第29話

「どうなってんだ……?」


俺は吐き気を抑えながらつぶやいた。

状況が分からない以上動けないと思ったが、

すぐに通信が耳に入る。


「パワードスーツの無線が繋がりました。

ヤサシくん無事ですか?

聞こえましたらケガなどがないか教えてください」


「こちらヤサシ、俺はケガしていません。

ですが、状況がまったく分からないので、指示をください」


ノイズ混じりのオペレーター茅野さんの声に、

俺はいつも以上にハキハキとした声で答えた。

ホッとしたため息が聞こえてから、

すぐにキリッとした指示が届く。


「ダルマは遠目に見てもひどいダメージを受けて、

動くことができません。

ヤサシくんは安全のため脱出してください。

こちらでもダルマは操作を受け付けません。

緊急脱出ハッチの使用が許可されてます、そこから脱出を」


「分かりました。そんなにひどい状態なのか」


俺は予め教えてもらっていた

背中のレバーに手を伸ばした。

ダルマと接続されている、

ドウマルが外れ、俺の足は床につく。

それから非常灯を頼りに、

足元にあるハンドルを回した。

外から壁が外れる音がして、ハッチが開く。


「まぶしっ!? いや暑っ!?」


思わず声を出した。

外は歴史の教科書で見た戦争の写真のようだった。

物が吹き飛ばされ、

燃えそうなものは片っ端から火がついている。


「あたりはまだ火事や瓦礫などが残っています。

それでもパワードスーツを着ていれば大丈夫。

ダルマは座り込んでいる姿勢なので、これ以上倒れません。

とはいえ、念のため安全だと判断する場所で、

救助隊が来るまで待機を」


「はい――。

いえ、そうも言ってられないかもしれません」


返事をした直後、俺は指示を無視するように

ダルマから飛び降りて駆け出した。

その声を聞いて茅野さんが聞いてくる。


「ヤサシくん報告を!」


「眼の前でグソクも同じような状態です。

だったら、助けが必要になるかもしれないです!

もし助けがいらなかったら、

ゼンと面と向かって話をする機会ができるかもしれません!」


「ヤサシくん! 慎重にじゃ!

山寺くんたち特殊警察もすぐにくる!」


と博士の声と同時に強い風が吹いてくる。

俺は目を細め、腕を前に出して砂埃を防ぐ。


ヘリコプターだ。それもこんな状況の場所に

やってこれる頑丈なヤツだ。

しかも音が小さい。

俺のでかい声ならこの下で会話ができそうだ。

高級、最新鋭、新技術とか言葉が浮かぶが、


「どこのヘリだ?

警察とか消防のヘリはパッと見て分かる。

これはさっきちらりと見えた、

アメリカ軍が使っていそうなヘリだ。

自衛隊ならそうだって分かるはず――」


するとヘリコプターの分厚そうな扉が開いた。

中からは軍人の格好……

ではなくスーツを着たガタイのいい男性が

こちらを覗き込んでくる。笑顔で。


「あれは……。

慈善団体のビョードー……?

上坂くんヘリの解析至急じゃ!」


「ヤサシくん!

今、君の目の前にあるのは、

アメリカの研究所から強奪されたヘリだ。

武器はついてない。

それでも!ヤツに、ビョードーに絶対に手を出すな。で

きるなら逃げろ!」


博士の驚きの声に続いて、

山寺さんの過去一やばさを

感じているような声が聞こえた。

俺は身を固くしたまま答える。


「素人の俺でも分かります。

スーツなのにプロレスラーみたいな体が隠せてないし、

この状況で笑ってますし、雰囲気がやばい。

正直、パワードスーツがあるのに勝てそうになくって、

そもそも目を離したら殺されそうです」


俺は体と声の震えを抑えながら、

なにがきてもいいように構え続け、

ビョードーと呼ばれた男を見つめていた。

ビョードーも俺に興味でもあるそうな目で見てくる。


「初めまして。

あなたがダルマさんのパイロットでよろしいでしょうか?

