第17話

「できた」


ゼンは重いまぶたをこすりながら、

倉庫に横たわる大きな頭を見た。


その大きさは先日見たダルマと同じくらい。

カッチュウという呼び名に相応しい鎧兜のようになっている。


もちろん頭から下もちゃんと完成していた。

鎧のような見た目をした大きなロボットがある。


「おお、こんなに早く完成したんですね!」


まるで待ち構えていたかのように、

ビョードーは仲間を引き連れてやってきた。


みんなわざとらしい驚きの顔をしている――ようにゼンには見える。


「はい。研究データや試作パーツ、

大量のカインドマテリアルに

それを加工する3Dプリンタと組み立て場所、

それらを用意してくれた皆さんのおかげです。

ありがとうございます」


ゼンは予め考えておいた言葉を口にして、

大げさに頭を下げて見せた。


拍手が聞こえるので、

うまく代表たちの機嫌を取ることができたようで安心する。


(実際は各研究所の試作パーツに、

互換性を作って組み立てただけだけどね。

褒められるべきは、

試作パーツを作ったひとたちだ、

僕じゃない、僕じゃない)


「作ったことはすばらしいのですが、

すごさ故に動かすのは難しいのではないでしょうか?」


「ご心配ありがとうございます。代表の疑問にお答えします」


頭を上げながらゼンは身振り手振りで説明する。


「カインドマテリアルで作ったロボット『カッチュウ』は

みんなモーションキャプチャーで操作します。


パワードスーツを着て、

ひとの動きを直接カッチュウに伝えるので、

難しいことはなにもありません。


細かいことも口に出して命令すればやってくれます」


「パワードスーツを使うということは、

同じ問題点を抱えているのでは?」


「おっしゃる通りです。

カッチュウはパワードスーツみたいに、

いえそれ以上に使えるひとを選ぶんです。

不平等なんですけど、どの研究所もその理由が分からないらしいです」


ゼンは大げさに困った顔を見せた。

ここはウソも建前もない。


「ふむ……すごい素材だけど不平等でイヤですねぇ。

ですがパワードスーツといっしょってことは、

これもイネインさんが動かしてくれるのでしょう?」


ビョードーは穏やかに促すように聞いてきた。

想定通りの質問にゼンは強気な演技を見せる。


「もちろんです。ダルマを今度こそ倒して、

研究所のカインドマテリアル独占をやめさせます。


それにもっとカインドマテリアルがあれば、

このカッチュウ……いえ、グソクをたくさん作り、

いろいろなひとに使ってもらえるようにします。


そのために作りやすくもしてあるんです」


(そうすれば、僕の居場所は保証されるはず。

他の場所はいい子でいても怒られるし、追い出される。

でもここなら、いい子でいる限り、

利用価値がある限り良くしてもらえるはず)


思いながらゼンは、皆にやる気を見せた。

わざとらしく話すのは、いい子ちゃんアピールであり、

自分の焦りや恐怖を見えないようにするため、

ごまかすためでもある。

他の場所は疎まれるが、ここでは通じる。


「グソクと名付けましたか……」


ゼンの主張を聞いて、ビョードーは口を結んだ。

ゼンはそれを見て体をピクリとさせる。

だがビョードーはすぐに大げさに声を上げる。


「素晴らしい!

早速今夜、研究所に向かっていただけますか?」


「もちろんです。えっと今は十五時で……」


「十八時に出発ということで、いかがでしょうか?

人払いをして山の上の出入り口を使えるように手配いたします」


「はい! 分かりました」

(準備するふりをして二時間くらいは寝れるか)


「ではみなさま、準備を始めましょう!」


ビョードーはそう言って

また仲間たちを引き連れて歩いていった。

ゼンはパワードスーツの準備をして、グソクに乗り込んだ。

起動前の真っ暗なコクピットで、時間まで目を閉じる。


   #


「イネインさん、人払いが終わりました。

今日もよろしくお願いします」


「はい。ありがとうございます。

ご協力いただいた皆さんにもお伝え下さい」


ビョードーの声ですぐに目を覚ましたゼンは、

緊張感のある声で答えた。

ここは元気な声よりも、このほうが空気を読んでいるはず。


特に怒られるようなことはなさそうだ。

ホッとしたゼンはグソクを載せたトレーラーを、

専用スマホの遠隔操作で動かした。

施設地下から湖のある山の上へ通じるトンネルを移動する。


大きな扉の前に到着すると、

こちらも遠隔操作で扉を開けた。


ビョードーの言う通り、

人払いは済んでいる誰もいない。

それどころか、鳥の一匹も見ない不自然な自然の風景が

スマホ越しに見えた。

ゼンは夕暮れの下にトレーラーを出した。

あとは立ち上がるだけ。そこにビョードーの通信が聞こえる。


「イネインさん、

今回は研究所の北側に向かっていただけますか?」


「分かりました。なにかあるんですね」


「いえ、石丸研究所の北側というのは、

何も作られていないようなのです。


もちろん公開された情報を真に受ければ……です。

なので公開されていないなにかがある。ワ

タクシは予想いたしました。

同時に不公平だとも思います。

イネインさんはどうでしょう?」


ビョードーは『不平等』という言葉を強調するように言った。


それがなんだか怖く感じ、

パワードスーツを着ているのにゼンは寒気を覚える。

もちろん、ゼンに圧をかけたりしているわけではないのだが、

脅迫されているような気分になった。

体に力を入れて、震えそうな声になるのを抑えて答える。


「はい。不平等は良くないです」


「同じように思っていただけてなによりです。

改めて、よろしくお願いします」


ゼンの答えに満足したのか、

ビョードーは優しげな声で言って、通話を切った。


完全に通話が切れているのを確認して、ゼンは思わずため息をつく。


少しうつむいてから、息を吸って正面を向いた。


「世界を平等に。グソク、チッタ・エーカーグラター」


組織の標語と、カッチュウ共通の起動コードを口にすると、

グソクのコクピットが明るくなった。

網膜投影でグソクの周囲の様子もちゃんと見えている。


スマホ越しに見たのと同じように、

動物の一匹も見えない不自然な山と湖の景色が広がっていた。


(こんなものが動いてるんだから、

鳥くらいは驚いて出てきそうなものなんだけどな)


ゼンはそう思いながら足を動かした。


トレーラーからグソクが立ち上がった。

遠隔操作でトレーラーを隠し扉の中に戻しつつ、

モーションキャプチャーを再確認。


「ややぎこちない……。

ダルマはすごい自然な動きだったのは、

パイロットのために調整したり、

システムが動きを補正してるんだろうなぁ。


個人のために調整するのは

『平等ではなくなる』からできないし、仕方ない」


ゼンは足を進めた。言われたとおり研究所の北側を目指す。

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