第18話
十八時を過ぎて、俺が今後の指示を仰ごうと思ったとき、
研究所の中にサイレンが響き渡った。
俺はすぐにダッシュで司令室に入る。
「博士! 警察から緊急連絡です!
研究所北方より巨大物体が接近とのことです」
「所員が巨大物体を目視で確認。
映像を送ってもらいます」
オペレーターの上坂さん、茅野さんの声を聞いて、
指示を聞くより先に俺も正面のでかいモニターに目を向けた。
空が暗くなりつつあるが、その大きな影はくっきりと見える。
「ダルマ以外のカッチュウがある……?」
そうとしか思えない事実を俺は口にした。
みんなそれを言わないのは、
驚きのあまり言葉も出ないからなんだろう。
「イヤな予感はこうも当たるとは……。
それに研究所北側はまずい」
「なにかあるんですか!?」
勢いにまかせて俺は博士に聞いた。
博士の『まずい』に対して思い当たることを俺は知らない。
そもそも研究所の中は、
安全や秘密を守るために入ってはいけない箇所がある。
『あること』を知らされていない場所もあるかもしれない。
「あっちは……まだ一部所員しか知らせていないのじゃが、
北側の地上ではカインドマテリアルの採掘作業と工事をしているんじゃ。
おまけに地盤もゆるくてその……精密機械を扱っておる。
その近くをカッチュウほどの巨大物体が――」
博士の話の途中で俺は格納庫へ走り出した。
すぐにパワードスーツを着込む。
「おい! 富士!
研究所の北側にはカッチュウ用の出入り口はねぇぞ!」
「どっちにしてもダルマは持っていけません!
あのカッチュウ以外にダルマまで行ったら、
工事しているひとたちが危ないです」
「北側で工事? そんなのしてたか……?
パワードスーツだけで行くのか!」
整備の野田さんが戸惑ってたけど、
なんとしてでもカッチュウを止めなきゃいけない。
パワードスーツを着るとすぐに非常口を走って地上へ出た。
そこからはひとにぶつからないように、
パワードスーツのちからに頼って屋上をジャンプしていく。
「ヤサシ!? パワードスーツであれを止める気か!
おい司令室、許可したのかよ!」
今度は用心棒の小清水さんのでかい声が聞こえた。
パワードスーツの通話が司令室にも繋がり、
小清水さんの声がグワングワンと重なる。
そこに博士の言葉が上書きされる
「しておらん! ヤサシくん!
いくらパワードスーツを着てても、
カッチュウと正面から相撲はできん!」
「対話で足止めします!
その間に北側のひとたちを避難させてください」
「うう、ゴホンゾンを動かすか……?
じゃが動かしたところで安全な場所などない――」
博士の決断を渋るような声と、
小清水さんの噂話で聞いた名前が聞こえたが、
今はそれどころじゃない。
俺の目の前には、ダルマと同じデカさの巨大な存在がいるんだ。
研究所のでかい壁の上に俺は立っているのだが、
それでも見上げなければカッチュウと思われるロボットの顔は見えない。
そいつは、ダルマよりもカッチュウらしい見た目と顔をしていた。
博物館で見た戦国武将の鎧とかダイオウグソクムシみたいに顔が怖く、
そのダイオウグソクムシの甲羅や城の瓦のような鎧に覆われて硬そうだ。
腕もダルマよりゴツく、パンチ力があるだろう。
そいつは俺に気がついた。目が合うとさすがに怖いが、
それ以上にやるべきことがある。
俺は踏ん張るように手足に力を入れて、声を上げる。
「止まれ! ここから先にカッチュウみたいなのが入ると危ない!
地下で発掘作業や工事をしてるんだ!」
喉が枯れるほど、今まで出したことのないでかい声を上げた。
普段こんな声を出したら怒られるだろうボリュームだ。
だが聞こえるか? 聞こえなければどうする?
巨人と戦う漫画みたいなこと、このパワードスーツはできないが――
「止まった」
思わず俺はつぶやいてしまった。
俺の気持ちが伝わったのか、事情を分かってくれたのか、
あるいはなにかあったのか。
それでも引き下がらない限りは、俺もここを動けない。
「君は、ダルマのパイロットか?」
俺を睨むカッチュウから声が聞こえた。
この声に覚えがある。
その驚きで少し固まったが、俺は声を張り上げる。
「そうだ! 声をかけてくれたってことは、
破壊活動とかをやめてくれるのか!?」
「そのつもりはない。
カインドマテリアルの独占をやめて、
みんなに平等に恩恵を与えない限り、
今度はこのグソクが不平等と戦う」
「ならせめて、ここでそのグソクと呼んだ
カッチュウを動かすのをやめてくれ!
