第15話

ダルマのパイロットとの会話を途中で切り、

魔改造重機の運転手『小諸ゼン』は救助活動などが続く街を駆けていった。


パワードスーツのおかげで崩れた建物などは飛び越えられ、

不審に思って声をかけられてもその声はすでに後ろにある。


追手はないだろうと思えたが、

念の為近くの山中を通って、施設のある隣町へ戻ってきた。

家の屋根などを伝って、すでに視界にある大きな建物を目指す。


(地方都市の電車で一駅があっという間だった。

カインドマテリアルが使えれば、

こんなアクション映画じみたこともできた。

これがあれば、これが使えれば自分も平等に扱ってもらえるはず……)


そう思ったゼンが戻ってきた建物は、慈善団体の施設だ。

施設の正門前には、団体の理念が書かれている。


『我々は世界を平等にしたい団体です。

昨今頻発するテロや社会不安で、

住む場所や仕事をなくしたり、

怪我や心身を病んでしまったひとを支援、

保護、治療することで平等な世界作りをしています。

我々には決まった団体名はありません。

所属を決めてしまうのは平等ではないからです。

困っていることがありましたら

二十四時間三百六十五日いつでもいらしてください』


表向きはだ。


ゼンは周囲を確認しながら、正門の真逆の塀の前へ立った。

隠しカメラの方を見つめると、隠し扉が開く。

素早く中に入り、扉が閉まる音を聞くまで後ろを警戒する。


扉が閉まるとぱっと明かりがついた。

そこは大きな倉庫で、

先程の魔改造重機をばらして入れることができるだけでなく、

横向きであればカッチュウも二体以上おけるほどの広さだ。


もちろん横向きのまま、カッチュウをトレーラーに乗せて

出し入れできる出入り口も隠されている。

その出入り口は、念入りに施設から離れた山奥にあり、

今日乗った重機もそこから出していた。


そんな地下施設の中で、

組織のひとたちはゼンを拍手で出迎えた。

嬉しそうで、ゼンを祝福しているような笑顔だ。


「誰一人不当逮捕されなかった」「作戦は大成功だ」

「これで世界が平等に一歩近づいた」「彼は研究所に不平等を訴えてくれた」


(みんなでやった作戦が成功ってことなんだろうな。

魔改造重機はなくしたけど、

期待されてなかったのか怒られないみたいでよかった)


ゼンも少し緊張を解いて拍手を返した。

それでも笑顔がぎこちなく、

目線を合わせないようにする。


その先に今日の活動がホワイトボードに書かれているのが見えた。


『シュラさん、ロッケンさん:古谷研究所にてカッチュウパーツ獲得の担当。

ルヘさん、アンコさん:兜通りに爆弾設置、起爆の担当。


イネインさん:改造重機で石丸研究所へ、

ゴホンゾン、ダルマさんの獲得ないし調査……』


などなど書かれており、その全てに今、丸がついた。

丸を書いた男性は、マジックペンを置いて、ゼンに向かって歩いてきた。

周囲のひとたちはモーゼでも通るかのように、男性に道を作る。

目が細いスーツ姿の男性はいわゆる『偉いひと』だ。

だがここではみんな平等である。なのでこう呼ぶ。


「ビョードー代表」

ゼンは名前を呼んで頭を下げた。


表でも裏でもビョードーはこの組織のトップだ。

本名は知らない。この組織は全員をあだ名やコードネームで呼び合うから。


「イネインさん、よくやってくださいました」


ビョードーはゼンをコードネームで呼んだ。

自虐的な意味を持つ言葉だが、みんな知らないだろうと、

ゼンは思ってつけたコードネームだ。


ビョードーも意味を分かっていないのだろうと思いつつ、

ゼンは黙ってビョードーの話を聞く。


「おかげさまで、大成果を上げることができました。

みなさんで集めた部品を使って重機を作って、

しかも動かしてくれたその成果が、

今日の活動だとワタクシは思います。

イネインさんも、お疲れ様です」


ビョードーはとても穏やかな声で言った。

笑顔以外の表情と、こんな穏やかな声以外は聞いたことがないので、

怒っているのか分からず、ゼンは頭を下げたまま言う。


「ですが、その重機をなくしてしまいました。

失敗かもしれません。

みなさんは拍手をしてくださいましたが、申し訳なく思います」


「いえいえ、イネインさんはよくやってくださいました。


ダルマさんが出てきたということは、

研究所が全力を出したということでしょう。


イネインくんのがんばりで、

どうしたらそのダルマさんを転がせるか研究だってできる。


さらにこの作戦中、別の研究所から

カインドマテリアルや研究データもいっぱい取ってこれたんですよ。

御覧ください」


ビョードーが強そうな右手を横に向けた。


全員の視線の先には円柱のカインドマテリアルの塊、

カッチュウの部品の一部と思われるモノなどが並べられている。


バラエティー番組のようなわざとらしい驚きの声や拍手がまた起こる。


ゼンはみんなに合わせて同じように手を叩いた。

だがその作り笑顔はぎこちない。


「もしかしてイネインさんは、

みんなのがんばりに不満があるのかい?」


誰かがゼンに声をかけた。

それは疑問ではなく、不公平な行動に対する怒りだ。


(しまった。こんなところで

みんなの機嫌を損ねるようなことしちゃったら――)


