第28話

「カインドマテリアルがたくさん見つかっているなら、

多くのひとを喜ばせることができる」


ゼンはボソボソと言い出した。

俺はそれに答える余裕がない。


ダルマの足が掴まれたまま、

強い力で抑えられている。


振り払おうにもぴくりとも動かせない。

さっき押し相撲で勝てたのが信じられないほどだ。


「それを独占しているのは不平等だああああああああああああああああああ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


ゼンのヒステリックな叫びと同時に、

ダルマは振り回された。


ダルマは平衡感覚が狂わないようにしてくれる仕組みがある。

だが、足を持ってハンマー投げのように振り回されるのは、

考えて作られてないだろう。


俺が呑気に考えていられるほどの振り回されて、

ダルマは投げ飛ばされた。

へし折られたビル、遠くなるグソク、

空を飛ぶアメリカ軍の持ってそうな

見慣れないヘリが変わる変わる見えたところで、

俺の目の前に横断歩道の白い線があった。


「みんなのために、不平等はなくさないといけない。みんなのために、みんなのために、みんなのために、みんなのために、みんなのために、みんなのために、みんなのために」


ゼンはまた念仏を唱えるような声を出し始めた。

声といっしょにグソクは

こちらにゆっくりにとにじみよってくる。

グソクもカインドマテリアルで出来てるなら、

地面を割るような重さはない。

でかい足音はしないはず。

多分怒ったひとのようにわざと足音をたてて歩いてるんだ。


「んなことばかり言って!

それはお前の本心なのかよ!

ホントにイネインって名前みたいに

自分のこと『なんもない』とか思ってんのか!?」


ダルマの名前どおりすぐに起き上がり、

グソクに飛びかかった。

叩いて止める荒療治になっちまうが、

普通に声をかけたって聞こえるような状況に俺には見えない。


「僕のことはいい!

みんなが困ってるからやるんだ!」


「お前は困ってないのかよ!?」


ダルマの拳とグソクの拳がぶつかった。

まるでSF映画に出てくる不思議な音が響く。

さらにダルマが魔改造重機の鉄球を砕いたときのような光が出る。


「質量が違う……ダルマの腕が持たないか?」


「いいえ、ダルマのエネルギーが

光を発するほど上がり続けています。

通常は耐えられない力を跳ね返すほどのエネルギーが

カインドマテリアルを頑丈にしています」


「グソクもエネルギーが上がっていましたが、

たった今ダルマのエネルギーが上回りました」


司令室からそんな話が聞こえてきたこともあり、

俺は遠慮なしにダルマの拳を押した。

グソクの方も負けじと踏ん張るが、

ついに俺とダルマの腕はグソクを弾き飛ばした。


グソクはひとりでにバランスを取ろうとしたみたいだが、

俺は遠慮なく拳を打ち付ける。


「お前の言う『みんな』の中には

お前本人は入ってないのか!?

みんなが幸せになったとしてお前はどうなんだ?

自分のことはいいのか?」


「うるさい! 僕のことはいいんだ!」


投げやりな返しがきた。

同時に飛んできた拳が

ダルマの顔面にぶつかる。

視界にノイズが入ったということは、

かなり痛いダメージだろう。

それはいい。だが、


「よくない!

お前はそんな悲鳴みたいな声出して、

無理矢理自分に言い聞かせてやるような優しさで、

みんなのためなんて言ったって全然よくねぇ!

んなことさせてるヤツがいるのか!?

なら俺は、お前じゃなくて、そいつを殴るぞゼン!」


思わず名前を呼びながらのボディーブローがキマった。

ひとにやったら内蔵に悪いし、

コクピットの位置は避けているだろうが

グソクに対しても悪い。


それでもこの気持ちを

でかい衝撃に乗せてぶつけなきゃならなかった。


それが効いたのか、

グソクが胸を抑えて身をかがめる。

コクピットを揺さぶるつもりではあったが、

生身にボディーブローを当てたようなリアクションするか?


「僕に、優しくさせているヤツ……?」


ゼンは本心を吐き出したような声で、

俺の聞いたことを言い直した。

まるで自分じゃない誰かに聞いているような、

あるいは自分でも思っていなかったことを聞かれたような声だ。


「ああ。『みんなのため』とか言いながら、

みんなに迷惑かけるようなことをするときは、

独りよがりな考えになっちまってるか、

誰かにやらされてるかどっちかだ。

それとも昔誰かに言われたことがあって、

そこから気持ちや状況が悪い方に悪い方に行っちまったか?

それならそう言って――」


「違う……。

みんなのためになるんだって、代表が言ったんだ。

研究所で働くより、

ワタクシたちの元に来てほしい。

研究所よりも平等に扱うって」


まるで思い出したかのように言った。

それだけなら話を聞こうと思ったが、

できそうにない。


前みたいにグソクが光っているわけでもないのに

そんなオーラを感じる。


「アームパンチ準備」


まるで必殺技の宣言だ。俺は身構える。

これを受けきれば多分ゼンもグソクも力を使い切るだろう。


「世界を平等にするんだあああああああああああああああああああああああ!!」


「さぁ! こい!」

俺はまた拳をぶつけ合うべく、

振りかぶり、全力で突き出した。


「ヤサシくん、そのパンチは伸び――」


「アームパンチだああああああああああああああああああああああああああああああ!」


博士のアドバイスは

途中からゼンの叫びにかき消された。

俺は早めに腕を伸ばし、

伸びるんだと思ったグソクの腕に合わせようとする。

だが予想外のことが起こった。


まるで爆弾でも仕込んでいたかのように、

グソクの右腕は大爆発を起こした。

爆発の光と爆音で状況がまったく分からなくなる。

俺は驚いた声を出したんだろうが、

自分の声も聞こえない。

さらに大きな地震でも起こったような

衝撃で俺の体は揺さぶられる。


そして背中になにかがぶつかったような打撃とともに、

ほぼ真っ白だった網膜投影の画面は消えた。俺

の視界には、非常用の明かりがつくだけの暗い空間が映る。

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