第27話

その日の夕方、またも研究所内にサイレンが響く。


「消防より連絡、

カッチュウと思われる巨大物体が出現。

壊された街を経由して、

研究所を目指していると思われます」


というオペレーター上坂さんの声を聞いて、

俺も研究所のひとたちも慌ただしく動き出した。


山寺さんや小清水さんは、

俺のバックアップや他のひとが巻き込まれないようにするため、

すぐに現場に向かう。


「腕が大きくなっておる。

ヤサシくん、相手は殴り合いする気満々のようじゃ」


専用エレベーターでダルマといっしょに移動中、

博士のコメントとともに中継映像が俺に送られてきた。


博士の言う通り腕が大きくなっており、

見るからに重たくなっているようだ。


当たり前だが、カッチュウには

剣とか銃とか分かりやすい武器は造られていない。

強くするには腕をデカくするしかないようだ。


グソクはデカくした腕を気にしたように

目線を下に向けたり、たまに空を見たりしているようだ。


上空には警察やメディアの

ヘリコプターが数台飛び回っている。

ダルマが出るような出来事はこれで三度目だからか、

話が広まって注目されてる気がした。


一時瓦礫置き場で足を止めたグソクは、

腕を組むようなポーズで立った。


魔改造重機の事件以来、

街は全く片付いていない。

その壊された街で待ち構えているということは、

ゼンにとってもあの事件は終わっていないのかもと勝手に思う。


「俺たちを待っていてくれたのか?

やっぱりお前、優しいヤツなんだろう?」


俺とダルマはグソクのもとにだどりつくと、

まるで友達に声をかけるように言った。

グソクは組んでいた腕を前に出して構える。


「今回はダルマを倒すためにきている。

不平等だけど、

そのための改造と僕が使うための調整をした。

僕が作って僕が動かすこのダイグソクで、

この世の不平等を正す」


「いいぜ。そのパワーアップした腕をぶつけに来い」


俺もゼンの発破に答え、

ファイティングポーズで構えた。


ダイグソクは大きくなった腕を思っきり振り回して、

俺の言った通りダルマにぶつけに来た。


大きくなっているのに

重たくなったように感じられない動きだ。

そのうえ思った以上にでかくて長い。


「うぉっ!?」


ガードは間に合うが、

ダルマの体がそのまま後ろに押された。

そのまま倒されないよう踏ん張る。


「腕部損傷軽微、可動に支障なし」


「ダルマのカインドマテリアルから

発せられたエネルギーが、

ダメージを抑えています」


オペレーターの上坂さんと茅野さんの声を聞いてから、

俺はニヤリとした。


「やるじゃないか。

ダイグソクを作って動かしてるなんてすげぇぞ」


「なんで敵を褒めるんだ?」


「俺は敵だとか思ってない!」


言いながら俺はローキックを入れた。

グソクの崩れた姿勢に、

さらにダルマの拳でジャブを打ち込んでいく。


「これは意見のぶつけ合い、ケンカだ!

俺は世界を平和にしたい。


カインドマテリアルは

そのために使われるべきだと思ってる。


そしてお前は世界は平等であるべきで、

カインドマテリアルの研究を独占だと思っている。


だが俺はそう思っていない。

だからぶつかっている!

それだけの話だ!

だからもっと意見をぶつけてこい!」


「ぶつけてこいなんて言って!

僕から情報を聞き出すつもりだろ!

自分たちは情報を隠しておいて、

しかも研究の名目で独占なんて都合のいい」


グソクのでかい腕が

駄々っ子のように振り回された。

フォームもくそもない動きだが、

でかさに任せた勢いが、

ダルマのジャブを払う。

俺は一度距離を起き、

スキを探しながら言う。


「カインドマテリアルのことは

みんな知らないこと、

分からないことが多い!


俺みたいなヤツより、

頭のいいひとが調べた方が手っ取り早い!」


「だったらなんで君はダルマに乗ってるんだ!

なんで君がバイトに採用されたんだ!?」


思わぬ質問といっしょに

グソクが突っ込んできた。

両腕でダルマの肩を掴みに来る。


俺はグソクの腕を真正面から受け止め、

両手をつかみ合って押し相撲を挑んだ。

デカさに任せた攻撃をされるより、

こういう押し合いのほうがいい。


「さっき言ったとおりだ!

