると入れ替わりで

別のトラックが俺の近くにやってくる。

そのトラックは俺の近くに一旦停止した。


すると博士が顔を出した。

ここから指示出しをしてたのか。


「ヤサシくん、お疲れ様。

ダルマの修理には相当かかるうえに、

どう修理していいか検討もつかん状態じゃ。


その間ヤサシくんは、

できれば休んでいてほしいんじゃが――」


博士が言うが、俺は首を振った。

博士は眉をひそめる。それでも俺は言う。


「こんな状況で居ても立っても居られないです。

けど博士の言うことも分かります。

なので、これからする作業を見学させてほしいです」


俺はパワードスーツのヘッドセットを取って頭を下げた。

顔をあげると博士は思ったより困った顔をしていない。


「分かった。

ゼンくんのことも気になるじゃろう。

これからするグソクの回収作業の見学を許可しよう。


少し待っておるから、

パワードスーツを脱いでこっちのトラックに乗ってくれ」


「ありがとうございます」


   #


ダルマの応急修理に使われていた足場は、

そのままグソクのほうへ移されていた。


ありったけの道具を持った作業員さんたち、

建設作業用の重機もやってくる。


「近くで見るとひでぇ壊れ方だな」


俺はグソクを見上げて眉をひそめ、つぶやいた。


苦戦したグソクの右腕は吹き飛び、

遠くに転がっていたらしい。


その右腕は今ちょうど研究所に運ばれていくのが見えた。


爆発を受けたボディも黒焦げになっていたり、


瓦のような鎧は剥けて曼荼羅模様の回路がむき出しだ。


このマンダラ回路は人間で言うと血管だから、

そう例えると俺の胃がツンツン刺激される。


当然足もボロボロで、

グソクの体を支えられるような状態ではない。


それでもゼンが大事にしている顔は残っていた。

とはいえたくさんのヒビが入り、

消火の際にかけられた水が涙のように流れている。


「こいつも被害者なのかもしれないな」


「そうじゃの。

まるで落ち武者みたいじゃから、

ちゃんと保護してやらんと」


俺の言葉に博士も同意してくれた。


だけど、博士は俺以上に思っていることがあるんだろう。

俺よりも優しい言い方をする。


「保護っても、どうするんですか?

俺が乗って動かす……んだったら、

俺にパワードスーツを脱ぐよう言わないですよね」


「茅野くんの調べで、

こっちの仕組みでは動かせないことが分かっておる。


他の研究所で作られたOSというのも含め、

ゼンくんはかなりシステムをいじったようじゃ」


「グソクを作ること、

動かす仕組みを作ること、

動かしたこと、

ゼンはひとりでやったのか……。

本当にゼンは優秀で、

グソクもすごいカッチュウなんだな」


「じゃが、せっかく作ったグソクも

こんなことになっておる。


仕方ないがグソクは解体して運ぶことになった。

かんたんにバラせればいいのじゃが、

解体に手こずるようなら関節ごとに爆弾で――」


博士がイヤな顔をしながら説明していると、

二本腕の重機が左腕をつかんで取った。

俺も博士も目を丸くして見る。


「博士、左腕の分離に成功しました。

どうやらおもちゃのブロックのように、

取ったりつけたりすることを

最初から想定して設計されているようです」


「そんな簡単に……?

いやカインドマテリアルは

今までの合金やらの理屈が通用しない。


それにゼンくんはおもちゃのブロックを使って設計をしていた。

加工が簡単で、おもちゃの設計を参考に作られたのなら

生産、メンテナンス、カスタマイズなどが

ひとりでできた理由としては納得できるか?」


博士は早口で考えをつぶやいた。

俺は博士の言うことは分からんが、


「ゼンはやっぱりすごいやつなんだな。

そのうえで優しいやつなんて、

この世の中に絶対必要な存在だ。


そんなゼンが悪いことに

利用されてるなんておかしいぜ。

カインドマテリアルがみんなのために使われてない

ってゼンは言ってたが、

あれは多分ビョードーの理屈だ。

なんもかんもが間違っている」


俺は右の拳を左手にぶつけて苛立ちを抑えた。


できることなら拳でぶん殴りたい。

俺の手では届かないかもしれないが、

ダルマの手を借りてでも殴りたい。


もちろんそんなことはできないだろう。

だがそれほどの怒りを感じる。


博士はそんな俺を見て、

同じ気持ちなのか深くうなずく。


「……そうじゃな。

ヤサシくん、この作業が終わったら、

見せたいものがある」


「はい。ですけど、

ダルマの修理もしなくちゃいけないのに、

いいんですか?」


「ダルマの修理に関係することでもある。

じゃけど、ぼくなりにケジメというか、

ヤサシくんの善意に応えなきゃならないと思ったんじゃ」


博士の言うことに俺ははピンと来なかった。

だがなにか決意みたいなのを感じる。


そんな博士の言葉に、

俺はただ頷いて答えた。



(次はない。

いくら組織のために、世の中のために、

平等のために頑張っても、

成果がでなければ罰を受ける。


これじゃ今までと変わらない。

どこに行っても同じだったな)


ゼンは曇った目で考えながら、

黙々と3Dプリンタを操作していた。


出力されたグソクの部品は

倉庫に所狭しと並べられており、

二体分の部品がある。


(それでもひとに優しくしなきゃ、

生きる価値がないって言われてたんだ。

周りは僕に優しくしないけど、

僕は優しくしなきゃいけない。


だからせめて、

自分の得意分野でひとのためになることをしたい。

できなかったけどね)


ちらりと作業台の方を見た。

そこにはおもちゃのブロックで試作したグソクがふたつ。

それと飲み干したエナジードリンクの缶がある。


この缶は自分の買ったものではない。

前に同じものをビョードーが持ってきてくれたので、

せめてもの差し入れだろう。


先日にも増してまずかったが、

脳と体は動くようになったのでよしとする。


それよりもグソクのことだ。

そちらへ方へ目を向ける。


(アームパンチは大失敗したけど、

カッチュウは質量兵器に弱いことは分かった。


重機の鉄球に吹き飛ばされるし、

アームパンチを作動してなくても、

カインドマテリアルのエネルギーが同値なら力押しできる。


アームパンチの仕組みが入ってない箇所は

適当にカインドマテリアルを詰めて中抜きにならないように)


出力キーを押すと、

3Dプリンタがせっせと動き始めた。

こちらは一セットだけ。

もうひとつは今から設計する。


(代表の使うグソクは

『みんなが使えるもの』じゃないといけないから、

動作のじゃまにならない程度に大きく。


それでも街の周りの古い送電塔を

引っこ抜ける大きさとパワーは出るはず。

そんな力が出るなら戦うんじゃなくて、

救助活動とかそういうのに使ってほしいけどね)


思いながら出力キーを押した。


(最後に……

僕が最後に使うグソクの顔か、

のっぺらぼうでいいや。


オオグソクまでは相手に威圧感を与えられると思って

怖い顔にしてみたけど、

今はもういいや。

僕はイネイン、虚無った存在だし)


そう思ったところでゼンの意識は途切れた。

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