採掘所が壊されたらカインドマテリアルを平等に配るも何もできなくなる!」
「それはウソだ。君もダルマに乗ってるなら分かるだろう!?
カインドマテリアルは軽い!
カッチュウのような二〇メートル級ロボットでも、
地面を揺らし、地下を崩すほどのことになる重さにならない!」
それを証明するかのようにグソクは歩き出した。
こんな近くで動いているのに、地面が揺れたりはまったく感じない。
足音はするがSF映画のような重たい音ではなく、
時代劇で鎧武者が歩くような音だ。
「それでも! 研究所のことを一番知ってる博士が言ったんだ!
この上でカッチュウを動かすことは危ないって焦ったんだ。
それが間違ってるとは思えない!」
「なおのこと何かを隠すための方便に聞こえる!」
「万が一だってある!
二〇メートルのロボットなんて今までなかった!
何が起こるかわからないんだ!
平等のため、みんなのためって言う
優しい気持ちがあるなら、考えてくれ。
先日危ない目にあった女の子みたいなことがあるかもしれないだろ!」
俺はとっさに思い出して、それを例にした。
あのとき女の子が逃げるまで重機を動かさなかった。
だからあいつも死人がでるまでは望んでないはず。
カインドマテリアルで動くパワードスーツやカッチュウを動かせるなら、
悪いやつじゃない気がするんだ。
グソクは近づいてくる。もう手を伸ばせば俺に届く距離だ。
俺を無視して壁を壊すか?
煮るなり焼くなり潰すなりするだろうが、俺は絶対にどかない。
思わず目が閉じた。覚悟を決めていたが、
グソクの足音が聞こえなくなる。
目を開けると、近づいたグソクがこちらを見たまま固まっていた。
なんでか分からないが、グソクの顔が迷っているように見える。
これはパイロットの顔ではないのに。
しばらくその顔を見ていると、
「……ここにカインドマテリアルに関わる何かがあることは分かった。
それに君をここでつぶしたら、貴重なパワードスーツを壊してしまう。なら平等な条件で戦って、ダルマを倒して、その上でここを調査する」
言い捨ててグソクはゆっくりと方向変換、
先日魔改造重機が暴れた街の方へ向かった。
俺はようやく踏ん張っていた手足のちからを抜いて、
友達に言うような声で言う。
「ありがとう。分かってくれて」
グソクから返事はなかった。
だがその動きは、ここに向かっているときより軽く見える。
やっぱり悪いヤツじゃない気がしてきた。
#
「ヤサシくん、無茶をしないでくれ。
パワードスーツも研究所も壊れても直せるが、君の体はそうもいかないんだ」
ダルマの格納庫に向かって走る最中、
博士は困った声で俺に言った。
俺は足を止めずにきっぱりと答える。
「危なかったのは、採掘所にいたひとたちだって同じです。
それにカインドマテリアルの大切なものがあって、
それを守ることは将来的にみんなの命を守ることにつながるはずです。
もし博士が俺の立場なら同じことをしたんじゃないですか?」
「むぅ……。叱りたいのにそれを言われると弱い。
だが、よくやってくれた。
グソクと名乗ったカッチュウは、
どういうわけかヤサシくんの説得に一部応じてくれた」
「理由は多分、手紙に書いてあることが正しかったからです。
本当は優しいやつで、
本当にどうしようもない理由であんなことをしてるんです。
だから助けないといけません」
「止めなければならないのは事実じゃな。
そのためのダルマの準備はできている。
これに乗り、引き続き対応を頼む」
「はい!」
指示を聞き、答えてくれたところで俺はちょうど格納庫についた。
先日の救助活動でついた傷などはまったくない。
外から見てきれいなら中も万全だろう。
タラップを飛び、ダルマへ乗り込む。
「石丸カインドマテリアル研究所の石丸タスケが起動を許可する。
カッチュウ一号ダルマ、チッタ・エーカーグラター」
――カッチュウ一号ダルマ起動します。
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