第11話

「説得に応じれば良し、

できなければダルマと重機で相撲をとることになるか」


俺は不安を口にしつつも、右足を踏み出した。

俺の動きは余所余所しいが、

機械が調整してくれるのでダルマの動きは自然だ。

ちゃんと歩くこと以外にも気になることがあり、足元を見続ける。


「ヤサシくん、カッチュウは思った以上に軽い。

だからダルマが走ったりしても道路のアスファルトは割れたりしないのじゃ。

気にせず、すべきことに集中したまえ」


俺の動きから察したのか、博士が声をかけてくれた。

怪獣映画のように、巨大物体が足をすすめる度に

地響きを起こすことはダルマにはないようだ。

不安がひとつ減った分、俺の動きも少し軽くなる。


魔改造重機は大通りの途中、ど真ん中で停車した。


向こうから見てダルマは、

怒りながら歩いている人間に見えたのか、予想外な登場に驚いたのか、

少なくとも警戒してるんだなってのは俺から見ても分かる。


俺はダルマを、飛びかかれば魔改造重機に拳が届く距離で止めた。

重機につくたくさんのアームを見つめてつぶやく。


「人間同士の殴り合いじゃないからな。

それにあんな形じゃ魔改造重機がなにをしてくるのか分からん」


「上坂くん、ダルマの各種センサーから分かる

魔改造重機の情報を教えてもらえるかな。

なんでもいい、ヒントがほしいんじゃ」


「はい。ダルマのセンサーから判明した魔改造重機の情報を、

正面スクリーンに出します」


ダルマの目線を重機からそらさないようにしつつ、

俺は博士の言葉を待った。


「うむ。やはりアームはカインドマテリアルじゃ。

だが本体は元のカインドマテリアルを使っていない重機そのままにして、

重さのバランスをとってるのか。


運転席はマジックミラーまで仕込んでおって、

どんなひとが乗っておるのか分からん。


じゃがあれほどのカインドマテリアル製の乗り物を使うには……」


「っていうことはカインドマテリアルを悪いことに使っている」


俺は苛立ちを両手で握りつぶした。分からない。

なんでこんなことをしているんだ?

誰がしているんだ? どうしてだ?