ワタクシはビョードーと申します」


ビョードーは演説でもするような声で名乗った。

俺は黙ったまま警戒し続ける。


「イネインさんからのご報告を受けて

聞いてはおりました。

本当にイネインさんと同じくらいの歳の男の子だったとは。

ですがそれを隠していたのは良くない。

不平等ですよ」


こいつだ。ゼンがいつも

不平等不平等言ってるのはこいつのせいだ。

そしてこいつがこの騒動の原因だ。

こいつを捕まえれば世の中が良くなると言い切ることはできないが、

少なくとも悪い出来事は減ると言えるほどの悪いヤツだ。


俺はこいつに負けちゃいけない。

だから声を上げる。


「それが不平等っていうなら、名乗るぜ!

俺は富士ヤサシだ!

隠し事、隠れていたのはお互いさまだろ!」


「名乗っていただきありがとうございます。

これで一歩平等に近づいたでしょう。

それでもあなた方がもっと歩み寄っていただかないと、

真の平等とは程遠いかと」


まったく笑顔を崩さす、

仕事の話でもするかのようにビョードーは答えた。

口の減らないヤツだと思っていると、

バタバタと軍人が走るような音が聞こえてくる。

「ヤサシくん、よく足止めしてくれた」


と山寺さんが横に立って、

ビョードーに拳銃を向けた。

さらに俺の前には

盾を持った警察のひとたちがたくさん並ぶ。

中には拳銃ではなくいわゆるスナイパーライフル、

そして明らかにヘリコプターを撃ち落とせそうな

ロケットランチャーみたいなのを構えるひともいる。


「これはこれは特殊警察の山寺さん。

みなさまもご苦労さまです。

ですが、今日は皆さんとお話しする予定はないのですが」


「いいや、話してもらう。

どういう方法で手に入れたか分からないが、

軍用ヘリを持ち出したところで落とす準備がある」


山寺さんも口元のマイクに触りながら声を上げた。

またも聞いたことない怖い声だ。

話してもらうと言ったが、

命を奪ってでも止めるという意思を感じる。


「構え」


指示とともに警察のひとたちが銃を、

長いライフルを、ロケットランチャーを構えた。


「こちらはヘリの運転手さんを含めて三人ですよ?

しかもこちらは武器がついていない

ヘリコプターで来ているんです。

不平等では?」


これはビョードーの言う通りだ。


だが俺はこれでもなおビョードーを止められるか不安だった。

普通、銃を一丁でも向けられたらちびるほど怖がるだろ。

ましてそれが複数、ロケットランチャーだって向けられてる。

なのにそれで顔色一つ変えずに、

煽ってくるビョードーは異常だろ。

ロケットランチャー食らって死なない自信があるのか?