ハッと気がついたゼンは慌てて弁解の言葉を考える。

疲れてたなんて言い訳にならない。

そもそもどうして、自分がこんな気分になっているのかも分かっていない。


「悔しいんですね、イネインさん?」


慌てるゼンに対し、

まるで心を読んだようにビョードーが言った。

ゼンはビョードーに顔を向けると、変わらず穏やかな顔がある。


「イネインさんは、ダルマさんに勝てなかったことや、

重機をなくしてしまったことが悔しい。

ワタクシはうまくいったと申し上げましたが、

ご自分の中では納得がいかない。

素晴らしい向上心だとワタクシは感じます」


怒られるかもと思ったが、ビョードーは褒めてくれた。

信じられない状況にゼンは呆然としながらも、納得してうなずく。


すると自然とまた拍手が湧いた。

ビョードーの言葉に異を唱えることは絶対にないので、

これで怒られることはないだろう。


ゼンは安心して息を吐いた。

とはいえ、この状況の息苦しさは変わらない。


(多分僕が悔しがってるのは本心だと思う。

それを向上心と解釈されてを褒められた。

なら、多分向上心のあることを言わないと空気が悪くなる気がする。

それに、やる気を見せて話を終わらせれば、早く開放されるかも)

と思って真剣な顔を作る。


「代表、僕にカッチュウの研究をさせてください。


あんなものを持っている研究所は不平等です。

平等であるには、同じものを作って、

その上で勝つ必要があると思います。


そしていずれはカッチュウをたくさん作って、

みんながその便利さを持てるようにするべきです。

だから、僕がカッチュウを作ります」


するとビョードーは、その言葉を待っていたかのようにうなずいた。


「やはりワタクシの目に間違いはなかったです。

イネインさんには、ここにあるカインドマテリアルや部品、

データをすべてお任せいたします。

加えて余ったスモークグレネードも置いていきます。ぜひご活用ください。

みなさま、ワタクシたちはイネインさんのお邪魔にならないよう、

次のお仕事に向かいましょう」


ビョードーはそう言って、

みんなをぞろぞろ連れて倉庫を出ていった。


会議に使うホワイトボードも持っていった。

大きな空間の中にゼンひとりが取り残される。


ゼンはパワードスーツをようやく外してため息をついた。

文字通り肩の荷と緊張が降りた気分だ。


パワードスーツのチェックは専用の機械がやってくれるので、

修理は後でいい。

カインドマテリアルのエネルギーは時間が経てば勝手に戻る。


大きな倉庫の一角は、

強奪されこの場で組み立てられた3Dプリンタが置かれていた。

いわゆる開発室だ。

カインドマテリアルの研究などを任されてから、

ほぼ一日中ゼンはここにいる。


さらに上にある慈善団体施設には自分の部屋がない。

家にも居づらい。実質ここはゼンの部屋だ。


「いつも思うけど、僕ひとりに全部を丸投げするのは

セキュリティ上いいのかなぁ。


いや、僕は反抗できないだろうと代表なら思って任せてるのかも。

僕の居場所はここだけだし、実際そうなんだけどね……」


ブツブツ言いながら開発室に入った。

隅にある小型冷蔵庫からエナジードリンクを取り出し、ぐいっといく。

冷蔵庫の上には軽食になるお菓子があり、それを開けてかじる。


「そもそも、こういうことができるのは僕だけだから、丸投げは当然か。

できるひとは最初から居場所あるし、

僕は『表の場所』で必要とされなかったんだから仕方ない」


お菓子がなくなると、

ゼンは袋などをちゃんとゴミ箱に捨てた。

それからここに持ち込んだ数少ない私物を手に取る。


おもちゃのブロックだ。テーブルの上に広げると、

さっき乗っていた重機を試作したものも出てくる。

現実のそれと同じようにアームは取れており、

ブロックの山のそばで横倒しになった。

ゼンはそれを見て顔をしかめる。


「多分ダルマに乗ってたのは、僕と年の近い男の子だ。

アルバイトの募集で誰を入れたのかわからなかったけど、

あの子を採用したんだろうなぁ。


あの動きなら陽キャで、体育系かな?

少なくとも研究者ってことはないはず」


ゼンは今日起こったことをつぶやいた。

段々と胃がムカムカしてくる。


「なら、ダルマより人助けができて、

優れたカッチュウを作るんだ。

あのパイロットより、

僕を採用したほうが良かったって思わせるんだ」


そうつぶやくと、重機をばらして他のブロックに混ぜた。

先程お披露目されたパーツ、さっきまで対面していたダルマ、

今まで見てきたカインドマテリアルの情報を思い出しながら、

黙々とブロックをくっつける。


「平等でなくちゃ。平等であれば僕は」

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