俺は世界を平和にしたい。

カインドマテリアルは世界をよくするもの。

だから俺は頭が悪いなりに考えて、

カインドマテリアルを扱うことに

協力したいと思っただけだ!」


「自分でも認めるほど頭が悪いなら!

なおさら納得できない!

なんで!? なんで!? なんで!?」


「どうして採用されたのか、

俺も実は知らねえんだ!


ケンカも街を壊すのも

研究所を襲うのもやめて、

博士に聞きに来い!

他に疑問とか、意見とか、

考えとかを聞かせろ!

話し合いをしようぜ!」


俺は言いながら

ダルマの腕を思いっきり前に押し出した。


グソクはダルマの押し出しに勝てずに

後ろによろめき、倒れそうになる。


カッチュウがみんな持ってる

『倒れないようにする機能』

――オートバランサーったっけ?

――があっても、グソクはバランスを崩して、

手を地面につけた。


グソクの怖い顔を上げて、

ゼンは納得していない声を出す。


「話し合いとかいって、

平等に意見を聞く気はないんだろう!?


僕は肯定すること以外求められてない!

気を使った言葉以外は許されない!

そんなの不平等だ!

博士だって僕の話を聞く気はなかった!」


「俺は聞く!

不平等だとかぜってぇに言わせねぇ!」


体を前かがみにするほど声を上げた。

マイク越しだったらうるさいと怒られるか、

機械が調整してくれそうな感じだがそんなことはいい。


ゼンの言い方はまさに、

自分の声を無視されたことのあるヤツの声だった。


俺とケンカしたことのあるヤツにも、

同じような声を上げるヤツがいた。


そいつはふてくされて、

世の中イヤになって、

悪いことをするようになった。


だがゼンは、それでも優しさとか

ひとに対する気遣いをやめられなかったのかもしれない。

自分の気持ち行動のギャップに疲れた。

これがケイが見た『疲れた顔』をしていた理由だろうと俺は思った。


どちらにしても対処法のひとつは話を聞くことだ。

サンドバッグになろうと言いたいことを出し尽くす。

可能ならどうすればいいか考える。

力技だが、父さんと母さんに教わったひとに優しくするやり方だ。


「話を、聞いてくれるの……」


俺の考えは間違ってなかったようだ。

グソクは地面に手を付けて、

こちらを見たまま動かない。

肩の力が抜けて、グソクの怖い顔が下に向く。


「殴り合いが必要なら

まだまだ付き合うが、どうする?

それとも話し合いにするか?」


俺は聞いてみたが、

ゼンから答えはない。


だが俺の問いかけを受けてか、

グソクは立ち直した。

やや前かがみになり、

でかくなった腕をふらつかせていた。


まるでツワモノボクサーの構えだが、

いい意味でゼンがそんな動きをできるとは思えない。


「グソクのエネルギー反応が急速に低下。

カインドマテリアルのエネルギー切れ?

マンダラ回路のトラブル?」


オペレーターの上坂さんが疑問を口にすると、

ダルマは両膝をついた。

でかい両腕の拳が杖代わりにならなかったら、

倒れていたかもしれない。


「ダルマの熱センサーで確認。

グソク内の温度が下がっています。

原因までは分かりませんが、

エネルギーダウンのようです」


オペレーター茅野さんがグソクの様子を教えてくれた。


それを聞いてから、

俺は戦う構えを解いて一歩ずつ前へ踏み出した。

もちろん慎重に、グソクの様子をよく見ながら、

ゼンがなにか言うかもしれないので耳を澄ませて近づく。


 グソクに手が届くところまであと二歩といったところ、

「……カインドマテリアルはたくさん見つかっている」

 ボソボソとしたゼンの声が聞こえた。


「ヤサシくんっ!」

博士の声と同時に俺は思わず蹴りを入れようとした。


普段なら絶対にしない。当たり前だ。

膝をついた相手を蹴るなんて悪党のすることだ。


俺はとっさにヤバいこと気がついて

そんな外道な蹴り繰り出したのに、

グソクの腕が素早く動き止められた。

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