「お答えもなしとは、不平等すぎます。

そうだと思いませんか、イネインさん?」


ビョードーがボロボロになって

倒れていたグソクの方を見え呼びかけた。

すると文字通りコクピットのハッチを蹴り破って、


ゼンが出てくる。そのまま瓦礫や壊れたビルなどを足場にして、

あっという間にヘリコプターに乗り込む。


「ゼン!」


「ではこれにて失礼いたします」


「撃て! 撃墜しろ!」


俺は止める間もヘリが飛び去ろうとして、

山寺さんの指示で銃の弾とロケットが飛んだ。


あんなのにあたったらパワードスーツを着てたってまずいんじゃ。

いや、誰も死なせずに終わらせたかったのにと爆煙を見て思っていたら、


「解析完了。

あのヘリはカインドマテリアル装甲で作られています」


「やはり。もしカインドマテリアル装甲が

機能していれば……撃墜どころか足止めもできるか」


上坂さんの報告と、

博士の悔しそうな声が通信に入ってきた。

するとそれを証明するかのように

煙の中からヘリコプターが出てきて、

隣町の方へ飛んでいく。

多少ふらつきはしたが、

風に煽られたような揺れ方をしただけ。

ロケットランチャーを食らっても、

まるで問題なさそうだった。


「待機中の部隊はヘリを追え。

攻撃は無駄だ、アジトいや、

逃げた先が推測できる程度の情報でいい。

無理せず追ってくれ。

我々は速やかに撤収する」


山寺さんは絞り出すような声で連絡や指示を出した。

『速やかに』と言ってみんな言われた通り走っていくが、

山寺さんは悔しそうに煙の上がる空を見ている。


「ようやくヤツがしっぽを掴んだのに……。

やはり悪用されるカインドマテリアルに対しておれたちは無力なのか」


指示を出した後、

山寺さんは悔しそうに首を落とした。

よほど悔しいんだろう、

普段『わたし』なのが『おれ』になっている。


俺はそんな山寺さんにかける言葉がなかった。

俺も似たような気分だから。


   #


「イネインさんをお助けできてよかったです。

ダルマさんを倒すことはできましたが、

危うく捕まってしまうところでしたよ」


街の上空を飛び続けるヘリの中で、

ビョードーは立ったままゼンに語りかけた。


(なんで代表は飛んでいるヘリの中で立っていられるんだ?

なんで失敗した僕を助けてくれたんだ? とにかく謝らないと)


ゼンはうつむいたまま、

声を絞り出してビョードーに答える。


「助けていただきありがとうございます。

それも代表自らご足労いただけるなんて

思ってもいませんでした。


恐れ入りますが、

あんなに大見得を切ったのにグソクをなくしてしまい、

お見せできる顔がありません」


いつもならばすぐに何かを言うが、

ビョードーは黙ったままだ。

ゼンは握りこぶしに力を入れる。


(粛清されるか?

このままヘリから落とされるか?)


そう思っているとビョードーは明るい声で言った。


「いえいえ、確かに今回の戦い、

痛みみ分けではあります。


ですが、イネインさんは

グソクを複数作れるようにしてくださっています。


カッチュウの数はこちらが有利といえるでしょう。

あっちの修理が終わる前に、

イネインさんは新しいものをご用意いただければ問題ありません。


他の研究所から仕入れてきた部品もありますので、

ワタクシのグソクも作っても、

二体はご用意できるはずです」


「ですが、代表のグソクは組み立てがまだで――」


「ならワタクシのグソクは、

ワタクシの用意したチームでで引き継ぎます。


いずれ誰でも平等に作れるように、

イネインさんは仕組みや組み立て方、

マニュアルを用意してくださってるんです。

活かさないといけません」


(やっぱりお払い箱予定か。

みんなが同じようにできるようになれば、

不要になるのは当然だよ。

なんでそんなこと今まで思いつかなかったんだ?)


ゼンはさらに肩を落ちた。

次は首が落ちるのを待つことになりそうだ。

ビョードーはそれを見てか、

励ますような口ぶりで言う。


「ですのでイネインさんは、

すぐにご自分のグソクをご用意していただけないでしょうか?


ダルマさんの修理が終わる前に、

いえ、応急修理されてたとしても

勝てるようにしていただければと思います。

時間勝負ということです」


ビョードーの言いたいことはつまり、

帰ったらすぐにもう一体作って、

でき次第出ろということ。


もちろんゼンには拒否できなかった。

言われたことができなければ必要とされないのだから。


ゼンは息を吸って返事をしようとしたとき、

ビョードーは姿勢を低くしてゼンの顔を覗き込む。


「みんな平等に仕事してくださっています。

この次、できないというのは不平等です?」


吸った息がそのまま吐けなくなった。

首を絞められているのではないかと思うほど、

血の巡りが悪くなり、息が苦しくなる。


さらに思考も止まった。

恐怖という感覚が時間を極限まで遅くしているように感じる。

これでは死んでいる以上の苦痛、生き地獄だ。


ゼンは生きるためのエネルギーを絞り出して、

強くうなずいた。


ビョードーはゼンの恐怖を感じた顔に満足したのか、

顔を離してうなずく。


「結構です」


まるでこれが失敗の罰だと

思っているような言い方だった。

それでもゼンは絞められていた首を開放されたように、

激しく息を吸って吐いてを繰り返す。


「運転手さん、追手は巻けましたか?」


「はい。施設も人払いが済んでいると

連絡がありましたので、

すぐに着陸します」


「というわけです。

イネインさん『なるはや』でよろしくおねがいします」


ヘリコプターはゆっくりと

施設の隠しエレベーターの上に着陸した。

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