するとしびれを切らしたのか、

魔改造重機が採掘機みたいなアームを振り上げた。

前進してダルマに殴りかかろうとしてくる。


俺はケンカをするように構えた。


「とはいえ、魔改造重機を止めるために、

相手の運転手にケガをさせたり、命を取ったりもしたくないが……」


構えて睨みを聞かせたまま俺は考えていると、

博士の慌てた声が聞こえた。


「ヤサシくん、魔改造重機の運転手は、

君と似たようなパワードスーツを着ておる。

デザインは違うじゃろうがだいたい同じものじゃろう。


ちょっとのことじゃケガさせることはない。

多少乱暴をしても重機を止めてくれ!」


振り上げられた魔改造重機のアームは、

ダルマの顔面を殴るには丁度いい長さだった。

俺が博士の言うことを聞き返す間もなく、

ビルを解体するための巨大な腕が向かってくる。


「カインドマテリアルだって絶対じゃない。

でも信じるしかないか!」


俺は自分に言い聞かせながらダルマの両腕を前に出した。

さっき女の子を助けたときのように採掘機みたいなアームを受け止める。

そのときと違い、ダメージを受けるのはダルマで俺は痛くない。


それに採掘機みたいと俺は思っていたが、

ダルマを殴るアームは採掘機ではないらしい。

岩を砕くようにダルマの腕を貫いたりしてこなかった。


さらに魔改造重機はショベルカーのような腕を振り回してきた。

どちらのアームも、工事用の重機にしては動きが軽るく、それでいて力強い。

こんなに強くなくても、工事現場の仕事はできるだろうと俺は思う。


「損傷軽微、関節部正常に稼働中、

エネルギー伝達のマンダラ回路にも異常なし」


オペレーター上坂さんの声を聞いて、

俺は腕の隙間から重機の動きを睨んだ。


「なら、スキを探して……そこだぁ!」


俺は叫びながら、採掘機のようなアームに右腕を伸ばした。

アームをダルマの腕で握って、

重機のアームが曲げられない方向にアームをねじる。


魔改造重機のアームは関節部ねじれ、ミシミシと音がして折れた。

金属なのに木の幹が折られるような痛々しい音だ。

その音に俺は顔をしかめる。


「ひとの優しさをへし折ってるみたいで、心が痛ぇ……」


「うむ……」


俺の感想に、博士は小声で

俺と同じことを思っているようなつらい声をもらした。


自分やその仲間の研究を争いに使うんだからいい気はしないだろうな。


「博士、相手の通信システムに割り込めました。

音声のみつなげます」


オペレーター茅野さんは解決につながるかもしれない報告を口にした。

博士も威勢よく次の指示を出す。


「よし、繋いでくれ。

ダルマともリンクさせてるんじゃ」


「繋ぎます」

答えたオペレーター茅野さんのマイクから、

勢いよくキーを叩いた音がした。

メッセンジャーアプリのような効果音がする。


「こちら石丸カインドマテリアル研究所の所長、石丸じゃ。

現在行われている破壊活動と、

強奪したカインドマテリアルに関わる全て物の返却を要求したい。


そちらの対応しだいでは交渉もありえる。

答えてほしい」


博士は重い口調で声を送った。

メディアの前に出る以上の緊張感と、

様々なものを背負った声だと俺は感じる。


博士の声は伝わったようだ。

魔改造重機はダルマに拗られた腕を引きちぎり、ダルマと距離をおいた。

俺はねじ切った腕をそっと地面に置いて、

魔改造重機にダルマの顔を向ける。


少し遅れてから相手の声が来る。


「カインドマテリアルの独占をやめ、

すべてのひとにその恩恵を与えること。

僕たちの要求はこれだけだ」


「大人の声じゃないな。俺と同じくらいの男子か?」


相手の声を聞いて俺は思わずつぶやいた。


すると通信越しに呆れたような苛立ったような思いため息が聞こえる。

相手のシャクに触ることを言っちまったか?


魔改造重機は鉄球のついた振り子を揺らし始めた。

俺はダルマを走らせて重機との――鉄球との距離を詰める。


「話し合うって言ってんだろ!

物騒なもん振り回すな!」


叫びながら右腕を伸ばした。

揺れが小さいうちに鉄球を止めないといけない気がする。


だが器用にも魔改造重機のクレーンアームはダルマの右腕を払った。

左腕フックを入れようとしたが、今度はショベルがぶつかってくる。


「あんな鉄球ぶつけられたらダルマもまだ無事な建物もやばい」


俺は終了時間の迫った柔道の試合と同じように、

必死に腕を動かして組み合った。


だがさっきより魔改造重機のアームの動きがすばやい。


「世界を平等に――自分たちは平等に――」


魔改造重機が鉄球をさらに振り回しながら、

運転手はぶつぶつとそんなことを言い始めた。

通信がまだ繋がっている。

なら説得が続けられるかもしれない。俺は声を上げる。


「カインドマテリアルを独占なんて誰もしてないだろ。

平和に使うって約束で独占を禁止してたり、

情報をみんなに伝えるように決められてるんだ!

新しい発明は最初だけ秘密にしなきゃだけど、

いずれはみんなに発表されて、だんだんと世の中に広まる!

そうしたら世の中は良くなる!

どうしてわざわざ泥棒みたいなことを!」


「僕のような目に遭うひとをなくすためだ!

平等な世界ならそれができる!」


俺の問いかけへの答えとともに、

魔改造重機は鉄球を投げつけてきた。


とっさに防ごうとするが、

鉄球はダルマの体に直撃し、軽々と吹き飛ばされた。


「「ヤサシくんっ!?」」

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